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 ミオルミーネ・アーシャーと、結局三人での逃避行となったが、道筋は全て彼女が指示した。

 半日も過ぎたころ、相変わらずの鬱蒼と茂るオレンジ・グラスとその根っこに岩肌の地面で、イルカのスピードを落とした。

 無理しない程度の速度で移動してきたが、さすがにイルカに披露が見える。

 「さて、ここからは歩きましょ」

 ミオルミーネが自ら先にいイルカから降りた。

 二人も習う。

 「一応、危ないから連れてきたけどさぁ。どうしたのよ? サイフォーラに関わったのなんて、少しだよ俺」

 「そんなところいってたの、ホーミー……」

 いくら旅好きとはいえと、シュージュは呆れたようだった。

 「助けてもらいたいって言ったって、心辺りがない」

 ホーミーエラーの言葉をミオルミーネは、無関心そうに受け取った。

 「貴方は、私を知っているじゃないですか」

 内心が読めない笑顔になる。

 「誰っ!?」

 シュージュが素早く首を回してホーミーエラーを見つめて来る。

 「あー、この前話した、失踪した王女さま」

 「えーーーー!?」

 「困ったら、リーバイルに来いって言いましたよね?」

 ミオルミーネには、シュージュは今のところ目に入っていないらしい。

 「……人がいいにもほどがあるよ。よりによって、サイフォーラの人間を呼ぶなんて」

 ようやく、ミオルミーネはシュージュに視線をやった。

 「ご迷惑は承知ですけども……貴女はどこのどちらさんでしょう?」

 慇懃無礼な口調だった。

 「あたしは、リーバイルの雷鹿の者よ」

 「ああ、先ほど壊滅した……」

 「してない! 全員、一時散会しただけ! 呼べばまた戻ってくるよ!」

 「そうですか。ところで、お願いというのはですね……」

 ほとんど聞いていない様子で、彼女はホーミーエラーに向き直った。

 「ファンダルロータが、また皇帝位を狙いだしたのです」

その名前は、サイフォーラ王女であるミオルミーネの婚約相手だった。

 サイフォーラの候爵で、政治にも軍事的にも名声は高い。

 だが、皇帝位というものは、サイフォーラには危険なものだった。

 現在、摂政はいるが、この百五十年間、皇帝位は空位である。

 それには事情がある。

 「面倒くさいなぁ。ファンダルロータは、絶対安静じゃなかったの?」

 彼は影狼の暗殺対象となり、以前に襲われたのだ。何とか一命をとりとめたものの、以後、大人しくしているという噂だった。

 「傷も癒えて、野心が復活してきたんでしょうね」

「それで、俺に阻止しろとでも? 王室の話になんて、首をつっこめないよ」

 ホーミーエラーは拒絶する意味で言った。

 「あら。簡単ですわよ。ファンダルロータに対する兵をあげてくれればいいのです」

 本当に簡単に言う。

 「サイフォーラに反逆しろと?」

 あえて言ったが、そうはならないであろう。

 何しろ、継承権を持つミオルミーネがいるのだ。

 「反対勢力になってほしいとは思いますが、他に方法はないのなら」

 簡単に言う。

 「反対勢力っていっても、全サイフォーラに敵対することになるんじゃないのそれ?」

心配してシュージュが口を割り込ませた。

 「確かに、ファンダルロータは人望はあります。しかし、皇族は私です。全てが敵対するようなことはないでしょう」

 「しかし、花嫁が婿に宣戦布告とはねぇ……」

 意表を突いた話に、思わずホーミーエラーは呟く。

 だが、納得するものがある。

 ホーミーエラーとしても、ファンダルロータが危険な望みを抱いていることは、理解していた。

 サイフォーラに皇帝が即位すること。

 それは、自動的に電子の存在でしかない古代帝国が、地上に姿を現すことになるのだ。

 リーバイルはもとより、サフラル共和国、リンターローゼ帝国も飲み込んでしまう。

 現在、相争っている存在だが、サイフォーラ帝国が復活すれば、地上は一変し、人々はサイロイドと同等の地位しか与えられない存在になる。

 「はぁ~、オレンジ・ラック中毒になったのは、サイフォーラにいたからなんだ~」

 呆れかけながら、シュージュは納得していた。

「あなたも来るなら、オレンジ・ラックを摂取してもらわないとどうにもならないわよ」

  ミオルミーネが、オレンジ・グラスから実を一つ取って、差し出した。

 シュージュは、一瞬ホーミーエラーに目をやったが、彼は明らかにやめろと表情で言っていた。

 「わかったわ。あたしもいくからね」

 実を受け取り、口に含む。

 噛むと甘い果汁が広がり、シュージュはそのまま飲み込む。

 ホーミーエラーは仕方がないと諦めた。

ミオルミーネは、シュージュの次にホーミーエラーに笑みを見せた。




 エバリートは艦上で、リーバイルの雷鹿敗北と、ラリビファルが同地を占領したとの報告を聞いた。

「すぐにでも、艦隊を引き上げるべきです」

 リンターローゼ帝国から付けられた軍監が、有無を言わさぬ態度で彼に言った。

 「まー、待てや。いいか、サフラルから来てる艦隊は、雷鹿との闘いで消耗してる。そこを叩けるってんだから、お得な状況じゃねぇか?」

 今まで無口だったというのにエバリート急に態度を変えた。恰好もつけない喋りで軍監の意見に真っ向から反対する。

 「しかし、我々の戦力が、万が一損害を受けるようなことがあったら……」

 「今なんて言った、おい」

 エバリートは、一歩、狭い提督用甲板で軍監を覆うように身を寄せる。

 「この戦力はな、俺が責任を持って皇帝から預かったものだ。あんたは、まず、皇帝を信用できねぇってのか? 次に、俺がそんなへまをすると決めつけている根拠は何だ?」

 ぐぃと、エバーリトは相手に凄んだ顔を近づける。

 「いえ、私は単に、兵士を安全を考えたまででして……」

 エリバートの、サフラルから送られてきた徴税官に対する行為や様々な噂を思い出し、軍監は弱弱しく折れた。

 「何が兵士だ。サイロイドじゃねぇかよ。安心しな。圧勝してやるから」

 彼の背後で、ラゲージがクルクルと空中を回転している。

 相手が完全に気圧されたと見たエリバートは、巻いたスカーフの位置を少しずらして、元の無表情で超然とした態度に戻った。

 エバリートは二十六才。

 長身痩躯、鋭い目をして少しだけ顎鬚を伸ばした容貌で、どこの国とも思われないが、提督服そっくりの服を着ている。

 元は歴戦の傭兵上がりの男だった。

 だが、この男は各国の人間が持たない特別な肩書を一つ持っていた。

 サイフォーラ帝国の伯爵位である。

 おかげで、どのようなモノよりも、各国の王族に無条件で歓迎されていた。

 彼がどのようにして、この地位を手に入れたかは謎ではあったが。

 焦げ臭いにおいが大気に含まれてきた。

 リーバイル地方も近い。

 多分、後半日といったところか。

 エバリートは艦隊の速度を落とし、翌日早朝に領内に入るように、計算した。

 「観測砲弾を放て。情報はすぐに上げろよ」

 艦内無線で命令を下すと軍監を無視して、提督室に降りて行った。

 



 翌朝である。といっても午前二時だ。

 まだ空は星がちりばめられて月がほのかに照っているだけの、暗闇だった。

 観測砲弾での偵察で、どうやらラリビファルは、艦隊をリーバイルの中央に置いて修復中とわかった。。

 突貫工事で、一隻の戦艦を何とか航行に耐えるようにもして、現在五隻の艦で、無人となったリーバイル上空に鎮座している。

 雷鹿が生のまま焼いたオレンジ・グラスは、驚くべき回復能力で、再び短時間の上で伸びて、生い茂っていた。

 それを聞いたエバリートは、早速、ラゲージを呼んだ。数語言い聞かせると、戦闘看板に姿を見せた。

 「艦隊は命令があるまで、現在の位置で待機」

 機関が停止され、エバリートのリンターローゼ艦隊はオレンジ・グラスの草むらに浮かんだ。

 「どうするおつもりで……?」

 おずおずと軍監が尋ねて来る。

 あれだけ脅したのに職務に忠実な相手を、エバリートはいい度胸だと、嗜虐性を刺激された。

 「見てろ。百門持った砲術師の能力を堪能させてやるよ、贅沢もんが」

 エバリートは片頬だけ上げた迫力ある笑みを見せた。

 暫くして、遠くに砲声が聞こえてきた。

 それも一発ではなく、派手なまでに数十門が一斉に放つ轟音だった。

 ラビリファルは、提督室で寝ているところを起こされた。

 「状況は!?」

 戦闘甲板に現れた彼は、すぐに艦長に聞いた。

 「距離はわかりませんが、西方向至近から砲艇の集中砲撃を受けています。現在、艦隊は回避行動で、散会中」

 「全艦、一時、東方面に向かせろ。リーバイル国境から二十キロで集結。観測砲を四方に撃って何があったか、調べろ」

 国境というのも変だが、そう表現するしかラビリファルにはなかった。

 「観測砲弾は既に撃っています。集めたデータによると、東側国境付近に、複数の戦艦が他浮かんでいるようです」

 「よし、そちらに向かうぞ。砲撃戦にはしない。横陣で各艦、砲弾の退避行動を行いつつ、東に向かえ!」

最上甲板に降り注ぐ榴弾は、容赦なくラビリファルの戦艦を損傷させてゆく。

 傷跡の煙を立ち上らせつつ、それぞれの艦は砲弾を避けて全速力で砲艇の射程距離外へと退避していった。

 「よし、陣形を組め」

 ラビリファルが命令する。

 何とか砲弾の雨から脱したところで、五隻の戦艦は間をおいて横列に並んだ。

 地平線をはるか上空に置き、リンターローゼ帝国旗を掲げる六隻の戦艦がいた。

 リーバイルの指示で一列に、オレンジ・グラスの先端と同じ喫水線の、それぞれ四基つづ砲台をのぞかせながら浮かんでいる。

 すでにお互い、射程距離に入っている。

 「よし、五分だけ撃ったあと、指示を待て」

 リーバイルが、弾幕で嵐の中に入れてやろうと狙っていた指揮下の全艦を、やんわりと抑えた。

 砲撃戦は、短時間であっけなく終わった。

 各艦が前門の一基しか使えなかったサフラル艦隊も、砲数で圧倒的に勝っていたサイフォーラ艦隊も、互いに致命傷を与えられずに、短い時間がたった。

 「よし、微速全進」

リーバイルのリンターローゼ隊が南方向に進みだすと、釣られてラビリファルファルの艦も、舵をとり、横列から陣形が直列になっていった。

 「よし、機関停止。全砲門をリンターローゼ艦隊に放て!」

 彼の語尾に、地上からの轟音が重なった。

 「くそ、嵌ったか!?」

 ラビリファルが舌打ちする。

 観測砲弾のからの通信では、リンターローゼ艦と彼の艦隊の間に、ずらりと壁を作るように砲艇が地上に固定されて、砲身を突き上げた姿で並んでいるという。

 完全に行動を読まれていた。というよりも誘導されていた。

 確認しなくとも、縦陣で進む方向の横から圧倒的な数の榴弾が降り注いできて、甲板の上で爆発を連続させている。

 曲線を描く弾丸だけではなく、直接、船底にも射撃が行われてくる。

 「ええい、仕方ない。全速力で突っ切れっ!」

 汗を浮かべて命令するラビリファルを見ていたホルトミーは、もう限界だと確信していた。

 ラビリファルお得意の奇策も出ず、あた、単純な命令を繰り返すことになるとは、その任に適していなかったのだ。

 しょせんは一個の名物艦長でしかなかったという訳だ。

 こんなところで、こんな提督と一緒に心中とは、ホルトミーの望むところではない。

 「閣下、ご決断を。ここは、降伏しかありません」

 「なんだと貴様……!?」

 ホルトミーが進言すると、ラビリファルはその胸倉を掴もうとした。

 だが、寸でやめ、歪んだ笑みをみせた。

 「わかった。だが、降伏は見かけとして使う。ホルトミー少尉、貴官はリンターローゼの提督の元に直接赴き、何とか降伏から講和・休戦に持ち込んでくるんだ」

 「なっ!?」

 思わず、意外な命令に声を出してしまっていた。

 「貴官は高等な政治も学んでいる、実に優秀な士官だと聞いている。できるな、貴官ならば」

 半ば脅しになっていた。

 呆然とする副官をそのままに、ラビリファルは白旗を掲げて部下に攻撃を停止するよう命じた。

 その旗が風にたなびくと、リンターローゼ艦隊と砲艇を率いるエバリートは、一旦攻撃を中止させた。

 降伏の条件に、エバリートはラビリファルの身柄を要求する信号を打電してきた。

 「行ってこい、ホルトミー」

 なんの迷いもなく、彼は要求とは違って副官を送り出そうとする。

 仕方がないと、腹をくくったホルトミーは、一人で短艇に乗り、リンターローゼ艦隊の旗艦に向かった。

 しばらく、オレンジ・グラスの表面を浮き沈みしながら短艇は進む。

 やがて、草原にに並べられた板のような砲台の乗った甲板にたどり着いた。

 彼は旗艦の上に身を移し、出迎えが来るまで、やや当たりの強い風に吹かれていた。

 ハッチが開き、ライフルとカトラスで武装したサイロイドが、四名現れ、あっという間に彼を囲んだ。

 そのまま押し込まれるようにして、ホルトミーは艦内に入った。

 中は、鉄錆の匂いがする、湿気の多い薄暗く狭い区画に分けられいる空間だった。

 中甲板は砲弾が頭上の砲塔の下に山と積まれ、合間合間にハンモックが釣られている。

 サイロイドたちが溢れかえった喧噪が酷い。

 だが、サフラルの艦と、何ら変わったところはないのであった。

 通されたのは、誰もいない士官室だった。

 ソファーがいくつかとテーブルが一つ置いてある。

 どちらにも、なかなか金が掛かった様子の高級品とわかった。

 「誰だ、てめぇは? ガキじゃねぇか、提督はどうしたんだよ、ラビリファルだよ」

 提督衣らしきものを来た長身の男が、入るなり言ってきた。小さく丸い、尻尾のようなものが長い機械か生物かわからない物体を、肩に乗せている。

 ここで怖気づいたら負けである。

 最も、超然とした少年は何ら圧迫を感じることもなく、堂々としていた。

 「私は、サフラル共和国軍少尉、ホルトミー・アウグゥです。ラビリファル提督の副官を務めさせていただいております。エバリート提督閣下とお見受けしましたが、間違いございませんでしょうか?」

 滑らかで自然な口調だった。

 エバリートは面白いものでも見つけた表情になった

 「ほう。で、ラビリファルを呼んだんだが、どうして副官が? ビビったか、あいつ」

 事実そうであるのだが、それを言ってはおしまいである。

 ホルトミーは、懐柔するかのような魅力的な微笑みを浮かべた。

 「ラビリファル提督は、私に全権を与えられて、ここに送り込んでまいりました」

 嘘である。だが、ホルトミーは良心の呵責とかいうものとは無縁の性格をしていたのだった。

 「ふざけてんじゃねぇよ。何が、全権だ。こっちゃ、ラビリファルの身柄が欲しいんだよ」

 怒鳴ったが、エバリートは本気で怒ってはいない。

ホルトミーはそう感じたが、何故だかわからなかった。

 「おまえ、ホルトミー・アウグゥといったな?」

 何故か興味が彼に向けられたようだった。

 「たしか、サフラルの蒼龍会のメンバーだったはず」

 「よくご存じですね。光栄です。そういう、リーバイル閣下は、サイフォーラの伯爵閣下でしたね。それが今、こうしてリンターローゼの雇われ兵となっているとは、随分と落ちたものです」

 「何が言いたい、小僧?」

「ラビリファルのことなんて、正直どうでもいいのですよ。私は、あなた個人に用がある。もちろん、リンターローゼも関係ありません」

 「ラビリファルがどうでもいいというのなら、あの艦隊を沈めてもいいんだな?」

 「構いません」

 「これはまた……面白い奴だなぁ」

エバリートは声を上げて笑った。音をたてて、ソファの一つに座ると、足を組む。

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 「何を考えているか、教えてもらおうか?」

「ラビリファルは敗軍の将として、本国に帰れば懲罰は免れないでしょう。そのような国です。それよりも、閣下が彼を部下としてここ、リーバイルに根を張るのです。幸い、リーバイルの土地は、一時、各国が承認して貴方を封じた土地。そして、サイフォーラ帝国の伯爵であるという大義名分もあります。誰が何を持ち出して、文句を言ってくるでしょうか?」

 エバリートはニヤけた顔で黙ったまま、ホルトミーを見つめた。

 「なかなか口が達者じゃねぇか。当然、おまえも残るんだろうな?」

 「覚悟の上です」

 ホルトミーには考えがあった。

 「だが、ラビリファルはいらん。おまえと艦、サイロイドをこちらに渡してもらおう」

 エバリートはソファから立ち上がり、公共電波の通信マイクを取り出して、彼に渡した。

 ホルトミーは考えつつ言葉を選んでいる様子で、受け取ったマイクを手にしたまま、しばらくのあいだ、黙っていた。

 やがて、考えがまとまったのか、口を開いた。

 「ラビリファル提督の命は助けるとのことです。その代わり、艦はすべて降伏せよと」

 応答にでた士官が、ラビリファルに伝えたらしい。

 「……ホルトミーが人質にある以上、やむをえない。私が国に戻るころには、彼を解放するよう要請する」

 返事を聞くと、エバリートは薄笑いを浮かべながら、よいだろうと答えた。

 サフラル艦の一隻だけが、機関を発動させて、両艦隊から離れてゆく。

 エバリートは砲門を残った艦に砲門を向けていた。

 「残りの艦へ。リーバイル伯国にようこそ。艦長たちには一階級特進させて歓迎する」

 「ちょっと待ってください!」

 慌てたような声を上げたのは、軍監だった。

 他の戦闘指揮甲板の士官たちも困惑している。

 「あなたは我がリンターローゼ帝国が雇っている傭兵のはず。それが、我々も巻き込んで、何をおっしゃっているのです!?」

 「文句があるなら、おまえたちは本国に帰してもいい。ってか、うだうだ言わないで、嫌なら、短艇を用意するから、さっさといけよ」

 だが、軍監は腰から拳銃を抜き、エバリートに向けた。

 「私は、役目を捨てて逃げることなどできません。提督、どうかお考えをあらためてください」

 だが、エバリートは華麗なまでに軍監の構える拳銃を避けて近づき、みぞうちに、拳の一撃を叩き込んだ。

 軍監は呻くと、腹を抱えて膝をつく。

 拳銃を奪い、ついでに彼の頭部に蹴りを入れて吹き飛ばすと、エリバートは戦闘甲板の士官たちを見回した。

 「安心しろお前たちは、本国に送還する。こいつも含めてな」

 軍監を見下ろして、エリバートは言った。

 彼らを短艇に乗せて、オレンジ・グラスの水面のような上に解放した。

 「私は早速、蒼龍会に報告と指示を入れようと思います」

 ホルトミーが通信機のところまで歩いていく。

 「なぁ、蒼龍会の本当の目的って、結局なんなんだ? 聞いた話からじゃ、いちいち政府に文句垂れてるだけみたいに思っていたが」   

 「今はまだ言えません。」

「ほう。そうかい。それならそれでもいい」

 エバリートはあまりこだわっていない様子だった。

 そのあっけない様子に、重要なことではないのかとホルトミーのほうが不満を持った。

 「とにかく、彼らの一部をこちらに呼び寄せます。理想国家を作ろうじゃありませんか」

ホルトミーは、ニヤリと笑って通信機の前の席に座った。

 「そりゃ、楽しみだね。まあ、細かいところは、おまえらに任せてもいい」

 エバリートは鷹揚な態度をみせた。

 



 ホーミーエラーはともかく、シュージュは白亜の街並みを目前として、驚嘆していた。

 彼らはオレンジ・ラックの大量摂取により、身体の肉体を電子化して、サイフォーラ帝国の首都に来ていた。

 車や鉄道の車道と路線が迷路のようにどこまでも続き、人々が、歩道に溢れかえっていた。

 その街並みのいたるところに嵌められている巨大電光掲示板が、ニュースを次々と流している。

 シュージュにとって現実の物質界にはないものばかりだ。

 未来型都市としての噂や構造物は、知っているが、見るは初めてである。

 途中で、影狼が反政府組織の構成員を三名、街路で発見して誅殺したとの事件も映される。

 「派手にやってるなぁ」

 ホーミーエラーは、ニュースに興味深々で、歩いて行く中、あちらこちらと掲示板を見上げていた。

 「で、あたしたちは、どこに向かっているの?」

 シュージュがミオルミーネに聞く。

 「とりあえず、ホテルを。そのあとのことは、正直考えてません」

 「え、考えてないの!?」

 「なにぶん、飛び出してきたようなものなので……」

 ミオルミーネは自ら困っているという表情を浮かべた。

 「んー、ホテルについたら一休みして、細かいことをゆっくり話すことにしよう」

 呑気そうだがホーミーエラーは事態の確認をする。

 彼もシュージュもラビリファルとの闘いで疲れていた。

 「そうですね」

 彼女が案内したのは、中心街から外れたところにある、三十階建てのビジネスホテルだった。

 部屋を三つ取る。

 二人は夕食の時間まで、眠ってしまった。

 起きたホーミーエラーは、ミオルミーネの部屋をノックする。

 だが、反応がない。

 オートロックなので、ドアは開けることはできない。

 しかたがないので、いったん自室にもどり、フロントへ部屋の通信機に連絡を入れるように頼んだ。

 「ミオルミーネ様は、すでにチェックアウトしました」

 意外な言葉に、ホーミーエラーは一瞬、絶句する。

 「一人でしたか?」

 「いえ、数名の男女の方が、ご一緒されていたと記憶しております」

 「わかりました。ありがとうございます」

 ホーミーエラーに、懸念がわいた。

 早速、部屋についている電話で、知っている番号にかけた。

 「ハイこちら、影狼本部でございます」

 オープンなところがあるのは、政府組織としての役職だからだろう。

 だが、その職務は、とても公的機関が行うような内容ではない。

「ホーミーエラーといいます。ラゲージさんはいらっしゃいますか?」

 「確認を取らせていただきますので、少々お待ちください」

 「あー、ホーミーエラー? なんか用かー?」

 妙に間延びして、眠そうな少女の声が受話器から流れてきた。

 「久しぶりだね、ハーフルリーン」

 「そうだねぇ」

 ハーフルリーン・ラゲージはまるで旧知の友人と話すかのようにリラックスした口調だった。

 もっとも、実際旧知だが、どんな時も彼女はそうなのだった。

 「すっとぼけてるけど、俺になにか言うべきことがあるんじゃないの?」

 ホーミーエラーも呑気な普段の口ぶりだった。

 「あるっちゃ、ないこともないなぁ。でも、おまえに関係あるかどうかはわからないなぁ」

 「ミオルミーネを連れ出しただろう? 彼女は王族だよ。どうするつもりだい」

 「さてねぇ。その件については、残念ながら言うことは何もないなぁ」

「とりあえずね、無事でいさせてもらうよ。これ、警告だから」

急に笑い声が起こった。

 「影狼に警告とは、おもしろいねぇ。さすが、ホーミーエラーだ。大体おまえ、ウチに籍入れてることを忘れるなよ? 私はこれでも、局長だぞー?」

 「はいはい。じゃあ、少しの間ミオルミーネは預かっていてもらう。でも、時がきたら解放させるからね」

 「どうぞ、お好きに? ただ、言っておく。今回の事件で、あの王女様は主要人物のウチに入ることだ。そして、皇族は他にもいる」

 「殺すなよ?」

 ホーミーエラーは最後に短刀直入に言った。

 「あー、怖い声出さないの。ミオルミーネ次第だからねぇ。そこは責任持てないよ。あと、この件について、あんたにも後で用があるから、覚悟しといてねぇ」

 そのことばを最後に通信は切られた。

 部屋から出たホーミーエラーはシュージュの部屋を訪ねた。

 「おーい」

 反応があるまで、しばしの時間があった。

 「……あ、ホーミー、おはよう」

 髪の毛をぼさぼさにして、バズローブを着たシュージュが戸口に現れた。

 「ちょっと出かけるから、準備して」

 「わかったー……」

 シュージュは髪の毛を指ですきながら返事をして、部屋の中に戻っていった。

 十五分ほど、自室で待つと、ドアをノックされた。

 出ると、着替えたシュージュが立っている。

 「じゃあ、行くか」

「どこ行くの?」

「ちょっとねー」

 言葉を濁したホーミーエラーは、そのままホテルから外にでた。

 夕食時ということもあり、人々の雑踏は来た時と同じく絶えてない。

 ただ、空が暗くなり、星々と月が見えるだけだった。

 夜風が気持ちいいなか、ホーミーエラーは車道沿いに立って、タクシーを拾った。

 目的地まで、三十分ほど走ると、シュージュが見たことない硬貨とお札をで、ホーミーエラーは代金を支払った。

 そこは、歓楽街の入口だった。

 迷わずに入ってゆくと、客引き達が立ち、酔客やカップル、これから遊ぼうという集団が、道にあふれていた。

 両側の建物も、様々な看板を立てて、ネオンがまぶしい。

 ホーミーエラーは、その中の地下に続く一軒のさびれたバーに入っていった。

 中には、だらしない恰好をしている小汚い中年や、妙に露出の多い女性たちが、ストゥールに座っている。

 同じくストゥールに座ったホーミーエラーは、バーテンを呼んだ。

 「ホーミーエラーだ。ミーターモウは、居るかい?」

 「……少々お待ちを」

 バーテンが店の奥に消える。

 隣に座ったシュージュが、なんだかわからないままに、いつの間にかギムレッドを頼んで、口に運んでいた。

 「……こちらへどうぞ」

 もどってきたバーテンが、店内の別の部屋に彼らを案内する。

 そこは、客間のような空間で、バーとは雰囲気が一変していた。

 ソファーが四方に詰められて、中央にテーブルがある。

 やや垂れ目の青年が一人、座っていた。

 スーツを着て、爽やかな若いサラリーマンとしか見えないが、足を組んでポケットに手を入れ、ソファにしだれかかっている姿は、明らかにガラが悪い。

 「……影狼が直接、俺に何の用だよ?」

 ミーターモウは、興味半分、機嫌の悪さ半分といった様子だった。

 「まー、ちょっといい話を持ってきた。そういきるな」

 ホーミーエラーは、馴れ馴れしい。

 「ウチの構成員をやっておいて、いい話も信用もあるかよ」

 どうやら、ミーターモウは昼間のニュースの話をしているようだった。

 「確かに俺は影狼だけど、事情がかわったんだ。ちょっと影狼の奴らに思い知らせてやりたいとおもって、牙嵐(がらん)と仲良くしたい」

  牙嵐とは、サイフォーラの反政府組織の名前だった。

 ミーターモウ・カームは二十一歳で、中央部隊の指揮官に任じられている秀才だった。

 「信用しろっていうのかよ?」

 「信用してもらうこともやってやるよ。影狼の駐屯所のどこか適当なところを襲ってやる。どこがいいかは、君が決めていい」

「ほう」

 ミーターモウは目を細くした。

 「おい、酒だ。もって来い」

 戸口に向かって叫ぶ。

 「おまえらは何がいい?」

 ホーミーエラーはラム酒を、シュージュはもう一杯ギムレッドを頼んだ。

 「これが、罠だったら我々は、サイフォーラの市民を十人以上、無差別に殺すことにする。いいな?」

 ニヤニヤしながら、ミーターモウは本来の態度を出していた。

 「構わない」

 そこに、酒が運ばれてきた。

 ミーターモウはウィスキーのロックだった。

 「おまえがサイフォーラに戻ってくるとは、思わなかったな」

 「いろいろと事情が重なった」

 ホーミーエラーがミオルミーネの事件に関わっているのは、本位ではない。

 今は本来それどころではないのだ。

 だが、何故か彼はサイフォーラの事件に首を突っ込んでいる。

 「おまえをぶっ殺してやりてぇって部下たちがごまんといるぜ? それなのに、ウチに頼ってくるとは頭がおかしいか、なかなかの度胸ってやつだな」

 「ぶっ殺してやりたいねぇ……ならなんで、俺を追ってこなかったんだろうねぇ?」

 「決まってる。弱い犬ほどよく吠えるって奴だよ」

 ミーターモウは嘲笑した。

 「まー、それでもかわいい俺の部下に変わりはねぇけどな。そういや、おまえのところ、リーバイルが負けて占領されたってな。ざまぁみろだ」

 膝を叩きつつグラスに口を付け、また陽気に声を出して笑う。 

ホーミーエラーは、占領したのがラビリファルだと思っていた。

 あの男相手なら、いつでも復讐できると考えていた。

 「なに、大したことじゃないよ、そんなの。どうせ冬季になったら、毎年放置している土地だし」

 ラム酒を飲みながら、ホーミーエラーがいう。

 「ねー、これ美味しい」

 シュージュが、ホーミーエラーにしだれかかりながら、ギムレットの飲みかけを差し出してくる。

 ホーミーエラーは、シュージュに飲まされる恰好で、一口つけた。

 「ウチのギムレットは、最高だからな。まぁ、今回の計画の前祝いだ」

 「今回の計画って、まだ駐屯所を襲撃するしかきめてないよ?」

 「そのあとに本番が来るんだろう? いいさ、精々その話に行きつくまで頑張れよ」

 カラになったグラスを奥と、ミーターモウはハッキリと住所を告げた。

 「一応伝えたが場所までは、ウチの部下が連れてゆくぞ。いいな?」

 「構わないよ」

 「じゃあ、早速行ってもらおうか」

 「ああ、それなら、そうしようじゃないか」

 多少の酔いが回っているのを高揚感とともに自覚しながら、ホーミーエラーは答えた。

「よし、やっちゃったるかー!」

 ほのかに顔を朱に染めたシュージュが、威勢よく立ち上がる。

 三人は裏口からでて、ホーミーエラーとシュージュが用意されていた車の後部座席に乗り込んだ。

 「まぁ精々頑張ってこいよ」

 「まっかせとけー」

 シュージュが後部座席で声を上げる。

 車は直後に発進した。

 三十分もかからず、影狼の数ある駐屯所の一つに到着した。

 テナントビルの一階だった。上の階には、フィットネスクラブや内科の病院が入っている。

 たぶん、ワザと入居させたのだろう。

 降ろされた二人の後ろで、車は監視の役割も果たすために停車したままだった。

 「さて。どうせ、駐屯所にいるのはサイロイドだ。やるだけ思い切りやってしまおうよ」

 腰の後ろから連装ソード・カット・ショットガンを抜いたホーミーエラーは、シュージュに言うともなしに独白した。

 「イェイ。まかせろってもんだぜー!」

 シュージュは長い鉈を引き抜いて奇声をあげた。

 手動のドアで、中に常に待機している二人が机についているのが、見える。

 奥にまだ、四人ほどいるはずだった。

 ホーミーエラーは、引き戸のドアを開けた。

 とたんにシュージュが中に飛び込み、机の上で、片手をつくと、横薙ぎに二人の首を一撃で、切断した。

 あっけなく、椅子からずり落ちる一人と、逆に突っ伏す一人。

 ホーミーエラーは隣の部屋のドアをあけた。

 想像通り、影狼のサイロイドが、四人、のんびりとテレビを見ているところだった。

 その相手に、連装ショットガンを遠慮なく次々と打ち込む。

 頭が爆発し、身体の一部に大穴を開け、四人は、あっという間に撃ち殺されていた。

 「終わった」

 ホーミーエラーは、あっけない仕事に、一言呟いて、車に戻った。

 「ホントは半信半疑だったんですけどねぇ」

運転手は陽気に二人を乗せて、来た道を戻る。

 店に帰ってくると、二人は酒の続きをした。

 すでに客たちを、ミーターモウが帰らせている。

 彼はカウンターの中に立ち、上機嫌で二人に遠慮なく酒をふるまっていた。

 「部下たちが、関心してたぞ。何の迷いもなく突っ込んでってあっという間に仕留めたってな」

 「さて、これで信用してくれるかな?」

 ホーミーエラーは、意味ありげな笑みを浮かべて、グラスの氷を鳴らした。

 「ああ、いいだろう。何か計画があるんだろう? 面白そうだから聞かせろよ」

 言われた少年はニヤリとする。

 「ファンダルロータを暗殺する」

 ミーターモウは、簡単に口からだしたホーミーエラーの言葉に、一瞬身体を固くしたようだった。

 「これはこれは。さすがに、影狼にいただけのことはある。とんでもない考えで、俺は嬉しいよ」

 「でしょ?」

「絵は描いているんだろうな?」

 「ミオルミーネが影狼に捕まった。多分、宮廷に戻らされたはず。こうなれば、ファンダルロータは動く。多分、パレードの一回や二回やるか、自ら顔をだしてサイフォーラでイベントをやるはずだ。そこを狙う」

「面白いなぁ。是非に手伝わせてもらいたい話だ」

 「だろう? ただ、そんなの待っていたら何時になるかわからない。だから、引っ張りだしてやるんだ」

 「ほぅ」

 興味深げに、ミーターモウは聞いていた。

 「ファンダルロータには、もう少し人望が欲しいはずだ。事件を起こせば、自ら出て来る可能性が高い。それをくれてやれば、奴は衆目の元に姿をあらわす。必ずね」

 「ホーミー、悪い顔になってる」

 シュージュが酔った様子でからかった。

 「俺がいつ、善人になったっていうんだよ、シュー」

「ホーミーは善人だよ。あたし、知ってるもん」

 ふーんと、気のない返事をして、ホーミーエラーはもうグラスのラムを飲み干す。

 「で、事件とは?」

 「それだよ。それらをあんたらに手伝ってもらいたいんだ」

「任せとけよ。ほら、今日は前祝いといったろう。もっと飲め」

 ミーターモウがさらに、ホーミーエラーに酒を注ぐ。

 「みてろよ、ハールフリーン」

 クックと、ホーミーエラーは喉を鳴らした。

 「やっぱり、悪い顔だー」

 シュージュは、今度はやれやれといった様子だった。

 一体どっちなのか、完全に酔っているシュージュにもわからなかった。




 「予告する。我々は、ミオルミーネとファンダルロータの結婚を反対する者である。これより二時間後、クイールナー地区にて反対の決起を行う。集え、同じ志を持つ者よ。その際、国賊ファンダルロータ賛成派と思われるものは、全て我々が、亡国の売国奴として処刑しようではないか。救国の元帥より」

 その電波が、二時間ほど時サイフォーラ全ての放送をジャックして、十分おきに流された。

 ハーフリーン・ラゲージは影狼の本部で放送をみながら、眠たそうに煎餅を食べていた。

 司令官室で椅子に座ってはいるが、胸から顎を机に乗せて、眠そうな顔をしてロリポップキャンディを口にしている。

 彼女は十六歳のサイロイドだった。サイフォーラは、サイロイドの帝国だった。住民から皇族まで、全てがサイロイドだ。

 歳の割に小柄で、髪は団子にして上にまとめ、だぼだぼのシャツを片方の肩が出るに任せて着ている。さらに室内用ハーフパンツに、大き目のスリッパという、完全にリラックスした格好だ。

 秘書の男が大慌てで、彼女の部屋に飛び込んでくる。

 「見ましたか、局長!?」

 「なーにがー……?」

 やる気のない声で、答える。

 いつもこの調子なので、秘書は驚かない。

 「犯行予告ですよ! ファンダルロータ様派を狙った、反対派の決起です!」

 ハーフリーンは、机に立てた肘から上を、ひらひらと振った。

 「そんなことしてるだけで、失敗と決まったようなもんじゃないかー。別に慌てるようなことじゃないぞー」

 「しかし……ファンダルロータ様は激しくご立腹で、自ら鎮圧に向かうと息巻いております。我々としては、彼を危険にさらすわけには参りません!」

 「なんだあいつ、自分でどうにかしたいのか」

 煎餅にかじりついて、ぼりぼりとと口の中を鳴らす。

 「いえ、ファンダルロータ様は、影狼の出動をお望みです」

 「まー、いいけどー? っていうか、これはウチの案件だから、問題はないねぇ」

 言うわりに、緊張感の欠片もないハーフリーンの態度だった。

「では、部下を派遣する命令を出してください」

 「あー……?」

 ハーフリーンは突っ伏したまま、目だけを秘書に向ける。

「あたしも行くよ。それぐらいの事態だろ、ファンダルロータが絡んでいるなら」

 そこに、ドアがノックされた。

 秘書が応答して、驚いた顔でハーフリーンを見返す。

 「ファンダルローカ様だそうです」

 「なんだ、直接来て?」

 少女は面倒くさげに呟くと、通すように言った。

 ドアから現れたのは、長身で短く伸ばした髪を後ろで縛り、背広を着た柔和そうな男だった。

 「お初にお目にかかる。ラゲージ局長ですな?」

 低いが、透明感のある声だった。

 「わたしはファンダルローカ・カイーラ。ミオルミーネに求婚を申し出ている者です」

 「あー、どうもー。ハーフリーン・ラゲージです。ニュースをみたのですが、カイーラさんが自ら、このような所にいらっしゃるとは、一体どうなされました?」

 ハーフリーンはアメを咥えたまま机から起き上がって、代わりに、椅子に両手両足を投げ出すようにして、椅子にもたれた。

 その態度の悪さにも、ファンダルローカは不快さを現さず、ドアを背にして立っていた。

 「失礼。あー、どうぞ、お座りください」

 少女の局長は、ハーフリーンに机の前にあるソファを目でさし示す。

 「ありがとうございます」

 いかにも育ちの良い、柔らかい物腰の青年といったところだった。

 ハーフリーンは、もっとギラギラとした野心家を想像していたのだが。

 一方のファンダルローカも、悪名高い影狼の局長が、こうも力の抜けた少女だということに、意外な印象を受けていた。

 「で、貴方はどうして、ミオルミーネと結婚したいと思っているのですか?」

 ハーフリーンは、唐突に事態の根本を尋ねた。

 「これはまた……愛したとしか言いようがありませんね。私には、ミオルミーネしかいません」

 「あー、そういう惚気た話はいいんです。本音を聞きたいんですよ」」

 ファンダルロータは一瞬、鼻白んだようだった。

 「……噂によれば、ミオルミーネの身柄はあなた方が確保していると耳にしましたが」

 「ええ。装甲戦艦を抜かせば、サイフォーラ最強の戦闘部隊が、保護しております。ご安心くださいな」

 「事が済めば、私のところに返して頂きたい」

 「済めばですけどねー」

「今度の犯行声明が本当に行われるのなら、あなた方のお力をお借りしたいのですよ」

 「いいですよ。憂国の元帥なんて名乗ってましたが、明らかに相手は牙嵐でしょうねぇ。ウチはあいつらを叩き潰さなきゃならないんですよねぇ」

「なら、協力していただけるのですね?」

 「これで最後にしたいくらいです」

 どういう意味か測りかねて、ファンダルロータは間を開けたが、すぐに了解した。

 「ええ、私もそう願います」




 クイールナーを囲む周りの地区には、異様な人だかりができていた。

 これから影狼と牙嵐の事実上、直接対決が行われるのだ。

 人々には憂国の元帥が牙嵐だと薄く透けて見える名前だった。

神社がある広い公園を中心とした区域であるクイールナーには、すでに数十人の人影が見える。

 全員バラバラの様子で普段着の姿をして、ぶらぶらと散策している様子だった。

 だが、商店や外食屋などは警告を恐れて、すでにシャッターを閉めていた。

 明らかに、彼らは怪しかった。

 時間が近づくと黒い公用車のヴァンが人々をかき分けるようにして各方面からクイーイナー地区に侵入していった。スモークが掛かっていて、中の人間は見えない。

 各地点で降りてきたのは、赤と後の迷彩服を着た男女だった。

 影狼だ。

 時間ピッタリに来た彼らは、何の遠慮もなく、クイールナーにいる人間を次々と、射殺していった。

 抵抗らしき抵抗はなかった。

 一方的な狩りになり十数人を倒した時には、手ごたえの無さに疑問を抱く隊員達もいた。

 だが、改めてのハーフリーンの命令は、徹底的にやれだった。

先頭には、ファンダルロータの姿もあった。

 彼も迷彩服を着て、割り当てられた部下に指示を出している。

 シュージュは、密かに隠れていた木の陰から、一気に飛び出して、ファンダルロータを後ろから袈裟斬りにした。

 死体に一顧だにせず、シュージュは木々のなかに走ってその場から消えた。

 一方的な殺戮は、四十分程で終わり、クイールナー地区には、影狼以外の人間もサイロイドもいなくなっていた。

シュージュはお菓子を肴にビールを飲んでいた。

 「これで、ファンダルローカはの存在は終わりだな」

 ミーターモウも笑みを崩さない。

 「……いい事思いついたんだけどなぁ」

 シュージュの飲んでいるビールのコップを取って、軽く掲げてからホーミーエラーは一口飲んだ。彼女は不思議そうにそれを見上げる。

 「なんか浮かんだの?」

 空になったグラスに、シュージュがビール瓶からもう一杯注いでやる。

「うん。リーバイルを取り返すことのね」

 「おお、すごい! さすがホーミー! おめでとうありがとうだね」

 シュージュは、自分もビール瓶を掲げてラッパ飲みした。


































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