第57話:『魔女』VS『黒猫』
鳥居をくぐると、そこはもう神社ではなく、なにかの研究所のような灰色の無機質なコンクリートの建物内だった。
何人もの人間の身体が、液体――ホルマリンなのか、それとも培養液か――のなかに漬けられている。
その中には、異形へと変化している途中のものもあった。
「むごい……」
俺は吐き気をこらえながら、最深部へと足を動かす。
「――おや? モルモットが戻ってくるとは。ネクロ、ちゃんと地獄に送ったのではないのですか?」
ウルフェンはなにかを解剖しながらこちらを向く。身体は完全にこっちを向いているのに、エネルギー体の両手は身体から分離しているから、メスを持ったまま解剖を続けている。便利なものだ。
「貴様を殺すためなら、何度だって地獄から戻ってきてやる」
店長は殺気立った表情で、ウルフェンを睨みつける。
「おお、怖い怖い。それではネクロはあまり意味はなさそうですね」
「そだねー。僕もさっき『善神を地獄に送りつけるとは何事だ!』なーんて閻魔大王様に怒られちゃったし」
ネクロは笑いながら肩をすくめる。
「――でも、他の妖怪ならまあ問題ないでしょ? 人の一人や二人殺してるだろうし」
「店長、ネクロは俺たちに任せて、黒猫さんを楽にしてあげてください」
「……ああ」
黒猫さんは何も語らず、ただウルフェンの傍らに立っているだけだった。
「シュヴァルツェ・カッツェ、起動。あなたの大切なパートナー、天馬百合を――そうですね、全身の骨でも折ってあげなさい。死なない程度に動けないようにすればいいでしょう」
「――」
黒猫さんはカッと目を見開き、顔を上げると俊敏な動きで店長に迫った。
しかし、黒猫さんの拳が届く前に、店長の御札が盾のように素早く展開され、打撃を弾く。
「黒猫様相手でしたら、本気でやっても構いませんね……?」
店長の頬や手の甲に、蛇の鱗の模様が浮かび上がる。アレが蛇神としての本領なのだろう。俺も初めて見る。
「手加減は無用。すべての御札を使い切る覚悟でお相手いたしましょう……!」
身体のどこにそんなに隠しているのか、本当に御札のストックをすべて使う勢いらしい。
「半妖くん、よそ見してると魂もらっちゃうよ?」
俺には死神が迫ってくる。鎌が心臓を貫けば魂を奪われる。キン、キン、と鎌を如意棒で弾く。
その隙に綿麻がネクロの身体を拘束し、美濃が指を組んだ状態で思い切り腕を振り下ろす。
「グ……ッ!」
ネクロは脳震盪を起こす寸前まで衝撃を受けたようであった。
その衝撃でマントのフードが落ちる。
――今までフードの中はよく見えなかったが、その顔は骸骨であった。
「見たな……僕の顔を!」
「いや、死神なら顔がドクロなのは当たり前やん。読者も多分予想しとったと思うで?」
幽子さんはメタ発言をしながら巨大な九尾の狐に変身し、ネクロをグシャッと踏み潰した。
骨が砕ける音がした。おそらくネクロは即死である。
「店長! こっちは終わりました!」
「そうか」
店長は感情の死んだ声でそれだけ答える。
「あかんわ、神格を上げすぎて人間としての感情が死にかけとる。百合ちゃん、気をしっかり持って気張りや!」
店長は黒猫さんに魔銃を抜かせていた。パン、パンッ、と銃声が響き渡るが、御札がパヒュンと穴も開くこと無く受け止めてしまう。
「鈴、蔵を開いてくれ」
「……うん」
鈴は店長の影に潜り、何かの柄が影から上ってくる。
それは、死神の鎌だった。
「店長も鎌を!?」
「うんまあ、百合ちゃんちの蔵には何でもあるからなあ。そら死神の鎌くらいコレクションに入っとるやろ」
「なんでさっきからそんな冷静なんですか幽子さん」
「そんな冷静でもないで? 昔なじみが殺し合いしてるの見ることしかできんちゅうのは悲しいもんやわぁ……」
幽子さんは相変わらず糸目にωみたいな口で表情は読めなかったが、声音は本当に悲しそうだった。
「斬鬼! 力を貸してくれ!」
「あいよっ!」
斬鬼が御札の中に吸い込まれ、その御札を死神の鎌に貼る。
「必殺必中・死神の風刃!」
店長が鎌を一振りすると、無数の風刃が黒猫さんと、ついでにウルフェンを襲う。
「チッ……」
ウルフェンはエネルギー体の手で風刃を相殺したが、風刃は黒猫さんの心臓を引き裂き、魂を刈り取った。
「黒猫様!」
店長は仰向けに倒れた黒猫さんに駆け寄る。
「百合……ありがとう。地獄で、待ってる」
黒猫さんの言葉に、店長は泣き出しそうな顔を浮かべる。
「そう……ですよね。ここまでした私達が、天国に行けるはずありませんよね……」
そうして、事切れた黒猫さんを静かに横たえ、店長は立ち上がろうとするが――もう身体に力が入らないようだった。
「店長!」
「悔しいが……私はここまでだ。もう力を使い果たしてしまった」
「そんな……」
「それなら、早くその死体を持ってここから立ち去ってもらえませんかね? 研究の邪魔なんですが」
ウルフェンは苛立った様子でそうのたまう。まるで命なんて価値がないものであるかのように。
「ウルフェン……気になってたことがあるんだけど、質問に答えてくれるか?」
「手短にお願いしますよ」
俺の言葉が聞こえているのかどうか。
「アンタは……一体何がしたいんだ? これだけの犠牲を払ってアンタの研究は何を生むんだ?」
「おやおやおや、聞きたいですか私の研究!」
ウルフェンは一転して嬉々として俺の質問に答える。よほど話を聞いてくれる相手がいないのだろう。
「私はそこの裏切り者――ピクシーと『不老不死』の研究をしていましてね。不老不死、人類の永遠のテーマ! 誰もが若々しく老いず死なない世界! 素敵でしょう? そんな理想の世界を創るために、私は日夜研究に明け暮れているんです!」
ウルフェンは不気味なほどに目を輝かせている。
「不老不死になる方法はいくつかありますが、どれもとても難しい。人魚の肉を食べると不老不死になれますが、人魚はストレスに弱く養殖が難しい。ピクシーに若返りの魔法薬を作らせようとしましたがそれも失敗。あとは妖怪の遺伝子を人間に組み込む研究をしたり……そして、最終的に私はある結論に至りました」
ウルフェンはエネルギー体の手をバッと広げ空を仰ぐ。芝居がかっている。
「――人類を全員アンデッドにすればいい。その尊い実験体として、黒猫を利用しました。結果はご覧の通り、何十年経っても若いまま。まあ、流石に死神の鎌で魂を刈り取られてしまってはどうしようもないのですが、とにかく寿命は伸びる。あとは死神を駆逐して、幸せな世界を創るだけ!」
「……アンタ、狂ってるよ」
俺は静かにそう言った。
「妖怪化する前に、アンタは人としての道を踏み外しちまってたんだな」
そして、俺は胸ポケットから小瓶を取り出す。
蓋を開けて――魔法薬を飲んだ。
「虎吉くん、それは――」
ピクシーさんは息を呑む。
「人の道を踏み外した奴には、人間として勝たなきゃダメなんだ!」
よかった。如意棒は軽いままだ。
「よく言った、虎吉。女神の加護はわずかだが、これを持っていけ」
俺の周りを、店長の御札――残りのストックが囲む。
「じゃあうちは狐火を貸したるわ」
幽子さんの言葉と同時に、青白い炎が鎧のように身を包む。
「行くぞ、ウルフェン=リル=アルビノー! 最終決戦だ!」
〈続く〉




