第50話:弁財天の金運
「カネが、ない」
ドン、と効果音が出そうな顔で店長がそう言い放った。
「こないだ依頼受けて報酬もらったじゃないですか」
長生きしすぎてとうとう健忘症になったのかな、と思いながら俺は聞き返す。
「全部スマホゲーのガチャにブチ込んだ」
「何やってんだこの駄女神!?」
店長がスマホを持っていたのも、スマホゲーをやっていたのも意外ではあったが、ちまたでよくある「新しい趣味を見つけてお金を注ぎ込みすぎる」みたいな現象だろう。ゲームなんかも、子供の頃禁止されて育ったあと、大人になってからゲームにハマると際限がなくなってしまうことがあるらしい。大人は子供に比べてお金を持っているから、ますます辞め時がわからなくなってしまうそうだ。子育てって難しいんだなって思う。みんなも気をつけよう。
それにしても、生活できなくなるほどお金をスマホゲーに貢ぐのは大問題である。
「俺らの給料払えるんすか!?」
「まあ待て、少し落ち着きたまえ。私を誰だと思っている?」
「人の給料になるはずだったカネをスマホゲーに注ぎ込んだ駄女神」
「一旦そこから離れよう?」
店長は何故か余裕綽々で、それがまた腹立たしい。今月の給料が支払われなければ、俺がアパートの家賃を払えない。鈴や他の使い魔たちだって、生きている以上なんらかの食料は必要なはずだ。部下を抱える身として、この失態は最悪の部類だろう。
「我、弁財天よ? 財産と金運の神様よ?」
店長はふふんと笑う。
「ま、まさか……」
俺は息を呑む。
「女神パワーで一攫千金よ」
「神気を補充してくれたプロトさんが可哀想」
「そういう心に来るのはやめろ」
店長はプロトさんの名前を出すと、初めて胃のあたりを押さえて呻くように言った。ちなみにプロトさんとは、店長が天界にいた頃、店長のお世話をしてくれた天使の名前である。
「で? 具体的にどうするんすか」
「即日結果が出て換金できるタイプの宝くじを買うだけの簡単なお仕事」
「となると、スクラッチとかですかね」
俺も宝くじには詳しくないが、テレビのコマーシャルでよく見かける。
「コインで銀を剥がすやつだな。早速行こう」
というわけで、俺と店長は二人で町へと繰り出した。鈴には内緒なので(お金がないとか言えない)、本当に二人きりである。店長も普段の巫女服から着替えて、薄手の赤いセーターに黒いロングスカート。歩くたびにスカートがヒラヒラと錦鯉のヒレのような美しい動きではためいて、思わず目を奪われてしまう。
……これで宝くじを引きにとかじゃなく、デートだったらもう少し雰囲気が良かったんだけどな。
色気もへったくれもない外出理由に、ため息が出そうになる。
かくして、宝くじ売り場に到着した俺達であったが。
「今回の一等は五万円です」
「……」
売り場のお姉さんが笑顔で放った言葉に、店長が絶句する。
「どうやらスクラッチは、その回によって一等の金額が変動するみたいですね」
俺は売り場の説明文を読みながら言う。回によっては一億円になることもあるようだが、今回は運が悪かった。……こういうの、女神の金運パワーには含まれてないんだろうか。
「仮に五万円当てても焼け石に水って感じっすね……」
「パチンコで一発当てるか」
などと、店長は言い始める。まあ、給料さえ払ってくれれば俺は何でもいいんだけど。
「俺未成年なんで外で待ってますね」
商店街の中にあるパチンコ屋の前でスマホをいじりながら待つこと一時間。
自動ドアを開けて、やっと店長が出てきた。
「見ろ虎吉! 新鮮な野菜が景品にあったから交換してきた! これで鈴が喜ぶぞ!」
店長は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。鈴は料理が好きだから、たしかに新鮮な食材を渡せば喜んでくれるだろう。
しかしだな。
「換金するんじゃなかったんですか!?」
「あっ」
「……」
「……」
二人の間に落ちる沈黙。
「……ま、まあとりあえず当面はこれで食いつなげるし……」
店長はめちゃくちゃ目が泳いでいた。一応彼女なりに責任は感じているらしい。
「はあ……結局、怪異対策課からお仕事の依頼を受けて真っ当に働くのが一番っすね」
「神気の無駄遣いも良くないしな」
さっき思い切り無駄遣いしたけどな。
「言っときますけど、給料の未払いは訴えて勝ちますからね」
俺の生活がかかっているのだ。そこだけは譲れない。借金してでも給料は払ってもらう。
「うちはそこまでブラックじゃないぞ」
「仕事は命がけですけどね」
「わはは」
「わははじゃないんですけど」
豪快に笑う店長を、俺は横目で睨む。
「そんなに家賃が気になるなら、うちで住み込みで働いてみるか? 部屋くらいなら増やせるぞ」
店長の住む鳳仙神社は建物内が異界化しており、居住スペースはほぼ無限に広げることが出来る。使い魔たちの部屋もひとりひとつあてがわれて暮らしているらしい。
「うーん、魅力的なお誘いですけど、遠慮しておきます」
一応好意を寄せている店長とひとつ屋根の下で暮らすなんて、俺の気持ちがもたない。
「そうか」
店長は短く答えた。
「とりあえず、この野菜を手土産に、神社に戻ろうか。怪異対策課から依頼も来ているかもしれんしな」
「店長のスマホには直接連絡は来ないんですか?」
「これゲーム用に買ったやつだからな、怪異対策課に番号は教えてない」
「この人は……」
俺と店長は、荷物の野菜を半分ずつ抱えながら、神社への帰路を行くのであった。
〈続く〉




