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アヤカシ堂の聖なる魔女  作者: 永久保セツナ


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第46話:天国への行き方・前編

 弁財天――天馬百合の魂が因幡白兎によって天界に連れ去られてしまった。

 クロガネの遺体を神社の片隅に埋葬し、俺と鈴は途方に暮れていた。

 店長の身体を乗っ取り、クロガネを殺した張本人である蛇の悪魔ネイクスは、テレビでお笑い番組を見てゲラゲラ笑っている。

「ネイクス……って言ったか。お前いつまでここに居座るつもりだ?」

 俺はネイクスを睨みつける。

「あん? この身体持ってちまっていいのか?」

「そういう意味じゃねえ。店長の身体返せよ」

 思わず苛立たしい口調になる。

「イヤだね。中身がいなくなった以上、この身体は俺のもんだ」

 俺の苛立ちを楽しむように、ネイクスはニタニタと笑うばかりである。その顔で、そんな腹の立つ表情をするな、と俺の苛立ちは増すばかりである。

「その身体を使って何をするつもりだよ」

「別に? せっかく魔界から出てきたし、地上でのんびりバカンスもいいかもなあ」

 どうも悪事を働くわけではないようだが、相手は悪魔である。決して油断はしない。

「お前、以前は人間の女の子に取り憑いてたじゃないか」

 悪魔祓いを依頼された時、ネイクスはある女の子に取り憑き、狂乱したように踊っていた。

「踊りがうまくなりたいっていうから手伝っただけだよ。まあ、遊び半分でもあったがな?」

 ネイクスはまたニタリと笑う。

「よほど踊りにコンプレックス持ってたんだろうな。周りからのプレッシャー、家族の冷遇。狂気に堕ち果てたあの女は俺の声が聞こえちまった」

「声?」

 ネイクスの言葉に、俺は疑問符を頭に浮かべる。

「人間界でよくあるだろ、何かに迷ったときに悪事をそそのかす悪魔とそれを止めようとする天使の言葉に板挟みになる、アレだ。だが、あの女は少々変わってたな」

「変わってた、って?」

「俺はもちろん悪事をそそのかした――というか『上手に踊れるようにしてやる』と騙して取り憑いたわけだが――あの女には、天使がいなかった」

「天使が、いなかった……悪事をし放題ってわけか?」

「ああ、どういうわけか、天使は地上に派遣されていない。天界側が何考えてるかは知らんが、俺はたまたま魔界からバカンスに来てそれに気づいた。他の悪魔もそれに気づいたら、地上はどうなるかね」

 魔界からたくさんの悪魔が押し寄せて、人間たちに取り憑いたら。

 俺は寒気を覚えた。

「その天使が地上にいない理由と、店長の魂を取り返すためには、やっぱり天界に行かなきゃいけないわけだが……」

 うーん、と俺は腕組みをする。

「天国ってどこにあるの? お空の上?」

「バーカ、空の上に行ったことねえのかよ? 雲の上には天界なんてねえだろ」

 鈴の無邪気な疑問に、ネイクスは小馬鹿にしたような口をきく。やっぱこいつ嫌いだ。

「そういうお前は天界がどこにあるのか知ってるのかよ?」俺は腕組みをしたまま人差し指をとんとん叩く。

「あたりめーだろ。悪魔ってのはもともと堕天使だぞ」

「そうなの!?」

 ネイクスの思いがけない発言に俺は素で驚いてしまう。

「お前ら、アヤカシ堂で働いてる割には無知すぎねーか? 店長独りで頑張ってたパターンか。そりゃ店長がいなくなったら店として機能しねえわけだ」

 ネイクスが店長の顔でゲラゲラ笑うが、俺達は何も言い返せない。たしかに店長独りに任せきりだったのだ。俺も積極的にアヤカシの知識を詰め込んだり蔵の中の魔道具について勉強していれば店長の代わりに店に立てたはずなのだ。誰か一人が欠けたくらいで回らない店は店として成り立っていない。……まあ、店長なら俺をこれ以上巻き込むまいと勉強させなかったかもしれないが。

「教えてくれ。どうしたら天界に行ける?」

 俺はソファに寝そべるネイクスの前で正座をする。

「あー、天界なあ……冥界行きの幽霊列車は知ってるか? あれに乗って一度冥界に行くんだが……天界はラクダが針の穴を通るくらい行くのが難しいって言われててな。一度も罪を犯したことのない超善人か天使・神・仏なんかの天界関係者しかパスできねえ」

 ネイクスは面倒くさそうな顔をしながら小指で耳をほじる。店長の身体で、それは、やめろ!

「じゃあ正規ルートで通るのは難しいってことか……」

 俺はもともと人間だけど善行しか積んでこなかったわけじゃないし、あと残ってるのは妖怪の幼女と悪魔。普通の手段では天界には入れそうにない。

「ねえ、お兄ちゃん。『天国への行き方』ってどこかで聞いたことない?」

 ふと、鈴がそんな言葉を漏らす。

「天国への行き方? うーん、たしかにいつだか聞いたような……」


 ――で? クラウドは今どこにいる?

 ――その前に報酬の話をしないかい? 僕だってボランティアでやってるわけじゃないんだ。

 ――……いくらだ?

 ――天国への行き方をひとつ売ってほしい。流石に天使たちの情報はなかなか得られなくてね。

 ――わかった。後日書類にまとめて郵送する。

 ――そりゃありがたい。


 ……その会話は、家出したクラウドを探していたときの。

「……! そうだ、チェシャ猫が店長に『天国への行き方』を聞いてた!」

「チェシャ猫さんに聞いてみようよ、お兄ちゃん!」

 俺と鈴はガタッと立ち上がる。

「いってら~」

 ネイクスはお笑い番組を見ながらひらひらと手をふる。

「お前は本当にマイペースだな! お前も来るんだよ!」

 悪魔なんか一人で留守番させたらなにか盗まれそうだし。蔵の中にでも入り込まれたらおおごとである。

 俺たちはネイクスを無理やり連れて、あの日と同じ公園へ足を運んだ。

 あの日と同じ、子どもたちが家路へ帰り始める夕方。

「ばいばーい!」

「きをつけてねー!」

 そんな言葉を交わして、一人だけ子供が残った。

「――やあ、また逢えたねアリス」

 そう言って振り返り、ニタリと牙をむき出して笑ったチェシャ猫は、以前の姿ではなかった。

「チェシャ猫……なのか? しばらく見ないうちに、また別の子供の姿になってないか?」

「ときどき姿を変えないと顔を覚えられてしまうからね。そうなったらもう透明な存在じゃないだろう?」

 そういうものなのか、と解らないなりに納得して、早速本題に移る。

「君たちの目的は知っているが、一応聞いておこうかな」

「頼む、『天国への行き方』の情報を売ってくれ」

 子供の姿であるチェシャ猫の目線に合わせるため、俺は地面にひざまずく。

「その代償に、君は何を差し出せるんだい?」

 チェシャ猫は値踏みをするような目で俺を見る。

「何でもする。命だって魂だって差し出す」

 俺は真っ直ぐな目で情報屋を見つめる。店長を助けられるなら、なんだって。

「こらこら、そんな命を粗末にすると店長さんに叱られてしまうよ?」

 子供の姿をした猫は苦笑する。以前、列車の前に飛び込んで店長に怒られたのも、もしかしたら彼は知っているのかもしれない。

「僕は情報屋だ。命ではなく情報を売り買いする。君の知っている情報を売って欲しい」

「俺の知ってる……情報?」

「なんでもいいよ。君の隠しておきたい恥ずかしい秘密とか、君自身の半妖になってからのデータにも興味があるな。あとは……君から見た天馬百合の情報とかでもね」

「天国の行き方に釣り合う情報ならいくらでも提供する。どうやって情報を渡せばいい?」

「男気があるねえ。僕はそういうアリス、嫌いじゃないな」

 チェシャ猫は珍しく、愛しいものでも見るように優しく微笑んだ。

「じゃあ、これで君の頭の中から情報を引き出すことにしよう」

 チェシャ猫がパチンと指を鳴らすと、空中でポン、と煙とともに巻物が出てきた。

「……巻物?」

「これは魔道具の一種でね。こうやって頭にかざすと――」

 巻物を頭にチョン、と触れさせる。

 すると、頭の中の何かが、巻物に向かって吸い寄せられるような感覚があった。

「――うん、このくらい情報があれば君の望むものと釣り合うだろう」

 チェシャ猫は巻物の中身を見て満足そうにうなずいた。白紙だったはずの巻物には、びっしりと文字が書かれていた。

 何の情報を抜き取られたのかは気になるが、今はとにかく天国の行き方が先決だ。

「これが君たちの店長さんから預けられた『天国への行き方』の情報が詰まった書類だ」

 またパチン、と指が鳴らされて、A4サイズの茶封筒が出てくる。

「僕の方でもコピーは取ってあるから、遠慮せず持っていくといい」

「ありがとう、チェシャ猫」

 俺はうやうやしく封筒を受け取る。

「これは天馬百合――弁財天という天界関係者そのものからの情報だ。おそらくこれを利用すれば天界に行けるのは間違いない」

 チェシャ猫は人差し指を立てて、警告する。

「ただし、気をつけたまえアリス。天界では半妖や妖怪は邪悪な異物。周りすべてを敵だと思ったほうがいい」

 俺は思わずゴクリと息を呑む。因幡白兎並みの天使がゴロゴロいると思うと、半妖の俺や幼女の鈴では勝てないかもしれない。

「ところでアリス、そこの悪魔くんも連れて行くつもりかい?」

 チェシャ猫は後ろに控えていたネイクスに目を向ける。

 ちなみにネイクスのファッションは「こんなヒラヒラしてて動きづれえもん着れるかよ」と巫女服を脱ぎ、ズボンスタイルになっている。ファッションセンスは悪くはないらしかった。

「ああ? 俺はいいよ、人間界でテレビでも見てるから」

「いや、お前を一人で神社に置くと不安なんだよ」

「悪魔への偏見が酷い。悪魔の人権保護団体に訴えなければ」

 いや、悪魔ってそういうものだし、悪魔に人権なんかねえし。

「チェシャ猫さん、連れて行く仲間は多いほうがいいかな?」

「うーん、そうだね……仲間が多すぎると妖気で天使たちが集まってくるかもしれない。かといって天馬百合を取り戻すとなると天使との戦いは避けられない。少数精鋭で行くべきだろう」

「なるほど……」

 俺はチェシャ猫の提案に考え込む。

 今まで出逢った妖怪たちの中で、連れて行くとしたら――。


〈続く〉

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