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アヤカシ堂の聖なる魔女  作者: 永久保セツナ


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第40話:出来損ないの猫又

「虎吉、身体は大丈夫か?」

 店長が俺に駆け寄る。

「かなり調子がいいですね。今なら空も飛べそうです」

「妖力がかなり高まっているな……。私の血で少し中和できるといいんだが」

 そう言って、店長は人差し指の腹を軽く切って俺に差し出す。プツ、と血の玉が指の先に浮かんだ。

「え? もらっちゃっていいんですか?」

「特別に少しだけだぞ」

 店長の血の匂いは、人間や妖怪とは違う、なにか特別な匂いがした。ルナールやイービルが『女神の血』として狙っていた理由がわかる気がする。

「で、では……いただきます」

 恐る恐る店長の手を取り、人差し指の先を口に含む。

 ジュワッと舌の先が灼けるような感覚がした。痛くはない、けれど自分の中の何かが浄化されていくような感覚。

 思わず吸血が止まらなくなってしまう。イービルは「ゲテモノ」などと評していたが、俺には何よりも甘露に感じた。喉を通った女神の血は、俺の身体を駆け巡り妖気を霧散させていく。

「吸いすぎだ。もういいだろう」

 店長が俺の頭に軽くチョップを当てる。何故か彼女の顔は赤かった。

「うん、だいぶ妖力が減ったようだ」

 店長は俺の顔を見て一人うなずく。自分の手を見ると、浅黒かった肌は元の健康的な肌色に戻っていた。髪や爪なんかは伸びっぱなしになってしまうのが困りものだ。

「ちょっと、虎吉! あんたいつまでその女とイチャイチャしてんのよ!」

 メアの声に驚いて見ると、メアはすねたような顔をしている。

「天馬百合! あんた虎吉の何なわけ!?」

「えーと……雇い主?」

「その程度の関係なら、あんまり私の虎吉とベタベタしないでよね!」

「は? 『私の』って……」

 メアの言葉に、俺は困惑するばかりである。

「蠱毒の術が中断された時点で、クロガネ様はこの場を去りました。蠱毒の術を生き残ったのは虎吉様お一人ということです。つまり、最後の一人となった虎吉様は、見事メア様の婿殿ということになります」

 セバはにこやかにそう言い放った。

「は…………ハァァ!? 勝手に連れてきて勝手に参加させて勝手に婿入りってお前らどうかしてんじゃねえの!?」

「妖怪は大概どうかしてるからな、仕方ないな」

 目を剥いて叫ぶ俺に、店長は意外と冷静だった。

「どうかしてるって失礼な話ね。あんたたちの価値観と一緒にしないで」

「とにかく、俺はメアの婿にはなれない」

「どうしてよ?」

「俺は、店長が――天馬百合が好きだから」

 猫又たちに動揺とざわめきが広がる。

「そんな……そんなのって……」

 メアはショックを受けて固まっているらしかった。

「パパは――猫又族の長は病気で倒れて余命が少ないの。すぐに世継ぎを作らなきゃならないの。お願い――」

「それは……気の毒だけど。そもそも愛もないのに子供を作りたいがためだけに結婚相手を無理やり選定するのって、俺の主義じゃない」

「愛ならあるわよ! 私、あなたがクロガネの刃から私とセバを守ってくれた時、好きだって、この人ならいいって思ったもの!」

 メアの告白に、猫又たちがまたどよめく。

「……お前ら妖怪は純血主義じゃないのか。半妖の血が混じってもいいのか?」

「いいわよ。私だって『出来損ない』なんだから」

 そう言って、メアは腕の毛皮を外す。……それは、ただの毛皮の手袋だった。メアの、人間のように毛のない手が晒される。

「メア様が人間!?」

「いや、耳と尻尾は間違いなく本物……」

「どういうことだ!?」

「メア様は半妖なのですか!?」

 猫又たちが口々に騒ぐ。

「私は純血の妖怪よ。……ただ、生まれたときからこの姿で、猫にも変身できない、出来損ない」

 メアは静かに語る。

「それでも私は長の血を引き継がなきゃいけないの。長の子供は私しかいないの。強い妖怪の血で、私の出来損ないの血を、少しでも薄めてほしかった」

 そのための、蠱毒の術。

「どうせなら、出来損ない同士で結ばれたほうがいいじゃない! そこの女神様はどうせ黒猫しか見てないんでしょ!」

 メアは叫ぶように訴える。

「……あのさ」

 その重い言葉を受け止めて、俺はなるべく冷静に努める。

「俺は半妖である自分を『出来損ない』とは思ってない。お前らの価値観と一緒にしないでくれ」

 メアは愕然とした様子であった。

「帰りましょ、店長」

 立ち尽くすメアを置いて、俺は店長の手を引いて黒竜――鈴の背に向かった。

「ああ、そうそう」

 店長は思いついたように、近くに立っていたセバに紙片を渡した。

「? これは?」

「お前らの放った猫ちゃんの壊した神社の修理代請求書。耳揃えてきっちり払ってくれ」

 店長はにっこり笑って、俺とともに鈴の背中に乗り、斬鬼と一緒に飛び立っていく。

「……やはりあの方は魔女ですね」

 引きつった顔で、セバはつぶやくのであった。


「ふと思ったんですけど、店長の血をたくさん吸ったら人間に戻れたりしませんかね」

「私の血が何リットル必要だと思ってるんだ」

 いつもの鳳仙神社。

 猫又に破壊された箇所もキレイに修復され、今回の事件は解決したかに見えた。

 ――俺の腕に抱きつき、すりすりしてくるメアがいることを除いて。

「メア様、そろそろお帰りになりませんと」

「イヤ! 召喚契約だけでもしてもらわないと帰らない!」

 困り顔のセバに、メアは断固とした態度で腕に抱きつく力が強くなる。

「使い魔契約か、いいじゃないか、しておけば」

「そんなこと言われても、召喚なんてやったことないですよ」

 店長の軽いノリに、俺は困惑する。

「なに、妖力や霊力――ゲームでいうMPみたいなもんだな――を消費して、私の御札や黒猫様の魔弾のような触媒を使えば召喚自体は簡単だ。使い魔との契約条件の調整は大変かもしれんがな?」

「俺、触媒なんか持ってませんし……」

「君の場合は『口寄せの術』のように血だけでもいけそうな気はするが」

「……で? メアの契約条件は?」

「私のお婿さんになること」

「イヤです」

「敬語になるほどイヤなの!?」

 ホント信じらんない! とメアはテーブルを叩く。

「もういい! 帰る! 私は絶対諦めないんだからね!」

 心なしかホッとした顔のセバが巨大な猫に変身すると、メアはその背に乗って猫又の村へ帰っていった。

「また厄介なのが増えたなあ……」

「モテモテでいいじゃないか」

「店長以外にモテても困ります」

「……お前本当にブレないな」

店長は呆れているのか照れているのか、複雑な顔で俺を見るのだった。


〈続く〉

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