第38話:猫又族の娘
ちょうど飛ばされた先が幸運なのか不運なのか、猫又族の集落近くであった。
俺は着ていた学ランをキレイに整えられ――山の中でドタバタしていたので、少し汚れたり着崩れていたのである――猫又族の長の家へ通された。
「メア様、連れてまいりました」
「ご苦労さま。あんたたちは下がっていいわ」
「ははっ」
俺を拉致してきた猫又がその場を去る。
メア、と呼ばれた猫又は、今まで村で見た猫又たちとは見た目が違った。
今までの猫又は全身毛皮に覆われていて、猫が二足で立っているだけといった感じだったが、メアはより人間に近い姿だ。というより、人間の女の子に猫耳と毛皮の服、手袋、ブーツ、尻尾をつけただけのように見える。他の猫又と見た目が違うのは、他の猫又よりも階級が高いから、とかそういう感じなのだろうか。メアは猫又族の長の娘、と聞かされている。
「ふーん……」
メアは値踏みをするように俺をじろじろと眺める。
「ええと、メアって言ったか。俺に何の用で攫ってきたんだ?」
「私の許可なく勝手に喋らないで」
外見年齢は俺と同じか少し幼いように見えるが、性格はかなりきついようである。
突如、メアの毛皮に包まれた柔らかい手が俺の胸を押した。思わず俺の身体が後ろに下がる。
転ばないように慌ててバランスを整えながら下がると、背中が壁にぶつかった。
メアの手が俺の胴体を挟むように壁に寄りかかって逃げ場がない。――これは、いわゆる壁ドンというやつでは?
「あ、あの、」
「喋らないでって言ってるでしょ」
予想外の出来事に思わず顔が真っ赤になる俺をよそに、メアは俺の胸に顔をうずめ、匂いをかいでいるようだった。そして、何故か思い切り顔をしかめる。
「こいつを連れてきた奴らを呼び戻して。今すぐ」メアは執事のような格好をした猫又にそう命じた。
――そして、俺を攫ってきた猫又たちは恐怖に怯えた顔で、メアの前で正座させられていた。
「話が違うじゃない」
「へ、へえ? 何の話ですかメア様?」
「私は『太陽を克服した吸血鬼』がいるっていうから連れてこさせたのに、ただの人間臭い半妖じゃないの! 聞いてないわよこんなの!」
「はあ、まあ半妖なら太陽も平気でしょうにゃ」
「騙されたー!」
メアは頭を抱えた。
「太陽を克服した、なんて言い方されたらどれだけ強力な吸血鬼かと思うじゃない普通!? ありえない……ありえないわ……ないわー……」
なんかよくわからんがとても失望されているのはわかった。
「俺が目当ての吸血鬼じゃないのなら、神社に帰してくれないか?」
「ダメよ、『聖なる魔女』――天馬百合を敵に回した以上、私達はもう戻れない。こうなったらあんたにも『蠱毒の術』に参加してもらうわ」
こどくのじゅつ、ってなんだろう。
俺の頭を疑問符が乱舞する。
「半妖風情じゃどうせ生き残れないだろうけど、せいぜい他の妖怪の糧になってちょうだい。――こいつを『蠱毒の壺』へ連行して」
「ははっ」
屈強な体つきの猫又に挟まれて、俺はまたどこかへ連れて行かれる。
「他の妖怪の糧」というのがとても嫌な予感のするワードである。
狛犬たちがこの猫又族の村を嗅ぎ当てて、店長たちを連れてくるまでに生き延びられるだろうか。
俺はいったい何をさせられるのか、不安が募った。
「――さあ始まりました、『蠱毒の術』! 実況はわたくし、メア様の忠実なる執事セバと、解説はメア様でお送りいたします!」
「セバ、あなた終始そのテンションで行くつもり?」
……一言で言うならば、武闘大会のような雰囲気であった。
丸くて広いステージの上に、所狭しと古今東西の妖怪たちがギュウギュウ詰めとは言わないまでも、隙間は少ない。そしてステージは出場する妖怪が出揃った時点で透明なドームのようなもので覆われた。これが『蠱毒の壺』と呼ばれるものだろうか。少なくともステージ外に吹っ飛ばされて失格、ということはなさそうである。
「ルールは至ってシンプル! 皆さんには殺し合いをしてもらいます!」
セバと名乗った猫又の軽いノリに、俺はぎょっとした。そんなハイテンションで、「殺し合いをしてもらいます」って。
「蠱毒の術とはもともと毒虫や蛇などを壺の中で殺し合わせて、生き残ったものが妖力を得ることで家の繁栄などを目的としたものですが、今回の蠱毒の術は皆さんに殺し合いをしていただき、殺したほうが殺されたほうの妖力や呪力を得ることで、最後に生き残った妖怪が強力な妖力を得る上に、メア様の花婿になれるという栄誉を手にすることが出来るのです!」
「帰る!」
俺は如意棒で透明なドームを殴る。が、ヒビ一つつかない。
「無駄よ、蠱毒の術は内側から破ることは不可能。最後の一人になるまでそこからは出られないわ」
メアは片肘をつきながら、つまらなそうに言う。
「そのとおり。俺かお前が最後に生き残れば、妖力を十分蓄えて出られるってわけだ。まあ、お前が生き残れたらの話だがな?」
聞き覚えのある声がして、振り向くとそこには妖猫クロガネ――天馬百合に復讐を誓う猫宮一族の生き残り――がいた。
「あー! ちょっとクロガネ! あんたよくも私を騙したわね!」
ついさっきまで気だるげだったメアが尻尾を逆立てながらクロガネに叫ぶ。
「あんたが『太陽を克服した吸血鬼がアヤカシ堂にいる』なんて言うからアヤカシ堂の停戦協定を破ってまで蠱毒の術に引き込んだのにどうしてくれるのよ!? 今の猫又族に天馬百合に敵う戦力なんていないわよ!?」
「ふん、その時は俺が天馬百合を殺す。奴は俺の獲物だ」
「かっこつけてんじゃないわよバーカバーカ! ちゃんと最後まで生き残って責任とって『聖なる魔女』を討ち取りなさいよね!?」
「それでは皆様、準備はよろしいでしょうか!? ルール無用のバトルロイヤル、開幕です!」
カーン、とゴングの鳴る音がする。
「おやおやァ~? なぜか人間の匂いがするなあ?」
「半妖がいるぞ! 弱いやつから潰して妖力を奪え!」
俺のすぐ近くにいた妖怪たちがこぞって俺を狙う。
どうも半妖というやつは妖怪から見れば自分たちよりも劣ったものに見えるらしい。
以前、店長がしてくれた話を思い出す。
『半妖は人間でもなく妖怪でもない。だが、人間よりも優れているとは限らないし妖怪より劣っているとも限らない。すべては己の心ひとつだ。優しさや勇気といった人間の心を忘れなければ、きっと君は人間を保てる』
「――人間臭くて上等! 俺は人間に戻るためにアヤカシ堂に勤めてるんだからな!」
俺の握った如意棒は、俺の心に呼応するように、棘の生えた巨大なハンマーになっていく。
「俺は『太陽を克服した吸血鬼』なんかじゃねえ! 『吸血鬼の血に抗うただの人間』だ!」
俺はそう吼えながらハンマーを振り回した。
〈続く〉




