第37話:猫又に攫われて
驚かずに聞いてほしいのだが、俺――番場虎吉は現在、猫に攫われている。
より正確に言うのなら、人のように二足で立ち、尻尾が二つに分かれている猫の妖怪――猫又、というやつだ。
その日は相変わらず参拝客もおらず閑散とした鳳仙神社で優雅に茶を啜っていたのだが――この神社、どうやって生計を立てているのだろうと常々疑問に思っているのだが、それはとりあえず置いといて――突如、バリンとガラス窓を壊す音が聞こえ、俺たちがいる部屋の戸がバァン、と蹴破られた。猫又たちがドドッと部屋に押し寄せる。
「おいおい、アヤカシ堂に殴り込みとはいい度胸してるじゃないか。お前ら猫又族の者だろう」
「な、なんで結界が機能してないんすか!?」
ニヤリと笑いながら余裕綽々に御札を広げる店長に、俺は焦った声を上げる。
「この神社のある山には何種類か妖怪が棲んでいてな。停戦協定を結んでいて破ったものはただじゃあ済まない。神社を守っている妖怪もいるからそちらから侵入するとは思っていなかったのだが……さしずめ、猫又族にも切羽詰まった理由があるんだろうよ。なにせこの私を敵に回すほどだからなあ?」
店長は口は笑っていたが、目が笑っていなかった。一番怖いパターンだ。
「おい、もしかしてこいつか?」
「なーんか、思ってたより弱そうだが……」
猫又たちは何故か俺を指差して小声で話し合っている様子だ。え、なに? 俺なにかした?
「何をブツブツ話し合っている。まず壊したものを弁償してもらおうか」
「へっ、『聖なる魔女』なんて相手取ってたら血の一滴まで搾られて魔法薬の材料にされるからにゃ。マトモに相手にするなって言われてるし、目的のものを回収してトンズラさせてもらうぜ」
そう言って猫又の一匹が煙幕玉を床に叩きつける。ボン、と辺りが白い煙に包まれた。
何も、店長の姿すら見えなくなって一瞬焦った俺の隙を突いて、猫又が俺を担ぎ上げる。
「え? え?」
「おっと、暴れるなよ。なるべく無傷で持って帰れって命じられてるからにゃ」
「まあ、どうしても抵抗するなら殺さない程度に、とも言われてるがにゃあ?」
ニャハハ、と悪い笑みを浮かべる猫又たち。
「虎吉お兄ちゃん!」
「狛村! 獅子戸! 追え!」
思わず大声で俺を呼ぶ鈴と、狛犬たちに命じる店長の声がどんどん遠ざかっていく。いや、離れていくのは俺の方だ。
こうして俺は、猫の妖怪に拉致されてしまったのである。
「問題はここから村に帰れるかどうかだぜ」
「こいつ背負いながら生きて帰れるかにゃあ……」
猫又たちは何かに怯えた様子で神社を離れる。
ウオンウオンと鳴き声がして、後ろ向きに担がれている俺の目に狛犬たちが追ってきているのが見えた。
「チッ……狛犬がしつこいにゃ……」
「やば、前方からも山犬が来てる!」
俺がなんとか首を曲げて猫又の向かう方を見ると、アニメ映画に出てくるような巨大な犬がグルル……と唸り声を出している。
おまけに、苔むした地面が突然揺れだして、猫又たちはバランスを崩しそうになる。
「ゲッ、これ地面じゃねえ! 緑青龍だにゃ!」
ちょうどその緑青龍とやらの尻尾の部分を踏んでいたようで、べしっと尻尾を振り回され、猫又とそいつらに担がれた俺が宙を舞う。
「うわわ!」
「うにゃー!」
空中に飛ばされた時、俺は緑青龍の全貌を見た。
緑色の苔と草が身体にびっしりと生えた――巨大なミミズ。
本当にこの神社のある山は生態系が豊かだなー、などと、俺は呑気なことを考えながら猫又とともに山の奥へ吹っ飛ばされたのである。
〈続く〉




