第33話:姉と弟……弟?
「番場くんは、バイトとかしてるの?」
「ああ、一応」
放課後、因幡さんと帰りの支度をしながら少し話す機会があった。
「よくぞ聞いてくれた、因幡さん。実はこいつのバイト先に因幡さんにそっくりの美女が――」
「おい、海人」
横槍を入れた海人を、俺は軽く睨む。
「私が美女かどうかは分からないけど」因幡さんは謙虚に苦笑する。
「私にそっくりな人がいるっていうのは興味あるな。ちょうどバイト探してたし、今日ついていってもいい?」
「え、ああ……いいけど……」
店長なら一般人が鳳仙神社に来ても、香澄が取材に来たときのように「普通の神社」を簡単に装ってくれるだろう。
因幡さんと店長を鉢合わせさせてどんな反応が返ってくるかも気になるところではあった。
そういうわけで、俺と因幡さんは鳳仙神社まで一緒に歩いていくことになったのである。
鬱蒼とした木々のトンネルの中、石段をのぼると、彼岸花の咲き乱れる開けた境内に出る。いつ見てもあの世に来たような光景である。
彼岸花の生えていない石畳の上を歩き、因幡さんを導きながら社務所の戸を開ける。
店長と因幡さんをいきなり会わせてびっくりさせようと企んでいた俺は、何も言わず社務所の居住スペースに因幡さんを入れた。
店長がいるであろう居間の戸を開ける。
「ん、ああ、虎吉。学校は終わった、の、か…………」
こちらを振り向いた店長は、因幡さんを見て固まった。
サプライズ大成功、と内心ほくそ笑んでいた俺は、
「――やっと見つけましたよ、姉さん!」
因幡さんの台詞に、「え?」と自分も固まる羽目になったのである。
「ゲェッ、白兎ォ!? お、お前がなんでこんなところに……!?」
「姉さんを追いかけて、僕も地上に降りてきたんです!」
「え、え? 店長、因幡さんのお知り合いだったんですか……?」
姉さん、ということは、因幡さんは妹ということになるのだろうか。名字が違うのが気になるが。
「虎吉……お前とんでもないものを連れてきてくれたな……」
店長は恨みがましい目で俺を見た。
「因幡白兎。私の弟……というか、弟分というか……」
「は? 弟、って……」
俺は因幡さんのセーラー服姿を見ながら引き気味に言った。弟さんが女装癖とかやだな。
「それだ。白兎、お前なんで女の体になっている?」
「姉さんを追いかけようと慌てて女性の体で受肉しちゃったんです! 姉さんのせいですよ!」
「いや知らんがな! お前のケアレスミスだろうそれは!」
ギャーギャーとわめく姉妹――いや姉弟? をなんとかなだめて、俺は二人から話を聞くことにした。
「僕は天界から姉さんを追って地上に派遣された天使なんです」
因幡さんはそう説明した。
「かれこれ百年以上、姉さんを探して日本中を歩き回ったんですよ」
「ひゃ、百年!?」
それはちょっと時間がかかりすぎではないのか。
「まずは南の端から順番に探していこうと沖縄に降臨して、海水浴をしながら人混みの中の姉さんを探したり、広島のもみじ饅頭とか香川のうどんとか美味しかったですね」
「完全に観光を満喫してるな?」俺は呆れた声を出す。
「いや、でも私なら多分そうしてた」
「店長……」
血は争えないというか、なんというか。
「そういえば、店長は何度か自分を女神と自称してましたけど、結局何の女神なんですか?」
「自称って言うな」
「番場くん、君は姉さんと一緒にいておきながら何も知らないんですね」
因幡さんは学校にいたときとは違う、無機質で冷たい目をしていた。
「姉さんは地上でも有名な『七福神』の一柱にして紅一点、音楽と弁舌、財産を司る女神。その名も『弁財天』ですよ」
七福神。それは日本人なら知らない者はいないであろう、七柱の神様のグループである。全員の名前は知らなくても、弁財天は紅一点で目立つので聞いたことがある。
「あの、井の頭公園のボートにカップルで乗ると嫉妬から別れさせてしまうという恐ろしい女神様ですか……?」
「嫌な覚えられ方されてる!」
店長は思わず両手で顔を覆った。
「あとは財産の神なので『銭洗弁財天』といって小銭を水で洗うことで金運を上昇させる神社もありますね」
因幡さんは敢えて否定せずスルーした。
「そういえばこの鳳仙神社も弁天様を祀ってませんでした? 自分を祀ってる神社の巫女さんをしてたんですか?」俺が訊ねる。
「色々事情があってな」
「それより姉さん、姉さんの話を聞かせてください。この百年以上の間、天界を離れて何をしていたのか」
「そうだな……」
そうして、店長は自らの過去を語りだした。
「天馬百合」という名前は、『彼女』が弁財天になる前の幼名のようなものである。
天界において、神の名は襲名制である。
神は基本的には不老不死であるが、天界には権謀術数が渦巻いており、陰謀による失脚や単純にその神が飽きたなどの理由で代替わりが行われていた。
天馬百合と因幡白兎は、弁財天に仕え、いずれは弁財天を継ぐために製造された天使であった。
結果として、『彼女』――天馬百合は弁財天を襲名した。彼女以前の弁財天は、失脚したのか飽きたのか、理由は判然としない。
しかし、弁財天を継いだ彼女もまた、神々が堕落した天界の状況に嫌気が差し――天界を離れ、地上に降りることにした。
最初は琵琶湖のほとりに降臨したが、そこでは琵琶湖の主である黒竜が暴れ、民は困窮していた。
弁財天は民を救うため、琵琶湖を荒らす黒竜に嫁入りし、琵琶湖を鎮めて住人を救ったとされる。
しかしその話には続きがあり――夫である黒竜を得意の札術で封印してしまった彼女は、琵琶湖をこっそり抜け出して、妖怪を倒したり使い魔を増やしたり観光したりしながら北上し、やがて北海道の小さな農村にたどり着いたという。
村は困窮しており、村を訪れた女旅人が財産を司る弁財天と知るやいなや、財産の女神を祀るという名目で、現在の鳳仙神社に封印してしまったのである。
女神がとどまったことで村は金運で潤ったが、弁財天の怒りを恐れた村の人々は、自らの村を『宝船村』と名前を変え、神社には読みと漢字を変えた『鳳仙神社』という名前が残った。
そこから百年経って、宝船村は宝船市になり、宝船市を訪れた黒猫――シュヴァルツェ・カッツェという男が弁財天を封印から解き放った。
以降、弁財天はかつての「天馬百合」という名を名乗り、黒猫に付き従うようになったという。
「つまり……店長はバツイチ……?」
「そこを聞いてほしかったわけじゃないんだがなあ」
俺の疑問に、店長は額へのチョップを返す。
「姉さん、可哀想に……人間に恋をして天界に帰れなくなってしまったのですね……」
「いや、そういうことじゃないんだが」
よよよ、と泣くフリをする因幡さんに、店長は冷静に言った。
「わかりました! その黒猫ってやつ探すの手伝います! そして殺します!」
「殺すな」
「極端すぎて怖ぁ……」
過激すぎる因幡さんに、俺は思わず身震いした。
こうして、因幡さんは店長を慕って鳳仙神社に入り浸るようになるのだが、それはまた別の話。
〈続く〉




