第28話:イービルと百合のデート
俺たちアヤカシ堂の三人が参拝客もロクに訪れない鳳仙神社の居住スペースでまったりしていると、突如神社が霧に包まれた。
最初は山の中の神社だしこういうこともあるのだろうと気にしていなかったが、やがて社務所の戸の隙間から霧が入り込む。
これはただの霧ではない。アヤカシの匂いが強く漂った。狛犬の吠える声が聞こえる。
俺たちが得物を手に身構えると、霧はやがて人の形をとっていく。
「――店長さん、また逢えたね」
それは吸血鬼――イービル・ダークだった。
以前、店長とお見合いをしたファッションセンスが最悪の男である。ちなみに今日は『蚊』と大きく筆文字で書かれた真っ赤なTシャツを着ている。
おまけにペットの怪物を人間界に放ち、多くの犠牲者を出し、俺を半妖にした元凶でもある。
「お前、逮捕されてなかったのか」
店長は思い切り顔をしかめる。
「やだなあ、魔界のプリンスが逮捕されるわけがないじゃない」
「人殺しが、よくもぬけぬけと……」
「妖怪なんて人間の一人や二人、朝飯前に殺してるものだよ」
イービルは非人道的な台詞を、なんでもないことのように吐く。
「こんな真っ昼間に吸血鬼が来るなんて……」
「吸血鬼は霧に変身できる。それで太陽を防いだんだろう」
俺の言葉に、店長はため息混じりに答える。
「で? 何しに来た犯罪者」
「店長さんとデートの約束しに」
店長の刺々しい口調に動じることなく、イービルはニコニコと笑う。
「デートだと?」
「ボクのペットの情報、知りたいでしょ? そこの半妖くんを元の人間に戻すためにさ」
イービルはチラリと俺を見る。
「デートしてくれたら教えてあげてもいいよ」
「招待もしていないのに勝手に家に上がり込んだり、やりたい放題かお前は」
「吸血鬼が招待された家にしか入らないっていうのは、まあマナーみたいなもんだし。ボクそういうの気にしないから」
「少しは気にしろ」
店長は頭痛をこらえるように、額を手で押さえた。
「というか、結界は仕事してないのか」
「近所で遊んでた子どもたちに頼んで結界の要を壊してもらったんだ。あのオジゾーサンでしょ? 結界のもとになってるの」
「あのガキども……」
店長の頭痛が加速する。
「それで? デートしてくれる?」
「……本当にあの怪物の情報なんてあるんだろうな?」
「ペットのことは誰よりボクが詳しいよ」
えっへん、とイービルは胸を張る。
「……いつ、どこで待ち合わせだ」
「やった、店長さん大好き」
イービルの言葉で、店長はますます不機嫌そうだった。
デートの日時と待ち合わせ場所の指定をして、イービルはウキウキと帰っていった。
「行きたくない……」
店長はげっそりしている。
「あの……店長、無理しないでください。俺は無理に人間に戻れなくてもいいので、デートすっぽかしてもいいんですよ?」
「そうもいかないだろう。君を人間を戻すことが君と結んだ契約なんだから」
俺を人間に戻す代わりに、俺はアヤカシ堂で働く。たしかにそういう契約を交わした。
しかし、俺にとってはもう人間に戻れるかどうかはもはやどうでもよかった。
周りの人間が自分を置いていなくなるのは嫌だった、けど……俺が店長を置いて逝くのもなんだか嫌な気持ちだった。
人間に戻りマトモな人生を生きたいが、半妖として店長とともに生きていきたい。
板挟みのような葛藤の中で俺はこれからどうするべきか悩んでいた。
「あのイービルとかいうやつ、何をしでかすかわからないし、俺と鈴でこっそり様子を覗いてもいいですか?」
「むしろそうしてくれると助かる。二人きりになったら何をされるかわからん」
店長は悪寒がするというように、ブルッと身を震わせた。
その週の日曜日、午前十時。
宝船駅前で、店長は立っていた。今日は巫女服ではなく私服であるが、オシャレをする気はさらさら無いようで、十字架の絵がプリントされたTシャツにジーパンというラフな格好である。吸血鬼を遠ざける気満々なスタイルだ。
少し離れたオブジェの陰から、俺と鈴は様子を見守る。
「まだイービルさんは来てないみたいだね」
「店長を待たせるなんてふてぇ野郎だ」
実際、店長が待ち合わせ場所に来てから一時間は経っている。店長が早めに来たとかではなく、待ち合わせ時間ぴったりに来てから、である。自分で日時を指定しておいて遅刻するとは、命知らずか?
「――ごめーん! おまたせ~!」
やっとイービルが来た。店長は他人のふりをしたいようで、イービルの方に振り向いたりはしない。
「いや~、服選びに時間かかっちゃって~」
やっと、恐る恐るイービルを見る店長。
彼女の悪い予感は大当たりだった。
イービルの服装はTシャツにホットパンツからトランクスがはみ出ている。それもデートに着てくる服装とは思えないが、何よりの問題はTシャツの柄である。
人間の内臓の写真がプリントされていた。R-18G指定。グロい。モザイクかけたい。
「うっ……」
遠目から見ている俺でも吐き気をもよおすのに、それを間近で見せられた店長が気の毒すぎる。
駅前でそんな視覚テロを起こされて、周りの人間もざわついている。
「お前……お前……!」
店長はわなわなと震えだす。服選びに時間をかけてこれって、マトモな服持ってないのか?
「――ちょっと来い!」
店長はイービルの襟首を掴んで、引きずるようにどこかへ連れて行く。
俺と鈴は慌てて後をつけていった。
店長とイービルは近くのホテルに入っていった。……ホテル? ――ホテル!? なんで!?
俺は思わずいかがわしい想像をしてしまう。流石にホテルの中まではついていけない。
俺たちはホテルの近くで待つしかなかった。
〈続く〉




