第27話:天馬百合のお見合いをぶち壊せ
「百合ちゃん、お見合いせえへん?」
鳳仙神社の社務所、俺たちがたむろしている居住スペースに入って、幽子さんは開口一番そう言った。
「……は? 見合い? なんで?」
店長――天馬百合は完全に寝耳に水といった様子で問う。
「ほれ、こないだのクラウドを連れ戻した件で、うちまだお礼してなかったやん?」
「それで見合いが何故お礼になると思った?」
「だって、お相手は魔界の王子様やで? この上ない優良物件やろ?」
魔界の王子様……?
なんだか人間のアイドルがキャラ付けで設定してそうな肩書に、俺は胡散臭さを感じる。
いや、そもそも俺はつい最近店長への恋心を自覚したばかりである。見合いが上手くいったら困る立場だ。
「黒猫様がご不在なのにそういうことは勝手に決められない」
店長がそう答えるのを聞くと、胸がぎゅっとなる。
そう、店長はおそらく黒猫さんが好きである。失踪して何十年経っても、この神社で待ち続けるほどに。
「あんなあ、百合ちゃん。黒猫はんがいなくなって何十年経ったと思ってるん? もうしわくちゃのジジイになっとるか、とっくに死んでるて」
「いや、護法寺の木蓮殿のようにピンピンしてる可能性も……」
「まあ人魚の肉でも食べればそうやろけどなあ、ならなんで帰ってこないんや」
「それは……」
幽子さんの正論に、店長は言葉に詰まる。
「まあまあ、とりあえず会うだけでええから。百合ちゃんはそろそろ新しい恋に生きるべきやと思うねん」
「新しい恋って……」
とまあ、なんだかんだ押し切られてしまい、店長はお見合いをすることになったのである。
見合い会場に選ばれたのは、その魔界の王子様とやらが宿泊に利用しているホテルのラウンジであった。
時刻はすっかり日の沈んだ夜である。
俺と鈴は店長と立会人である幽子さんから離れた席で様子を伺う。
「お兄ちゃん、いいのかなあ、私たち、こんな覗きみたいなことして」
鈴はなんだか後ろめたそうだ。
「幽子さんが『心配なら覗きに来てええで』って言ってたし、いいんじゃないか?」
俺はそう言いつつ、もし見合いが上手くいったらと気が気じゃない。見合いということはお付き合いや結婚が前提なんだろうし、他の男とそういう関係になる店長は見たくなかった。
場合によってはなんとか見合いをぶち壊したい。
あと、魔界の王子様とかいうやつが気になる。
やがて、お相手と思われる男が現れ、にこやかに店長と幽子さんに挨拶した。
幽子さんは「おもろいことはみんなで共有せな」と、俺達にも会話が聞こえるように盗聴機を隠し持っている。完全に店長をダシに面白がっていた。
「こんばんは、ルナール・ダークと申します」
「天馬百合です」
ちなみに今日の店長はさすがに巫女服ではなく、私服である。フリルの付いた白いブラウスに黒のスカートとタイツ、編み込みのショートブーツ。俺は店長の私服を初めて見たが、それがこんな機会でというのは残念ではある。
「このたびはご足労いただきありがとうございます」
ルナールと名乗った男はなかなかのイケメンだ。仕立ての良いスーツ姿がよく似合う、大人の男性と言った感じ。俺みたいなガキでは敵わない、と思ってしまう。敗北感。
「ええ男やろ~? この方は魔界にある吸血鬼の国の第一王子、つまりは王位継承者や。これ以上の優良物件、他にあらへんやろ~?」
「お褒めに預かり光栄です」
幽子さんの言葉に、ルナールはうやうやしく頭を下げる。
吸血鬼の国とかあるのか。初耳だ。
店長も黒猫さんのことを気にしているのか微妙な顔をしているが、まんざらでもなさそうである。
「しかし、残念ながら」ルナールは微笑みを絶やさず言葉を続ける。
「今回お見合いしていただきたいのはわたくしではなく、わたくしの弟なのでございます」
「弟?」
店長は首をかしげる。
「実はわたくしには既に婚約者がおりまして。いやはや『女神の血』がどんな味がするのか気にはなるのですが、致し方ありません」
ルナールは鋭い牙をむき出してニッコリ笑う。
『女神の血』という単語に、店長はやや顔をしかめる。
「……なんだ。私の血が目的か」
「率直に言って興味深いとは思っております」
ルナールは店長の苦言にも表情を変えない。
「――ごめーん! おまたせ~!」
そこへ、別の男がやってくる。
……ピエロかな? と思った。
虹色のピエロのような個性的な服(婉曲表現)を着たその男は、嫌な予感のとおりに店長たちのテーブルへ歩み寄ってくる。
「紹介いたします。弟のイービル・ダークです」
「逢いたかったよ、店長さん!」
店長の顔がひきつるのが遠目からでも見えた。
「…………す、すみません、ちょっとお手洗いに……」
「あ、百合ちゃん奇遇やねえ。うちもちょっともよおしてん、連れションしよか」
店長と幽子さんがそそくさと席を立ち、トイレへ向かう。
俺と鈴もトイレへ向かった。
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
鈴が女子トイレを覗き込むと、
「やだー! あんなのと結婚するのやだああぁ!」
「百合ちゃん落ち着きや!」
鈴の話では、店長はトイレの窓から脱走しようとしたそうである。幽子さんが必死に止めていたが。
(店長、大丈夫かなあ……)
俺は流石に女子トイレに入るわけにはいかないので、隣の男子トイレからその様子を聞いていた。
吸血鬼の血が流れている効果で聴覚がよくなったのはありがたい。
「なんだあれ! なんだよあれは! どんな人生を送ったらあんなんなるんだ!」
「いやでも、第二王子ってことは結局は玉の輿コースやで! ええやないの!」
「じゃあお前が結婚しろよ!」
「いえ、遠慮しておきます」
幽子さんが標準語でしゃべるほどの衝撃である。
そのまま男子トイレの手洗い場で立ち聞きをしていると、不意にアヤカシの匂いが漂ってきた。
――さっきの、イービルとかいうやつがトイレに入ってきた。
すれ違いざまに、イービルはくん、と鼻を動かす。
「ん? 君……」
イービルは俺を見て不思議そうな顔をする。
ヤバい、監視してたのがバレたか?
心のなかで身構えるが、
「――君、うちで飼ってた犬みたいな匂いがするね」
「……は?」
「懐かしい匂いだなあ」
犬みたいな匂いと言われて怒らないやつはいない。
店長の見合い相手ということもあって、俺はブチギレそうになった。
――絶対に、絶対にこの見合いをぶち壊す。
俺は固く決意した。
「――ん、鈴? どうしてこんなところに?」
隣の女子トイレから店長の声が聞こえる。
「虎吉お兄ちゃんと一緒に様子を見に来たの」
「虎吉も来ているのか? そうか……」
少し沈黙があって、
「――虎吉に、なんとか見合いをぶち壊してもらえないだろうか……」
店長も破談を望んでいるのなら、もう止まる理由もない。
トイレを出て合流した店長、幽子さん、鈴、俺の四人は、見合いの席へと向かった。
「おや、随分大所帯になって帰ってきましたね」
席にひとり残っていたルナールは、動揺することなくにこやかに言う。
「――ん? あなた、人間でも妖怪でもありませんね。しかもなんだか懐かしい匂いがする」
ルナールは俺を見てそんなことを口走る。イービルも言ってたが、懐かしいとはどういうことなんだろう。
しかし、今はそれを考えている場合じゃない。俺はずいっとルナールと店長の間に立ちふさがる。
「悪いけど、今回の見合い話はご破談ということにしてもらいたい」
「何故?」
「――俺は、店長が……天馬百合が好きだからです」
俺の言葉に、店長は目をぱちくりさせる。
「ごめんごめん、思ったより時間かかっちゃって~」
そこへイービルが用を足して戻ってくる。
「あ、さっきの犬の匂いがする子だ」
人を指差すなと親に教わらなかったのか。
「犬? ……ああ、たしかに。やっと思い出しました」
ルナールは微笑むばかりである。
「あの、人のことを犬呼ばわりとか失礼じゃないですか?」
俺はムカムカしていた。
「え~、でも俺んちの犬チョー可愛いんだよ? ほら、写真見る?」
そう言って、イービルが見せた写真を見て、俺と店長は驚愕する。
――あの、俺を半妖にしたメロン頭の怪物が、そこに写っていたからである。
「ウルフェンって人が造った、吸血鬼の遺伝子を組み込んだ新種のペットなんだよ~。この長い舌とか超キュートだよね~。まあずっと前に人間界に遊びに来たときにうっかり逃しちゃったんだけどさ~。今も元気でどこかにいるのかなあ」
呑気なことを言うイービルに、店長はわなわなと身体を震わせる。
「ん? どしたの、店長さん――」
「すべての元凶はお前かァァァ!!」
店長は渾身の力でイービルの顔の真ん中をぶん殴る。
イービルは鼻血を垂らしてわけがわからないという顔をする。
「え? なに? 店長さんどしたの?」
「お前が放ったペットのせいで何人もの人間が死んでるんだよ! おまけにこの虎吉は半妖になった! どうしてくれるんだ!」
店長は怒りを露わにする。
「とにかく署まで来い! 怪異対策課でこってり絞ってやるからな!」
その後、店長は怪異対策課に連絡し、イービルとルナールは宝船署へ連行された。もちろん見合いはご破算である。
「いやぁ、まさかあそこで虎ちゃんを半妖にした怪物とつながるとはなあ。人生わからんもんやなぁ」
帰り道、幽子さんはのんびりした調子で今日を振り返る。
「しかもあの怪物を造ったのがウルフェンとはな……まだ暗躍してるのかアイツ」
「ウルフェンって前も話に出てきましたよね。何者なんです?」
考え込む店長に、俺は疑問をぶつける。
「ウルフェン=リル=アルビノー。不老不死の研究をしている科学者だ。私とアイツは、ちょっとした因縁があってな」
店長はあまりソイツについての話をしたくないというか、思い出したくないといった顔をしていた。
「ところで虎吉」
「なんですか?」
俺の名を呼ぶ店長は、何と言ったらいいかわからないような顔をしている。
「……あの話は本気で言ったのか?」
「あの話って?」
「その、なんだ……私のことが好きとか言ってたやつ……」
警察沙汰になってバタバタしてたのですっかり忘れてた。思わず顔が熱くなる。
「え、っと……好きです、はい……」
「そうか……」
店長は申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「……すまない。私はまだ黒猫様のことが忘れられない。そんな状態で君の気持ちに応えるのは君に失礼だと思う」
「そういう誠実なところも好きです」
「お、お前な……」
素直な気持ちを伝えると、店長も若干顔が赤くなった気がする。
「いつまでも待ちますよ、俺は。時間はたっぷりあるんでしょう?」
「お前が人間に戻れるまでは、な」
――そっか。人間に戻ったら、不老不死の店長とは、いずれ別れが来るのか。
俺は人間に戻りたかったはずなのに、心が揺らいでしまった。
「百合ちゃん、青い春しとるやないの~。ひゅー」
幽子さんは口笛を鳴らして面白がっている。
「茶化すな」
店長はちょっとだけ幽子さんを睨む。
夜空の星たちが温かく見守ってくれている気がした。
〈続く〉




