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アヤカシ堂の聖なる魔女  作者: 永久保セツナ


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第22話:影喰い

「――また『影喰い』の被害者が出たんですか」

 私――天馬百合は、黒猫様に訊ねた。

 一本にまとめられた長い銀髪に灰色の目、首から十字架を下げ黒いコートを纏った男――黒猫様は、静かにうなずく。

「今度は『影喰い』を退治しようとした護法寺の木蓮殿が返り討ちにされたらしい」

「木蓮殿が!?」

 私は驚きの声を上げる。

 木蓮というのは、護法寺の住職である。

 ここ宝船市には、アヤカシ堂の他にも妖怪退治や悪魔祓いをしている宗教施設が多く存在する。この町が世界でも有数の魔力の流れを持つがゆえに、日本中、下手したら世界中から妖怪や魔術師、魔女や悪魔などが集まってしまうためだ。怪異対策課に属するのはアヤカシ堂のみだが、もっと傘下を増やしてもいいと思う。正直手が回らない。

 先ほどから話題に上がっている『影喰い』は最近被害者を増やしている妖怪の通称である。正体は不明、黄昏時に現れては人間の影を喰ってしまうという。影を喰われた人間は意識不明になってしまうらしい。木蓮殿も今頃は護法寺で寝込んでいるはずだ。

 ちなみに木蓮殿は齢八十を過ぎているはずだが顔にはシワひとつ無く若々しくついでに女性にモテる色男僧侶である。その若さの秘密は修行の成果とも人魚の肉を食べたとも噂されているが、まあそれはさておき。

「そろそろ怪異対策課が依頼を出してきてもおかしくない頃合いだな」

 黒猫様がそう呟くと、電話が鳴った。

 私が出ると、黒猫様の予想通り怪異対策課――鬼怒川夜鷹さんからの電話だった。

「増田警部が言うには、『影喰い』の気配はこのあたりから感じるそうです」

 鬼怒川さんからの伝言どおりに、私は地図に赤丸を書き込む。

 地図には既に『影喰い』の被害が発生した場所に赤丸が書き込まれている。

 赤丸の数は、既に十個を超えている。

「ふむ、この家を実際に見に行ってみるか」

 黒猫様は、増田が気配を感じたという家に興味を示したようだった。

 地図には家の持ち主の名字などは載っていないが、まあ行ってみれば表札くらいは出ているだろう。

 夕暮れを待って、私と黒猫様は鳳仙神社を出発した。

 鬼怒川さんから伝えられた場所は、鳳仙神社からそう遠くはなかった。

 件の家の表札を見ると、『光岡』と書かれている。どうやら普通の人間が暮らしている家のようだが、妖気を感じるような感じないような……なんと言えばいいのだろう、「もぬけの殻」といった感じがする。既に妖怪がいなくなったあとというか。残り香だけが残っているような感じだ。

 人間である黒猫様に感じたままを伝えると、顎に手を当て、考え込む仕草をする。

 ふと、黒猫様の視線が、向かい合った私の背後に注がれ、突然抱き寄せられる。

「く、黒猫様っ!? そんな、外でこんな……!」

「動くな。何かいる」

 動揺して顔が熱くなる私に、黒猫様は冷静な口調を崩さず、拳銃――魔弾を撃てる特殊な魔銃である――をパンッパンッと撃つ。

 どうやら私の影に何かが近づいていたらしく、魔弾を避けて何かが後ろに跳び下がる。私は抱き寄せられたまま、なんとか後ろを振り返る。

 ぬいぐるみ、だった。

 何の生き物を模したものかはわからない。雪男のように真っ白で毛むくじゃらの、頭にピンクのリボンが乗せられたそのぬいぐるみは、しかし鋭く黒い爪と凶暴で恐ろしい表情は全く可愛げがない。それが牙を剥いて唸っている。「フーッ、フーッ……」と牙の間から漏れ出る吐息は、獣のようだった。

「こいつが『影喰い』と見て間違いなさそうだな。お前の影を喰おうとしていた」

 黒猫様は表情を変えない。魔銃を構えたまま、影喰いを見据える。

 ――影喰いは、そのまま背を向けて四足で走り去った。

「一度神社に戻ろう。おそらく今日はもう影喰いも警戒して被害は出ないはずだ」

 黒猫様はそう言って、私を腕の中から解放した。

 ――この人は、常にクールで感情を表に出すことはほとんどなく、何を考えているのか分からない。

 彼の一挙手一投足から、いちいち顔を赤く染めるのもエネルギーの無駄という気もするが、勝手になってしまうのだからしょうがない。

 黒猫様は、海外から日本にやってきたエクソシスト――悪魔祓いのスペシャリストである。鳳仙神社を拠点とし、アヤカシ堂を創設した人間だ。

 アヤカシ堂の噂では、彼は魔女を召喚したというが、それは誤りである。

 噂に呼ぶ魔女――私は、黒猫様が来る前から神社に『封印』されていた。その封印から解き放ってくれたのが、黒猫様だった。

 それから私は、彼に付き従い、ともにアヤカシ堂を運営し、背中を合わせて妖怪と戦っていたのである。

 ……だから、私が恩人でありパートナーである黒猫様を食い殺したなどと、根も葉もない腹立たしい噂なのだ。


〈続く〉

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