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アヤカシ堂の聖なる魔女  作者: 永久保セツナ


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第19話:稲荷神社の幽子さん

 宝船市。

 この町には不気味な言い伝えがある。

 昔、異国から来た男が『アヤカシ堂』という店を開いた。

 怪しげな薬や品物を売り、夜な夜な悪魔を喚び出しているという噂だった。

 しかしある日、その男は忽然と姿を消した。

 喚び出した魔女に喰われたと伝えられているが、その魔女はまだ『アヤカシ堂』に棲み着いているそうだ。

 そして、誰も『アヤカシ堂』の場所を知らないという――。


「――って、ネットで噂になってるんすけど、うちの店」

「ほう、そりゃ怖いな」

 スマホを眺める俺に、店長はそっけなく答えた。

「まあ、実際はこの神社がアヤカシ堂って町の人間はみんな知ってますけどね」

「おかげさまで誰も来なくて困ったものだ。働きたくはないが賽銭くらいは欲しいものだな」

「ところでお姉ちゃんは何してるの?」

 鈴が店長に訊ねる。店長は紙に十円玉を乗せて、それにさらに人さし指を乗せている。

「店の宣伝だが?」

「俺には独りでコックリさんをしているようにしか見えませんがね?」

 その紙にはひらがなの五十音と、神社の鳥居のマークが書いてあったからだ。

「今ちょうど近所の小学校でコックリさんをやっているようでな」

 すると、十円玉から声が聞こえてきた。

『コックリさんコックリさん、あいかちゃんのボールペンはどこにありますか』

 子供の声だ。どうやらクラスメイトがボールペンを失くし、その場所をコックリさんに訊ねていると推測された。

 今は夕方なので、放課後に友達で集まってコックリさんをしてるとかそんなところだろう。

「『アヤカシ堂に聞け』……と」

 店長は十円玉をひらがなの上に滑らせていく。

「現在進行形でコックリさんで喚び出されてるんすか!?」

「おうよ、リアルタイムよ」

『え、アヤカシ堂って何?』

『どこにありますか?』

「あれ、今の子はアヤカシ堂知らないんだね」鈴が意外そうに呟く。

「まだ幼いからな……ええと、『小学校を出て右に曲がって……』」

 店長は道案内をし始めた。

『え、なにこれ怖い……』

『コックリさんコックリさん、お帰りください』

「いいえ」

 店長は清々しいほど爽やかに笑っていた。

「店長、子供をいじめちゃダメですよ」

「ふん、コックリさんをするときは自己責任だ。――あっ、アイツら強制的に『はい』に移動させやがった」

「コックリさんがなかなか帰らないとビビりますよね」

 コックリさんは多くの小学校で禁止された遊びである。読者の皆さんは決して真似しないように。

「虎吉、お前もネットに宣伝を書き込んでおけ。『アヤカシ堂を訪れた人間は、聖なる魔女に願いを叶えてもらえる』とな」

「……聖なる魔女って自分で言ってて恥ずかしくなりません?」

「私が考えたわけじゃないもん!」

 店長が真っ赤になって反論すると、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。

「ちわ~。百合ちゃんおる?」

 知らない女性の声だ。

「幽子か。入ってきていいぞ」

「お邪魔しまっせ~」

 幽子と呼ばれた女性が俺達のいる部屋に入ってきた。

 見た目からして妖狐だった。

 いかにも狐っぽい、目を閉じているような細い吊り目にωのような口、そして足と耳と尻尾が狐のままだ。変化の術に失敗している感じがする。

 しかし、ボブカットにした銀髪は毛艶がよく光を反射して美しい。

「ん~? 百合ちゃん、うちが知らないうちに男なんか連れ込んでるん? しかもそんな若いツバメ」

「馬鹿、ただのアルバイトだ。こいつは番場虎吉。ワケあって半分吸血鬼になってしまっている元人間だ」

「は、はじめまして……」

 俺は幽子さんにペコリと頭を下げる。

「あ、そうなん? うちは近くの稲荷神社で神様やっとる幽子言うもんや。よろしゅうに~」

 それにしても、さっきから関西弁っぽい言葉を話しているが、イントネーションがおかしいというか関西出身でなくても下手くそな関西弁だと分かる。

「稲荷神社の神様って……お前が勝手に神社に棲み着いてるだけだろうが」

「無人なんやしええやん。ま、加護を与えるとか願いを叶えるとかはできひんけどな。にゃはは」

 幽子さんは愉快そうにケラケラ笑う。

「それで? 何の用だ」

「昨日弟と喧嘩して弟が家出してしもうたんや。父ちゃんが『早く連れ戻せ』言うてうるさくてなあ。探すの手伝ってくれへん?」

「え~、めんどくさ……」

「いやん、百合ちゃんのいけず。親友の頼みが聞けへんの?」

 幽子さんの言葉に店長がわずかに頬を染める。

「親友……親友か……じゃあ仕方ないな……」

「よっ、百合ちゃんええ女! やっぱり持つべきは頼れる親友やわぁ」

 幽子さんにおだてられ、店長は依頼を引き受けた。

「……店長、もしかして他に友達いな……」

「虎吉、鈴、『チェシャ猫』のもとへ行くぞ」

 俺の台詞を遮って、店長は聞き慣れない言葉を口にする。

「チェシャ猫?」

「行けば分かる。幽子は一応、稲荷神社に戻っていてくれ。もしかしたら戻ってくるかもしれないし」

「ホンマに一応、って感じやけどな。アイツ絶対戻ってけえへんし。でもまあ、わかったわ」

 店長の言葉に、幽子さんはうなずいた。

「それでは、行こう」

 店長、俺、鈴、幽子さんは山の石段を降り、幽子さんとはふもとで別れた。

 今日の鈴は店長の影に潜らず、自分の足で歩いていた。天気が曇りだから体調がいいのかもしれない。

 店長と鈴が手をつないで歩く姿は親子――いや、それは店長が怒りそうだ。仲のいい姉妹のようだった。

 真っ黒い着物。鳥のように硬い鱗に覆われた手と、黒い爪。抱きかかえた黒い竜のぬいぐるみ。

 そういえば、俺は鈴についてはあまり詳しくない。

 鈴は引っ込み思案な性格だが無垢なところもあり、最近は俺にも多少懐いてきたが、かなりの人見知りで無口らしくあまり自分から会話をすることはない。

 いつも店長の影に文字通りポチャンと水の中のように潜り、時には頑丈な盾になって守り、時には巨大な竜となり攻撃してくれる、そして鈴が潜った影から蔵の魔道具を取り出せる、店長にとっては頼もしいパートナーだ。

 店長と鈴がいつから行動をともにするようになったかは聞かされていないが、きっと俺なんかより遥かに長い時間一緒にいたのだろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、店長についていくと、そこは何の変哲もないごくごく普通の公園だった。

 緑地で子どもたちが駆け回る光景は、微笑ましさすら感じる。

 ふと、子どもたちが不思議なものを見る目でこちらを凝視し始めた。理由は簡単、店長が巫女服のままだからである。

「店長……普通の私服買ったほうがいいですよ」

「いや私服は持ってるよ失礼だな。話の流れ的に着替える時間がなかったんだよ」

 持ってたのか。いやたしかに着替えるタイミングはなかったが。

 しかし、子どもたちの親が迎えに来て、ひとりまたひとりと子どもたちは公園を出ていく。そういえばもう夕方だった。

「バイバーイ」

 と声をかけあって家路につく子どもたち。公園には俺たちアヤカシ堂の面々と、ひとりだけ男の子が残された。

「……そろそろ来る頃だと思っていたよ、百合」

 男の子はそう言って振り返り、ニタリと耳まで届きそうなほど口を広げて笑った。ギザギザの鋭い歯が、ただの人間の子供ではないことを示している。

「なら、用事の内容ももう知ってそうだな、『チェシャ猫』」

 店長は冷静にそう返す。

「ああ、幽子の弟クラウドの行方だね?」

「な、なんでそんなついさっきのことを知って……」

 俺はチェシャ猫の言葉に動揺する。

「風のうわさってやつさ。風が教えてくれたんだ」

「……は?」

「僕は情報屋だ。あらゆるものの声を聞くことで情報を集めるのさ」

 いや、ちょっと何を言ってるのか分からない。

 まさしくチェシャ猫の不可思議な言動に振り回されるアリスの気分だ。

「で? クラウドは今どこにいる?」

「その前に報酬の話をしないかい? 僕だってボランティアでやってるわけじゃないんだ」

「……いくらだ?」

「天国への行き方をひとつ売ってほしい。流石に天使たちの情報はなかなか得られなくてね」

「わかった。後日書類にまとめて郵送する」

「そりゃありがたい」

 チェシャ猫はそう言ってニッコリ笑う。普通の笑い方をすれば普通に純粋無垢な子供に見える。

「クラウドは今、烏丸黒天のもとに居候している」

 烏丸黒天、という言葉に、店長はピクリと反応した。

「――烏丸黒天、だと?」

「ああ、アヤカシ大戦の生き残りにして、烏丸一族の生き残り。君もよく知ってるはずだ」

「もちろん……覚えている」

 店長はどこか苦々しい顔をしていた。

「どうも、夜中に繁華街の裏路地をうろついていたクラウドを黒天が拾ったようだ。家出しても行き場がなかったクラウドはそのまま転がり込んだらしい」

「クラウドくん……」

 はあ、と店長はため息をつく。

「黒天の居場所は分かるか?」

「もちろん。その繁華街の裏路地に、異界に通じるゲートがある。その中にアジトを作っているようだね。気をつけたほうがいい。彼は妖怪を集めて一斉蜂起を企んでいる」

「一斉蜂起……?」

 俺は首をかしげる。

「アヤカシ大戦の報復、といったところか」

 店長は納得したようにうなずいた。

「では、クラウドくんを引き取りに行くついでに、そのアジトも潰しておかねばな」

 さらっと物騒なことを言う。

「チェシャ猫、情報提供ありがとう。礼は後日郵送で返させてもらう」

「ああ、道中お気をつけて。――ところで、その子が番場虎吉くんだね?」

 チェシャ猫は俺を見る。

「は、はい」

「ふーん、本当に人間と妖怪の匂いが混じり合っているじゃないか。しかも絶妙なバランスだ。吸血鬼なのに太陽にあたっても焼け死なない。便利な身体だね」

「ど、どうも……」

 俺は何と言ったらいいか分からず、とりあえず頭を下げる。

「君はさながら、アヤカシの世界に迷い込んだアリスだね」

 そう言って、チェシャ猫はまたニタリと鋭い歯を見せた。

「君とはいずれまた会うことになるだろう。またね、アリス」

「あ、アリスって……」

 俺は男なんだが。

 チェシャ猫は手を振って、公園を出る俺たちを見送った。

「あのチェシャ猫って人――人じゃないけど、なんで子供に化けてるんです?」

 俺は素直な疑問を口にする。

 チェシャ猫と言えば、『不思議の国のアリス』の中では、透明になる能力を持っている。

 なら、最初から透明になっていればいいはずだ。わざわざ人間の子供に混じるのはリスクが有るのではないだろうか。

「あれが彼なりの透明なんだ」

 店長は不思議なことを言う。

「子供に化けて、子供に紛れて、公園で遊ぶ。それは他人から見ればあまりにありふれた光景で――実際、妖怪には見えなかっただろう?」

 俺は子どもたちと無邪気に遊ぶチェシャ猫を思い出す。

 たしかに、あのときは妖怪には見えなかった。

「他の妖怪だって、ああやって人間社会に紛れ込んでいる。匂いや痕跡を消し――君のように鼻が敏感な者でも気付かないくらい自然にね」

 それを考えると恐ろしい話ではある。電車で自分の隣に座っている人間が人間である保証はない。

「中には人間に紛れたのをいいことに、人間に害をなすものもいる。それを取り締まるのが我々アヤカシ堂や怪異対策課だ」

 そういった話をしながら、鳳仙神社に戻ると。

 境内に、黒い犬がいた。

「ん? なんだこいつ」

「可愛い!」

 首をかしげる俺に、無邪気な笑顔を浮かべる鈴。

「野良犬ですかね」

「ね、ね、お姉ちゃん。この子飼いたい!」

 鈴は頬を紅潮させて店長を振り返る。こんなに興奮している鈴は珍しい。こうしていると年相応の子供だ。

「ダメだ。お客様に犬アレルギーの方がいたらどうする」

しかし、店長はキッパリと否定する。

「それに、うちには狛村と獅子戸がいるだろう」

「えー……」

 ぷくっと頬を膨らませていじける鈴。可愛い。

 すると、伏せの姿勢で動かなかった黒犬が突然スクッと立ち、社務所の中に駆け込んでしまった。

「あっ、こいつ……! 待て!」

 店長が慌てて追いかけ、社務所の中に入っていく。犬の毛が入ってアレルギーの原因になったら困るからだ。

「店長、大丈夫っすか!?」

 俺と鈴は犬と店長を追って社務所に飛び込む。

 犬の足跡を追っていくと、廊下をまっすぐ進んだ突き当りの部屋に入ったようだった。

 戸を開けると――

 見知らぬ少年が気絶した店長を抱えていた。

 黒い髪。黒い毛皮の服。獣の耳が頭についていて、足と尻尾も獣のものだった。

 ――妖怪!? どうして、どうやって結界を突破した?

 突然のことに混乱している隙に、妖怪の少年は店長を抱えたまま窓から飛び出していった。

「ま、待て! ――店長!」

 店長は、攫われてしまったのである。


〈続く〉

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