第15話:魔女の片想い
翌日、宝船高校。
「あ、あの……番場、くん……」
授業前に、ソフィアが俺に声をかけてきた。
「あの、教科書、忘れちゃって……見せてもらっても、いい?」
「ああ、いいよ」
俺はソフィアと机をくっつける。
ソフィアは肌が白いから、赤くなるとすぐわかるのだが、なぜ赤くなっているのかがわからない。
「あ、ば、番場くん、白髪生えてるよ」
「え、本当に? どこ?」
「抜いてもいい?」
「え、うん」
プツ、と軽く痛みがして、俺の髪の毛が一本抜けた。
「あれ? それ白髪じゃなくない?」
「ご、ごめんなさい。光の具合で白く見えてただけみたい」
「あ、そうなんだ」
しかし、ソフィアはなぜかその髪の毛を捨てずにチャック付きの小さなポリ袋にしまおうとする。
「なんで捨てないの……?」
「あっ、え、えっと……」
ソフィアの行動に疑問を感じたが、ちょうど教師が教室に入ってきて授業が始まってしまい、結局聞けなかった。授業を終えたあとも、わざとらしく俺を避けているような行動を取る。
「お前、好かれてるのか嫌われてるのか分かんねえな」
海人はそう言ってからかってくる。
「髪の毛抜かれて藁人形に入れられたりしてな」
「それ呪いじゃねえか」
魔女に呪われるなんて、ちょっと笑えない。
でも、ソフィアは印象だけから見ればそういう邪悪な魔女には見えなかった。
気弱で、臆病そうなところはあるが、とても優しそうな魔女だった。
しかし、呪い以外で髪の毛を持って帰る理由がわからない。
俺の頭の中を疑問符が飛び交った。
放課後、鳳仙神社。
やはりそこにソフィアはいた。
しかし、今日はいつもの魔法薬の材料を求めているわけではないらしい。
「えっと……マンドラゴラの根っこと、不死鳥の尾羽根と……」
いつもよりさらに魔法じみた材料を店長に告げる。
「……」
店長はなぜか眉根を寄せた顔をしていた。
「……お嬢さん、その材料で作るのはもしかして……」
「……」
ソフィアは店長の言葉にうつむく。
「お嬢さんがそれでいいなら、私は止めないが……良心が痛んだりはしないかい?」
「わ、私は……」
ソフィアはおろおろと言葉に詰まる。
「店長、何やってるんですか? お客さんをいじめちゃダメでしょ」
ただならぬ雰囲気を感じた俺は、冗談じみた口調でその場に割って入る。
「虎吉……」
店長はジトッとした目で俺を見る。え、俺なんかした?
「わ、私は、どうしても欲しいものがあるんです」
ソフィアは俺の姿を見て、何かを決意したような強い口調で話す。
「……わかった」
店長はそれだけ言って、ソフィアの注文した商品を袋に詰め、代金と交換する。
ソフィアは俺を一瞥してから、また石段を駆け下りていった。
「……アヤカシ堂は願いを叶える店。客が望むならば致し方なし、か」
「何の話ですか?」
「なに、今にわかるさ」
店長はため息交じりにそうつぶやいた。
「虎吉、明日は学校休みだろう。ここには来れそうか?」
「部活も入ってないし暇なんで給料出るなら来ますよ?」
「そうか、じゃあ来い。多分ソフィアも来る」
「ソフィアが? また買い物ですかね?」
「さて、どうだか」
店長はもう店じまいをするらしい。社務所の受付のシャッターを下ろし始めた。
「店長、まだ営業時間ですよ」
「どうせ誰も来ないだろう、こんな寂れた神社」
「ホント働く意志がないなあ……」
「それより、こないだの肩揉みがまだ残ってるぞ」
「げっ、まだ覚えてたんですか」
俺は思わず顔をしかめる。事件でのドタバタですっかり忘れていたのに。あと二時間三十分肩を揉まなければいけない。
「利子がつかないだけありがたいと思いたまえよ」
「そもそも働いてもいない人間の肩なんて凝りようがないでしょうが」
言葉のジャブを交えながら、俺と店長は社務所の居住スペースに入ったのだった。
***
その日は朝から鳳仙神社に来ていた。休日の朝は爽やかな風が吹き渡っている。
俺は相変わらず箒で境内を掃くという雑用をこなしていた。
彼岸花がそこらへんに生えているので正直ちょっと邪魔である。雰囲気だけはあるのだが。
「あ、あの……番場、くん」
女の子の声がして振り向くと、ソフィアが立っていた。
「ああ、おはようソフィア。また買い物か? 毎日魔法薬の練習してて熱心だな」
俺はソフィアにそう笑いかける。ソフィアはもじもじと俺を見るばかり。
「あの……これ……」
ソフィアは後ろ手に隠し持っていた小瓶を俺に差し出した。
「おっ、魔法薬完成したのか?」
「こ、これ……飲んでほしい……」
「え? 魔法薬を? これ、どんな効果があるんだ?」
「そ、それは……」
俺の質問に口ごもるソフィア。小瓶の中で揺れるピンク色の液体。うーん、怪しい。
「えっと、飲むと何が起こるか分からないものはちょっと飲めないかな……」
「あ、あう……」
「――ソフィアお嬢さん、誘導が下手!」
突然、物陰から見ていたらしい店長が割って入る。
「いいかお嬢さん、こういうものはペットボトルに入れて渡すんだ。『喉乾いてない? ジュース良かったら』とか言っとけばこの単純馬鹿は簡単に引っかかるというのに! 小瓶は流石に怪しまれる!」
「なんで俺『単純馬鹿』とか罵られてるんですか?」
完全にとばっちりを食らった気分。
「店長は知ってるんですか? その魔法薬の中身」
「昨日お嬢さんが買っていった材料から、ある程度は推測できる」
店長は小瓶を陽にかざす。ピンク色の液体は透き通っている。
「おそらくは、『愛の魔法薬』……だね?」
「――っ」
店長の言葉に、ソフィアは顔を真赤に染める。
「あ、愛……?」
「要は惚れ薬さ」
店長はサラッと言う。
惚れ薬。
惚れ薬を、俺に飲ませようとした。
その真意に気づいて、俺もカッと顔が熱くなる。
「そ、ソフィア……お前……」
「……ご、ごめんなさい……」
ソフィアは両手で顔を覆う。
「わ、私……番場くんが、好き、で……どうしても、欲しくて……」
ソフィアの声は震えていた。隠した顔の下で泣いているのかもしれない。
「気持ちは嬉しいよ、ソフィア」
俺は努めて優しく微笑む。
「じゃ、じゃあ、付き合ってくれる……?」
「いや、それはちょっと……俺、お前が魔女ってことしかまだ知らないし……」
「う、うう……」
「虎吉……お前ほんと恋愛ごとに関しては容赦ないな……」
「こういうのはハッキリ言っといたほうがお互いのためでしょう」
呆れた顔をする店長に応酬していると、ソフィアがプルプル震えだした。
「ううう……番場くんにフラれた……もう転校するか番場くんの髪の毛を藁人形に入れて燃やすしかない……」
「いやマジで呪うために髪の毛抜いたの!?」
「魔女に体の一部を渡すとか何考えてんだお前」
「不可抗力ですって店長!」
「そんなことはどうでもいい! お客様、神社で藁人形は困ります! 本当に勘弁してください!」
ひと悶着あって、なんとかソフィアを落ち着かせた。
整理すると、ソフィアは俺に一目惚れらしい。が、俺はソフィアには現状、恋愛的な興味はない。
ソフィアは結構極端な性格らしく、俺と付き合えないなら転校するか俺を呪い殺すかしか選択肢がないらしい。もっと選択肢増やそう。
まあ色々あって、結局ソフィアは転校も呪殺もせず、物陰から俺を見守る姿勢で落ち着いたようである。見られているこっちは落ち着かないが仕方ない。
今日も宝船市は平和です。
〈続く〉




