第12話:魔女とはいったい何なのか
宝船警察署。
「怪異対策課」と書かれた札のついた小さな部屋で、俺は自己紹介と、これまでの経緯を語った。
「なるほど、半吸血鬼か」
増田警部は椅子の背もたれにもたれかかっている。
「怪物に襲われて半妖となり、人間に戻る方法を探している――と」
「怪異対策課に、そういった情報はないでしょうか」
俺は不安に駆られながら増田警部に訊ねる。
「残酷なことを言うようだが」警部は前傾姿勢になり、机の上で指を組む。
「人間が妖怪になってしまう事例は多々あるものの、妖怪が人間になれたという話はほとんど聞かない。ほぼ不可逆だ」
「……そう、ですか」
「でもまあ、可能性はゼロじゃない。アヤカシ堂はどんな願いも叶えるお店だ。そこの店長さんが助けてくれるっていうんなら、きっとその願いも叶うだろうさ」
「いい話っぽくしてこっちに問題を丸投げするんじゃない」
店長は苦虫を噛み潰したような顔で警部を睨む。
「もともと君が引き受けたんだろう? こっちでも情報は一応集めておくが、自分で引き受けたものは自分でなんとかしたまえ」
警部は涼しい顔で言う。
「そもそもアヤカシ堂と警察はどういう関係なんですか?」
俺はかねてから抱いていた疑問を呈する。
「そうですね、その説明をしていませんでした」
鬼怒川さんは落ち着いた口調で俺の質問に答える。
「怪異対策課というのは、文字通り怪異――妖怪に関する事件を扱う部署です。とは言っても、普通警察に妖怪関連の相談をする人なんてなかなかいませんし、署内の問題児を左遷するための口実として存在するだけの部署ですね」
鬼怒川さんは増田警部を見ながら説明した。問題児って、明らかに警部のことだよな……。
「でも、増田警部はともかく、鬼怒川さんは問題児には見えませんけど」
「番場くんも案外容赦ないな……」
「私はアヤカシ――鬼ですから。怪異と闘うのは実質私なのでスカウトされた側です」
増田警部のぼやきを無視して、鬼怒川さんは話を続ける。
「それで、アヤカシ堂さんとの関係でしたね。怪異対策課は現在私と増田警部の二人しかいません」
「二人!? 二人で回せるものなんですか!?」
「先に言ったとおり、警察に妖怪の相談なんてほとんど来ません。仮に来てもだいたいデマだったり。そもそも当たり前の話ですが警察の人間自体がアヤカシに対して懐疑的です。そんな怪しい部署に人員を割けません。左遷用の部署ですから」
「それで、民間の妖怪退治屋としてアヤカシ堂を傘下に加えているわけだ」
増田警部はあくびをしながらそう言った。
「俺にはアヤカシに対する戦闘能力はないが、なんでか知らんがアヤカシの気配を察知する能力がある。で、俺が察知したらアヤカシ堂を呼んでサクッと退治してもらうわけだ。鬼怒川くんもいるし俺は何もしなくていいから楽だ」
「そういう勤務態度だからこんなところに左遷されるんですよ、あなたは」
増田警部の言葉に鬼怒川さんはため息をつく。
「ま、そういうわけでまた何かあったら呼ぶから、これからよろしくな、番場くん」
「あ、はい」
なんかこの増田さんって人、頼りになるのかな……と思いながら、俺はペコリと頭を下げる。
「おい、増田いるか?」
ノックもなしにドアが開かれ、あの宝石強盗の現場にいた中年刑事が入ってくる。その手にはどっさりと書類が積まれている。
「いません」
「じゃあ目の前のお前は誰だよ。ほらよ」
増田警部の机に書類が山積みになる。
「なんだこれは」
「報告書、始末書、その他諸々だ。お前さんがた、色々やりたい放題だっただろう。上の方からお前に書かせろってうるせえんだよ」
「ええー……」
増田警部はいかにも嫌そうに顔をしかめる。
「ええーじゃねえんだよ。俺らに書類作成を頼まれても困る。俺らの部署で『岩人間がパトカーと宝石店をぶっ壊しました』なんて書けねえだろうが」
たしかにそんな報告書を提出したら精神科の受診を勧められるだろう。
「じゃあ、頼んだからな。……あー、それとよ」
中年刑事は背中を向けたまま、言いよどむ。
「……オカルト課とか言って悪かったよ。本当にああいう化け物がこの世にいるんだな」
「世間にそれを知られないようにするのが我々怪異対策課の仕事ですから。お気になさらず」
鬼怒川さんの言葉を受けて、中年刑事は黙って出ていった。
「そういえば、まだ名前を名乗ってなかったかな? 俺は増田穂村。階級は警部だ」
「私は鬼怒川夜鷹。階級は警部補です。よろしくね、番場くん」
たった二人の怪異対策課は、そう挨拶した。
「結局、人間に戻るための手がかりはなしかー……」
俺は頭の後ろで手を組みながら夜空を見上げて歩く。
「まあ、焦ることはないさ。時間はたっぷりある」
店長はのんきなことを言う。
「そりゃ半妖は寿命が長いから時間はたっぷりあるでしょうけど……俺イヤですよ、香澄や周りの人間がどんどん年老いていく中で俺だけ老けないとか」
「君が女性だったら最高の条件だったんだろうけどね」
店長は口に手を当てて微笑む。
そういえば、と俺はあることが気になった。
「――店長は、人間なんですか? 妖怪なんですか?」
アヤカシ堂の聖なる魔女。みんな彼女をそう呼ぶ。
魔女とは果たして人間なのか、妖怪なのか。
「私は……女神だよ」
「は? またまたご冗談を」
俺は思いっきり変な顔をしてしまい、店長にこめかみをぐりぐりされた。
「あいたたた」
「本当にっ、お前はっ、素直な男だなっ」
「ごめんなさいごめんなさい」
それを見て鈴はクスクスと笑う。
星のきれいな夜だった。
〈続く〉




