第10話:宝石強盗と怪異対策課
やってきた場所は、宝船市の中心地にある、結構賑わった地域の宝石店。男子高校生の俺にはあまり縁がないような場所だ。
そこに着いたときには、人だかりとパトカーが何台も停まっていた。
「なんか事件起こってません?」
不安を覚えた俺をよそに、店長は警察官のいるほうへ歩いていく。
「怪異対策課の鬼怒川夜鷹警部補はいらっしゃいますか?」
「ん? なんですかあなたは」
巫女服を着た怪しい女に訊ねられて、警官は不審な目を向ける。……巫女服から着替えてくればよかったのに、やっぱり他に服持ってないのかな……。
そもそも、『怪異対策課』ってなんだ?
「あ、天馬さーん! こっちです!」
突然店長を呼ぶ声がして、俺たちアヤカシ堂の三人は声のした方を向く。
車椅子を押しながら、女性が俺たちの方に向かってくる。車椅子には、若い男が座っていた。
「鬼怒川さん、お疲れさまです」
「天馬さんこそ、ご足労いただいてすみません」
どうやらこの女性が鬼怒川という人らしい。警察官らしからぬ、美しいブロンドの長いストレートヘア。店長とはタイプの違う、外国的な美女といった感じだ。
「ほら、警部もご挨拶してください」
鬼怒川さんは、車椅子に座った男性に話しかける。
「……」
警部と呼ばれた男は何も答えない。口がきけないというより、しゃべるのが億劫と言った感じである。
「警部」
「……はあ、テレパシーが使えればいいのに……」
鬼怒川の強い口調に、警部はため息交じりに嫌々といったふうに口を開く。
「増田よ、私たちを呼び出したということは、あの中にいるのか?」
店長は立入禁止のテープの向こうにある宝石店を指差す。
「気配はある」
増田警部は短くそれだけ答えた。
そこへ、
「おいおい、なんでこんなとこに怪異対策課がいるんだよ!」
大声を上げてスーツ姿の刑事と思われる中年男性が近づいてくる。
「これは宝石強盗の立てこもり事件だ、お前らオカルト課の出る幕じゃないだろうが!」
「めんどいのが来た」
「聞こえてるぞ増田ァ!」
中年の刑事は苛立った様子で増田警部を睨みつける。
「ったく、何が怪異対策課だ、要はやる気がないから左遷されただけだろうが。そもそも現代日本に怪異なんてあるか、科学は魔法を否定したんだよ」
「宝石店の中に、アヤカシの気配がある」
中年刑事の言葉を無視して、増田警部はそう言い放った。
「アヤカシぃ? それで巫女さんを呼んでお祓いでもしようってか?」
中年刑事は増田警部と店長を交互に見ながら鼻で笑う。
「鬼怒川さん、立てこもりということですが、人質などはいますか?」
「いえ、人質はいません。中にいた客と店員は全員脱出して、強盗だけが立てこもっています」
「ふーん……じゃあ、ちょっとくらいは思い切っても大丈夫かな」
中年刑事の言葉をよそに、店長と鬼怒川さんは情報共有をする。
店長が、不意に宝石店の方を向いて、右腕を前に突き出す。
――巫女服の袖から、真っ白い蛇が出てきた。
警察官たちがぎょっとした顔で蛇を見る。
白蛇は地面に着地すると、ニョロニョロと蛇行しながら宝石店の中へ入っていった。
宝石店内。
「ダメだ、警察に囲まれてる……」
「も、もうおしまいだよ兄貴、投降しよう……?」
「うるせえ! クソッ……」
宝石強盗の三人組は完全に諦めムードだった。
持ち物は奪った宝石を詰めた袋と、店員を脅す際に使った包丁だけ。拳銃を持った警官にはとても敵いそうにない。人質も確保しそこねたから完全に丸腰。絶望的な状況。
お金が必要だった。お金が欲しかっただけだった。ギャンブルで借金をして返せなければひどい目にあわされる。この奪った宝石さえ換金できれば借金は返せる。
どうすれば。どうすれば逃げられる。武器が包丁だけじゃ拳銃には勝てない。かといって宝石店に拳銃に勝てる武器などあるはずがない。
その時だった。
「お前、随分困ってるみたいだな」
そんな声が聞こえた。
「だ……れだ……?」
宝石強盗のリーダー格の男は周りを見回すが、自分たち以外に人間などいるはずがない。全員逃げたのだから。
「こっちだ、こっち」
声のする方を見ると、宝石を詰めた袋の中に、妖しい光を放った大きな赤い宝石があった。
「助けてやろうか?」
宝石から声がする。
「……俺、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかな……」
強盗は額を押さえて呻く。追い詰められすぎてストレスで幻聴をもよおしたとしか思えない。宝石がしゃべるわけないだろう。
「あ、兄貴、俺も聞こえる……宝石がしゃべってる……」
「マジか」
強盗の弟分が怯えた顔でリーダーを見る。
「助けてほしいのか、俺の助けが要らないのか、はっきりしろよ」
宝石は妖しい光を放ちながら強盗たちに問う。
「ほ、宝石に何が出来るんだよ……」
「お前らのうち誰かの身体を貸してくれるなら人間の警察なんて俺が始末して逃げおおせてやれるぜ」
「ほ、本当に?」
強盗たちは半信半疑で宝石の言葉に耳を傾ける。
「やめておけ、お前たちのためにならんぞ」
突如、女の声が別の方向から聞こえた。
「今度は誰だ!?」
振り向くと、そこには金色の目をした真っ白い蛇がいた。
「こ、こいつ、店の隙間から入ってきたのか!?」
「おとなしく投降しろ。その宝石を手放さないと魔に魅入られるぞ」
蛇は口を開いてシャーッと威嚇する。
「うう……宝石やら蛇やらがしゃべるし、今日はなんなんだ……」
「兄貴、怖いよぉ……」
弟分はすっかり怯えている。
「お前、投降しろってことは警察側の使い魔だな? まさか警察がアヤカシに頼るとは、時代も変わったもんだ」
宝石が蛇に向かって話しかける。
「そうだな、お前みたいなのがいるから『怪異対策課』なんてものを結成する羽目になったのさ。私は『アヤカシ堂の聖なる魔女』……といえばわかるよな?」
「ハッ、アヤカシ堂まで絡んでるのかよ。ますますぶっ潰したくなってくるぜ」
宝石は炎のように妖しい光を強める。まるで怒っているようだった。
「ひっ……! あ、兄貴、蛇が、蛇がどんどんわいてくるよぉ……!」
「なにぃ!?」
弟分の指差す方を見ると、店の奥側から大量の白蛇が強盗たちの方へ向かってくる。
「投降しろ」
「投降しろ」
「投降しろ」
「投降しろ」
呪文のように繰り返しながら、蛇の群れはどんどん近づいてくる。
「も、もう無理だぁ! 助けてぇ!」
リーダー格以外の宝石強盗たちは一目散に店の入口から外へ飛び出す。
「助けてくださぁい!」
「逮捕してもいいから保護してぇ!」
「あ、おい、お前ら!」
リーダーは仲間に裏切られ、途方に暮れた。
――こうなったら、俺ひとりでも逃げおおせてやる。
「おい、石っころ! 身体を貸すってどうやればいい!?」
「俺を飲み込め。お前は一時的に眠ることになるが、まあ起きた頃には全部終わってるだろうさ」
強盗は震える手で宝石を掴む。
「おい、よせ!」
白蛇の忠告を無視して、男は――宝石を飲み込んだ。
〈続く〉




