恥ずかしい朝
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翌朝、ジュリアが目を覚ますと、すぐそばにへイエスの顔があった。
起き上がろうとしたが、両腕にしっかり抱きしめられていて身動きが取れない。
(わ、わたし、ゆうべ・・・先生と一緒に寝ちゃったの?どうしよう。私・・・どうしよう。}
ジュリアがうろたえていると、目の前の美しい顔が目を開けた。
「きゃーっ」
ジュリアは思わず叫んでしまった。
「あっ、あっ、違うんだ。私は何もしていない。信じてくれ。」
へイエスは必死に謝っている。しかし、腕はまだジュリアを抱きしめている。
へイエスはジュリアの顔が真っ赤になっているのを見て、はっとした。
自分はジュリアを抱きしめている!
「すっ、すまない。」
へイエスはそう言ってジュリアから手を離した。
すぐに起き上がろうとしたジュリアだが、
「あいたたたた」
「どうしたっ?」
「頭がすっごく痛いです。」
「二日酔いだな。ちょっと待ってろ。いいものがある。」
へイエスはそう言うと、急いで二日酔いの薬を取ってきて、
「さあ、これを飲むと良い。すっきりする。」
「はい、ありがとうございます。」
しばらくして落ち着いたジュリアとへイエスは向き合ってジュリアの淹れたお茶を前に座っていた。
「あの、先生、私ったらゆうべ酔っ払っちゃいましたよね。」
「そうだな。」
「それで、寝ちゃったのでしょうか。」
「そうだな。」
「すみません、先生がベッドに寝かせてくださったんですか?」
「そうだな。」
「食器は先生が洗ってくださったんですか?」
「そうだな。」
「あの、先生、私があまりにもばかではしたなくて、あきれてらっしゃいます?」
「いや、まったくそんなことはない。」
「ああよかった。先生さっきから『そうだな。』しかおっしゃらないから、私、てっきりあきれられたかと。」
「いや、それを言うならこちらこそ、朝、自分が君を抱きしめて寝ていたとは。本当に申し訳ない。」
「いいえ、私が酔っ払ったのがいけないんです。それに、先生のベッドを使わせていただいたのも、すみませんでした。」
「弁解してよいか?」
「もちろんです。私、記憶にないので、恥ずかしいけど教えていただけると有り難いです。」
「ゆうべ、君は話をしながら眠ってしまった。それでベッドに運んだ。私は床で横になった。」
「まあ、すみません。先生を床で寝かせたなんて。」
「いや、それがしばらくしたら、急に君が大声で泣き出した。怖い、助けてと。すごく怯えていた。そこで、抱きしめた。しばらくすると君の寝息が聞こえだして、私は安心して、そこで自分も眠ってしまったようだ。決して不埒なことを考えたわけではない。」
「そうですか。先生、ごめんなさい。私、初めてお酒飲んで酔っ払っちゃったんですね。みっともない姿をお目にかけてしまいました。忘れてと言っても無理ですよね。」
ジュリアが涙ぐんでいて、へイエスは慌てた。
「どうした?また怖くなったか?」
「そうですね、怖いです。先生は優しいからおっしゃいませんけど、内心なんてばかなはしたない女だとお思いだろうって思うと。私、先生のこと大好きなのに、嫌われちゃったと思ったら悲しくて。」
「マクレガー君、私はまったくもって君がばかだとかはしたないとか思っていない。また、君のことを嫌ってもいない。」
「本当に?」
「ああ、むしろ・・・いや、なんでもない。」
「先生、私、朝ごはん作ります。」
「ああ、ありがとう。」
「今朝はスクランブルドエッグにしてみました。あと、このハムは美味しいと評判のハムなのでお口に合うと良いのですが。」
「ほう、楽しみだ。」
朝食で気持ちを切り替えようと、2人共朝食の話題に集中した。
「このパンはどこのだ?美味いな。」
「これはうちの料理長が焼いたものなんです。彼はパン作りが上手で私のパンとお菓子の師匠でもあります。私、ベーカリーを開くのもいいな、なんて思ったりしてます。」
「ああそうだ。食後に将来の話をしようか。」
「はい。お願いします。」
「ああ美味かった。君は本当に料理がうまいな。ありがとう。」
「どういたしまして。そう言っていただけて嬉しいです。」
それからジュリアはお茶を淹れ、数日前に焼いたクッキーを出した。
「これ、先週焼いたクッキーなんです。お口に合いますように。」
「ほう、これも君が作ったのか。・・・・・・うん、美味い。」
「わーい、嬉しいです。」
「さて、君の将来の話だな。まず、どのように考えている?」
「あの、これでたぶん叔父一家はうちから出ていってくれると思います。それで、私、責任をとって爵位を返上して、平民になってどこかで雇ってもらえないかなと思ってるんです。父はうちの財産は全部私名義にしてくれてますので、当面の生活に困ることはないのですけど、かといって、一生遊んで暮らすというのは本意ではありません。やはり、世のため人のためになることをしたいし、好きな人と暮らして好きな人の子供を産んでっていう幸せも味わいたいです。欲張りですよね。」
「そんなことはないよ。それで、今の邸の使用人たちは、君が平民になったらどうするんだ?」
「あ・・・」
「領地のほうはどうだ?」
「う・・・」
「この間早まるなと言ったのはこういうことなんだ。爵位を返上するのは悪いことではない。だが、そうするなら、今の使用人たちの行く先の世話、領地の使用人も同様だ。それをしてから返上することになるだろうな。」
「・・・・・・」
ジュリアは考え込んでしまった。
「ジュリア君、すまない。君をそんなにがっかりさせるつもりではなかったのだが。つい厳しいことを言ってしまったな。」
「いいえ、先生のおっしゃるのはもっともなことばかりです。私、自分のことだけ考えてました。わがままですね。嫌だわ、ますます先生に嫌われちゃうわ。」
「嫌ってなどいないぞ。ジュリア君、君はいろいろ真面目に考えすぎているように思う。私は君くらいの年に世のため人のためになることをしたいなど考えなかった。どうしたら自由に好きなことをして生きていけるかとだけ考えていた。ここで少し、真面目を横にどけて、君がなにをしたいか、を考えてみてはどうだろう?本当に平民になりたいのか。それとも、平民になるのは自由な気がするからか。もし自由になるために平民になるなら、貴族ではなぜ自由になれないのか。たとえば私は未だに貴族だが、自由にしているぞ。社交もしていない。舞踏会なぞ、もう何年も行っていなかった。政略結婚もしていない。」
「私がしたいこと・・・」
「そうだ。単純に、わがままに考えて答えられるか?」
「私・・・・・・私、好きな人に好きって言えるように生きたいです。そして、もし私の思いを受け入れてもらえたら、その人と暮らして、その人の子供を産んで、みんなで楽しくごはん食べたりしたいです。」
「そうか、それじゃあまずはそれに挑戦してみたらどうかな?君はまだ若い。とても美しいし、心がとてもきれいだし、聡明だ。君を好きになる男はたくさんいるだろう。そして君も好きになる男がいるだろう。その人と結婚して家族を成し、楽しく生きる、それではどうか?」
「先生、ありがとうございます。本当は何がしたいのか、っていうのを、ごまかしたり、余計なことを入れたりしないで考えるってことですね。もう一度考えます。まとまったらまた聞いていただけますか?」
「もちろんだ。私で君の役に立てるなら、こんなに嬉しいことはないよ。」
「ありがとうございます。それじゃあ、まずは先生、お昼寝してください。ゆっくり休んで頂いて、元気になっていただきたいです。」
「もう大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだ。」
「そのお疲れを取ってください。きょうは日曜日ですし。私はこれからさっきの課題を考えながら今夜の料理を作ります。ふふふ。」
「おお。楽しみだな。」
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