オタクの小野寺さん
翌日。
オレは教室で座っていると小野寺が教室に入ってきた。
「はよ」
「あ、お、おはようございますっ!」
小野寺はオレの席の隣。
そそくさと自分の席に座っていた。すると、机の中から一枚のコピー用紙がひらひらと地面に落ちていったのだった。
衝撃で落ちたんだな。オレが拾ってやろうとすると、紙に書かれたイラストが目に入る。
「志島 夢乃……?」
「えっ、し、知ってるんですか!?」
「あ、あァ。知ってるぜ。オレのヴォカロのMVも担当してくれたしなァ」
「オレのヴォカロ……?」
「動画投稿サイトで曲投稿してんだよ。ぼうはていPっつー名前で……」
「あのぼうはていP様ですか!?」
と、勢いよく声を張り上げ立ち上がる小野寺。
その声はものすごく響き、周囲の視線が小野寺に向く。
「知ってますとも! デビュー作のRgoRhythmとかよく聞いてます! ワンダーワンダーマーケットとか最高でした!」
「お、おう。サンキュー……」
「え、嘘!? 推しのヴォカロ作家が目の前に!? えっ、あっ、と、とりあえずこれスパチャです!」
と、財布を手渡してきた。
いや……。
「いらねェよ……。てかカツアゲしたみたいに見えんだろ。やめろよ……」
「推しには金を払いたいんですよぅ……」
「変な奴……。それよりなんだこの絵。オレがよく依頼してる志島 夢乃っつーイラストレーターの絵にそっくりなんだが。模写でもしてんのか?」
「ふふ、それ私です! 志島 夢乃としてイラストを投稿してるんです!」
「へぇ! マジか」
「証拠ですぅ。これTwitterアカウントですぅ!」
確認してみたがマジのようだ。
こんな身近なやつがオレの好きなイラストレーターだったのか。可愛い女の子は可愛い女の子を描くっていうのを耳にして女の人にしか依頼してねェんだがその噂はマジだったのか?
「まさか私の推しヴォカロ作家が目の前に……! 次の曲とか決まってるんですか!?」
「ん、まァ……大方構想はできてるっつーか、すでにできてるからあとはイラストをまた依頼するだけっつーか……」
「や、やらせてください! 無償でやりますとも!」
「いや、金払うよ……」
「推しからの施しは受けないのがオタク魂です! 今日は徹夜で仕上げますぞーーーーーー!」
「いや、だから払うっつの……」
さすがに無償でやらせるのはまずい。世間体てきにも。
小野寺、こんなはきはきとしゃべるようなキャラじゃねェだろうに。無理して取り繕ってるようにも見えないが……。
だがしかし、オレをすっかり警戒しなくなってよかったよ。同じクランのメンバーなら仲良くはなりてェしな。
「イラストを描くにあたってイメージを固めたいのであとで音源をください!」
「おう。聞かせてやるぜ」
「ふひっ、ふひひひひっ、一番最初に聴くだなんてオタク冥利につきますぞ……」
「なんかお前ちょっと怖えよ」
放課後になり、オレは空き教室に小野寺を呼び出し、ノートパソコンでオレの音楽を聞かせる。
小野寺は真剣に聞き入り、少し怖がってる様子を見せて、そして、最終的にはまばたきをせず涙を流していた。
少し放心状態になっているようだ。
「おい、戻ってこい」
「はっ……。すいません、素晴らしすぎて少し死にかけてました……」
「どうだ? 曲は」
「ぼうはていPさんの持ち味がものすごく出てます! 巽さんって結構ダークな感じの音楽作りますよね! 好きです!」
「ダークなのがかっけェだろ?」
「はいっ! 頭でストーリーもすぐにできました! このタイプの音楽は主人公に救いがないタイプですね!」
「あァ。バッドエンドが好きだからなオレは」
物語はバッドエンドが至高である。
物語にして、救いようがあるエンドというのはどうも気に食わない。どうせなら救いようがないような絶望を与えて物語を終わらせたいという破滅させ願望がある。
オレの曲にもそんなオレの性格が出てんだよなァ。
「シニモノグルイとか、結構えげつないのたくさん作りますよね! どれもよかったなぁ……」
「ありがとよ。で、イラストはできるか?」
「モチのロンですとも! 明日にはできてると思うのでお楽しみに!」
そういってカバンを手に持ち帰っていった。
よし。イラストが完成するのを待って投稿するか。曲名は決まっている。
”死シテ屍拾ウ者ナシ”だ。