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8 他愛もない日常を

よろしくお願いします。

「ああ、遅くなってしまって、ごめんなさいね。ジーノ、子どもたちはどう?何か食べることはできた?こんなことならシチューでも作って置いていくんだったわ、って、あら?」


 帰ってくるなりセカセカと動き回っていたシスターは私が台所で考えている姿を見て驚いた様子で


「ジーノ?ご飯を作ってくれようとしていたの?大丈夫よ、私が作るから。すまないわね、あなたをそんなことで悩ませちゃって」


と謝ってきた。


 そんな会話や様子から、私は、シスターが戻ってきたジーノをどれだけ気遣っていたのか、そしてジーノがそんなシスターの想いに気付けないほどダメージを受けていたのかが理解できた。これって結構根深いかも。


「お帰りなさい、シスターリカルダ、夕飯は僕が作りますよ。子どもたちはアルとヴィタが見守りながら積み木で遊んでいるので大丈夫です。僕は前の家でいろんなことを習ってきたんですから、これからはみんなのためにそれを生かします」


ジーノの変わり様に驚くシスターに笑顔で伝える。


「昨日もパンを焼いてみたんです。今日はガレットにしましょうか、それともパスタ?ああ、パスタがいいな。シスターはお疲れでしょう、取りあえずお茶でも飲んで座ってください」


 目を白黒させているシスターを座らせてお茶を出し、自分は粉と卵、塩、油を入れて生地を捏ねる。イタリア料理屋でのバイトが役に立った。


 生地を寝かせている間にトマトと玉ねぎ、ベーコンでソースを作る。スープは玉ねぎと人参、卵でいいだろう。子どもは待ったなしなのでとにかく急ぐ。そうこうしているうちに子どもたちがお腹が空いたと台所に集まってきたのでパスタを伸ばして切って茹で、ソースと和えて食事にする。


「わあい、長いの、これ何?美味しい!」


「こんなの、食べたことないよ」


 口々に言う子どもたちに、そう言えば貴族と暮らしていた時にもロングパスタは食べたことがなかったかもしれないなと思い出したが作ってしまったものは仕方がないので簡単に説明した。


 子どもたちは口の回りを赤くさせながら、思いの外たくさん食べてくれた。子どもでも作れるので、レシピをまとめておかねば、とも思った。


 子どもたちの夕飯が終わり、寄進された本の中から子どもたちが喜んでくれそうなお姫様と王子様が結ばれる短い物語を選んで読み聞かせをしているとリーナが帰ってきた。シスターがパスタとスープを温め直してくれるのを横目で見ながら子どもたちと語り合う。


「ねぇジーノ、ジーノも貴族だったんでしょ?楽しかった?」


「美味しいものたくさん食べた?」


 大人の事情なんてお構いなしに突っ込んでくる子どもたちに多少ギョッとしつつも、ああ、子どものこういうところが本当に好きだ、たまらないなと思う。


 食事をするリーナとシスターが心配してこちらの様子を窺っているのがちょっと申し訳ないやら情けないやらだったけれど、


「そうだねぇ、食べ物は、まあいろいろ食べたね」


と子どもたちに話す。


「パンとかお肉とかお魚とか、柔らかくておいしいぞ〜」


「え〜いいなぁ」


「食べてみたいよ〜」


子どもたちが羨ましそうに言う。私は続ける。


「でもね、貴族として暮らすためにはたーくさんきまりがあってね、全部覚えなくちゃいけないんだ。僕は途中から覚えなくちゃならなかったから本当に大変だった。朝・晩・出かける時、着る服は全部着替えなくちゃいけないし、貴族の名前や親戚関係を覚えさせられたり、面倒だったな」


「そうなんだ、貴族も大変なんだね」


「ホント、きれいな服を着られていいなって思ったけど、それだけじゃないんだね」


「ああ、でもね、僕は貴族として暮らして良かったな、と思っていることもあるよ」


「え、何なに?教えて」


「聞きたい!」


「それはね、勉強させてもらったことだよ。文字を読むことや書くこと、本を読むこと、計算すること、なぜ物事がそうなるかを考えて話し合うこと。そうやって覚えたことを実際にやって、見て、失敗したらもう一度やってみること、そんな風にさせてもらえたのはとても大切なことだったと今は思う。だってほら、そのおかげでこうしてみんなに本を読んだりお話をしたり、パンを焼いたりできるだろう?」


「そうなんだね!」


「勉強…って、どういうことをするの?」


「難しい?」


「大丈夫、少しずつやっていけば、絶対に君たちの力になるよ。そうだ、じゃあ、明日から始めてみようか?」


「ホント?」


「やってみたい!」


 パンが焼けるようになったのは本当は貴族とは何の関係もなかったけれど、材料を人数分の重さを計算して図るのは算数が必要だし、元の世界で勉強したことがここで役に立っているのでいいことにして、子どもたちの勉強してみたいという気持ちを大切にした。


 わぁわぁと喜ぶ子どもたちを寝かしつけに子ども部屋へ連れて行く。一番小さなルチアは私の腕の中で船を漕いでいる。なんて可愛いんだろうと見つめながらベッドにそっと下ろす。明かりを小さくして声をかける。


「みんな、お休み。いい夢を。また明日、たくさん楽しいことをしようね」

お読みくださりありがとうございました。続きもどうぞよろしくお願いします。

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