7 住みやすい環境に
よろしくお願いします。
その夜。やっぱり激しい頭痛でまいったけれど、おかげでジーノの記憶がはっきりしてきて、私とジーノは『自分』になったようだ。
わかったのは、ジーノ自身は11歳で貴族に引き取られ長らく貴族として生活してきたけれど、再び孤児院で暮らすことになったということ。ここに戻ってからは3週間といったところか…。
主人公のために置かれた人物の救済だと課長さんは話していたから、まあなんかそういう都合で貴族に引き取られて戻されたということなのだろう。勝手な話だ。
昨日思い浮かんだ顔は引き取られた先での親や友人たちのようだったけど、それでも細かいことは思い出せないことも多くて、それだけ複雑な人生だったのかなと考える。でもこの先ジーノが幸せに暮らしていけるように頑張ろうと思いながらベッドを抜け出した。
ドニだった時の習慣は抜けず早起きしてしまったのでパンを焼く。昨日の残りのパンも砂糖をつけたラスクとスープ用のクルトンにしておいた。
スープや温野菜を作りながら今日することを考える。とにかく、ここの子どもたちの生活環境を整えることが最優先なので、まずは、早寝早起き朝ご飯だ。
アルとヴィタはもう12歳と11歳なのでできることやこれから仕事を覚えてできるようになるのも早いだろう。昨日遊んでいる時も2人はとても賢く優しかった。自分の子どもの頃の時とは大違いだと思ったが、それはジーノとゆかり、どちらの記憶なのかとふと考えた。転生先の人間には共通点があるが、その人たちと私にも何か共通点はあるのだろうか、このまま仕事が続けばあるのかもしれないなと思いながら二人を起こしに行った。
アルとヴィタに顔を洗わせ、準備しておいたお茶とラスクを食べさせて特別感を味わわせると、この後アリーチェやジェノたちのようにもう少し小さい子たちを起こすこと、顔を洗わせうがいをさせること、みんなでベッドを整えること、着替えをして朝食を食べにくることを伝えた。
二人は素直に頷き、これまではシスターリカルダが小言を言いながらもしてくれていたことを自分たちに任せてくれて、大人になったみたいで嬉しいと言ったので、大いに褒めた。賑やかに食卓を囲み、みんなで朝食をとると、リーナには作っておいたサンドイッチを持たせて見送った。
さあ私も一日の始まりだ。
洗濯を終え、まずは昨日子どもたちが報告してくれた修理や整備が必要なところを見に行くことにした。台所の脇の物置に鋸やロープ釘や金鎚などがあったので背負って行く。
果たして、薪を積んである裏の軒下は薪が崩れてバラバラに置かれていた。同じ場所に丸太や板材が大量に散乱していて危ない。鋤や鍬なんかの道具も軒下に乱雑に置かれていた。こんな状態なのに、気付かずぼんやりと過ごしてきたのかと思うと、どれだけジーノが無気力だったのかがわかってなんとも言えない気持ちになった。
「街の人たちがいろいろくれるんだけど、どうしたらいいのかわかんなくて、僕達が遊ぶのに使っちゃってるんだ…」
アルがちょっとションボリしたので
「そんなの、子どもなんだから当たり前だよ。僕がもっと早く気づけば良かったんだ、ごめんね。でもこれからこれを使って物を作るから、アルも手伝ってくれる?ヴィタは小さい子たちが側に来て怪我をしないように少し離れたところで昨日みたいに遊んだり、水を汲んだりしていてほしい。できるかな?」
二人はもちろんだと胸を張って答えた。
早速、ホームセンターで身に着けたDIYスキルですのこを作り、薪置場に設置し、崩れないように適当に間隔をおいて細めの丸太を立てて打ち付け、仕切りにした。
アルに時間がある時に薪割をしておこうと言って、一緒に何本か割ってみた。重労働だが12歳のアルでも私と一緒にならできそうだ。徐々に体力もつくし、そのうち上手になって1人でもできるようになるだろう。それまでは側で見守ろう。エネルギー源としての魔法石はあるけれど、冬場の暖をとるのを全てそれに頼るのは少し心配だから。
その後は端材を使って小さい子用の積み木を作った。と言ってもそんなに上手にはできないしヤスリもないので大きめに切った木材のかけらといった感じだったが、それでも子どもたちは喜んでくれた。
午後はそれで遊ぶと言うので、街の人たちが持ってきてくれていた物の中にあったワインの空き箱3つに積み木を詰めて、みんなでヨイショヨイショと運んだ。お昼はリーナに持たせたのと同じサンドイッチ。リーナも今頃食べているかなと話しながら食事をするのは楽しかった。
午後は子どもたちが遊んでいるうちに薪置き場の回りを片付けた。割ってあった薪を積み、そのままで使えそうな小枝はまとめ、次に割れそうな丸太は転がしてひとところに集めた。
疲れたが、裏庭がだいぶスッキリしたことに気を良くした私は、畑を作る場所を探すことにした。今日はもう疲れて力仕事は無理だけれど、明日以降ならできるだろう。
水やりがあるので井戸の近くで日当たりのいい場所に…と探していたら、おそらく以前誰かが何かを育てていたのだろう畑の跡を薪置き場のすぐ近くに見つけることができたので、ホッとした。最初から耕して作るのは本当に重労働なのだから。いい気分で孤児院へ戻った。
子どもたちは積み木で色々なものを作って遊んでいた。楽しそうにごっこ遊びをする姿は心温まるものでジーノも喜んでいることが感じられた。
さあ、今日はこの後力仕事はしないけれど、頭は使う。子どもたちに字を教えるのだ。とは言っても急に文字を教えても難しいだろうし、取りあえずアルファベット表というかあいうえお表というか、この世界で使われている文字の一覧表を作ることにした。
相変わらず文字は何だかよくわからないが読むのも書くのもありがたいことに支障がない。紙とペンで作りはしたが、時間があるなら布で作ってタペストリにしておくのもいいかもしれない。ある程度の大きさがあれば飾っておけるし、そうすればいつでもみんなで見られる。刺繍はできそうにないので、シスターやリーナに頼むか、街で購入するかしないと…そういう物があればの話だが…考え事をしながらだったが、まあ完成はしたので、ついでに簡単な単語と絵を書いておく。
小麦粉、卵、人参など食べ物の名前、鳥や草花などの自然物の名前、机や椅子など家の中にある物の名前、そして似顔絵を描いてその下にそれぞれの名前を書いておく。
似顔絵は一人ひとりに渡せるようにさらに小さな紙に別々に描いてもおいた。動詞は明日にしよう、と考えて夕飯を作りに台所へ行く。何を作ろうか、と考えているところへシスターリカルダが帰って来た。
お読みくださり、ありがとうございました。