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6 リーナ

 午後も二日酔いが続いていたが子どもたちがもっともっととせがむので、仕事を与えた。


 教会や孤児院の中で修理や補修が必要なところを探してくるというものだ。台所の古ぼけた感じからすると他のところもだいぶ傷んでいると思われるので。子どもたちは張り切って探しに出かけた。


 その間に少々これまでのことを思い出す。どうも自分はしばらくの間はここではない場所で暮らしていて、最近戻ってきたようだ。何か理由があるのだろう、数人の顔が思い浮かんだがまだよくわからない。


 まあ明日にはもう少しわかるだろうけれど、きっとまたあの頭痛に苦しむんだろうなと思うとちょっとげんなりした。そうこうしているうちに子どもたちが戻ってきた。



 子どもたちなりに『ここはちょっと…』と思ったものを集めて来てくれたのでそれなりの数だ。大きいものから小さいものまで、教えてもらったものをメモして、リスト化していく。


 だいぶ手を入れる必要はあるが、屋根の傷み以外は自分でも何とかなりそうなので、頭の中でザッと修理や片付けのスケジュールを立てた。ジーノはここにいて子どもたちの相手をするのが仕事のようだからそう長くはかからずできるだろう。


 そうこうするうちに夕方が近づいてきたので、スープ…これはベーコンとジャガイモをバターで炒めてコクを出したのでジーノが作っていたものよりも美味しいはず…とパンを焼いたもので夕飯にした。


 子どもたちは昼間に遊んだことで満足したようで暗くなると眠たそうだった。彼らは嫌がったが糸で歯の間をきれいにした後、枝でできたブラシ(ニームに似ている木だ)で歯を磨かせ、湯を沸かして布で身体と顔を拭かせ、着替えの後で寝かしつけた。


 魔法石があるのでエネルギーにはそう困らないし子どもたちが水くみを仕事として頑張ってくれるので生活には困らないが、衛生的にまた食事を含め健康的に暮らせるようにするためにはやらなくてはならないことがたくさんあると思った。


 ここでの暮らしは子どもたちを自立させることなのかなと思いながら、これからすべきことを紙にまとめていると、


「ただいま」


「おかえり、リーナ」


孤児院に住んでいるリーナが帰って来た。



 肩までのフワフワとした栗色の髪、アンバーの瞳、うっすらと散るソバカス。小柄で華奢なその姿をマジマジと見つめる。薄いベージュの綿のカットソーと膝下丈のスカート、布のバッグから白い割烹着のような物を取り出して洗濯かごに移している。仕事をしてきたのか。


「何?ジーノ、そんなに見て」


「いや、疲れているのかなと思って」


「大丈夫よ、今日はそんなに重病の人はいなかったし、怪我も大変なものはなかったから」


 病院で働いているんだなと思った。きれいに手を洗ってうがいをするとコップ一杯の水をゴクゴクと飲み干した。豪快でなかなかいい。彼女がプハーッと言ったところで思わず笑いながら声をかける。


「リーナ、何か食べてきた?スープとパンがあるよ」


「えっ、本当?パンはどうしたの?」


「僕が焼いた。保冷箱のイーストや牛乳や野菜、使っちゃったんだけど」


彼女の前にお皿を並べながら会話をする。


「いいのよ、そんなこと!え、すごい、このパン!ジーノ、あなたが焼いたの?本当に!すごいわ、パン屋さんのパンみたい!」


心の中で、『昨日までパン屋さんだったんです』と思いながら


「そう?喜んでもらえてよかった、ほら、スープも」


と勧める。リーナは嬉しそうに全部食べてくれた。


「もう、本当に嬉しい!ジーノったらどうしちゃったの?随分と楽しそうだし。でもよかった、今日はシスターリカルダが隣町に行っているから、子どもたちどうしているかなって心配していたの。本当にありがとう、すごいわジーノ!」


リーナが喜んでくれたのが嬉しくて、つられて笑顔になる。


「今日は子どもたちが建物を見て回って修理やなんかが必要なところを見つけて来てくれたんだ。明日から少しずつ直していこうかと思って、いいかな」


「もちろんよ!」


 リーナが完食してくれた後、一緒に片付けをしながらもう少し話した。お湯を沸かしてお茶の準備もする。

「リーナ、仕事はどう?大変じゃない?」


「平気よ。だってみんな親切にしてくれるし、人を元気にするのは嬉しいことだわ。まぁ、時にはちょっと困った人に会うこともあるけど、それだって当たり前のことだし」


 話を聞きながら台所の棚を漁るとちょっと古くなったシナモンのスティックを見つけたので、砕いて紅茶に牛乳とお砂糖と一緒に入れて沸騰ギリギリまで温める。茶こしで濾してリーナの前にカップを置く。さっきの水の飲みっぷりだとスープ以外に水分はもう少しとってもいい感じだろうと大きめのカップにした。


「街までは歩いて1刻だから、そこはちょっと雨の日なんかは嫌だけど、でもなんてことないわ。それより、ねぇ、ジーノあなたすごいわね、あっという間にこんなに美味しいものを作ってしまうなんて、びっくりしちゃった。こんなこと、前のお家で習った…なんてことはないわよね、貴族がこんなこと自分でするわけないもの。どこで覚えたの?今までは隠していたの?」


「え?あ、あー…いや隠していたわけではないけど、なんだか今日はやる気が湧いちゃって」


「そう、とっても美味しい!また作ってくれる?」


「ああ、もちろんだよ…あの、仕事の話は?通うのは大変なの?」


自分は貴族の家にいたのかと軽く驚きながらも、話を逸してリーナのことを聞く。


「ああ、そうね、でもここを出ていくのは嫌よ。帰って来てみんなに会えるのが嬉しいの。私ね、アルやヴィタ、シスターリカルダ、みんながいるから頑張れるんだと思う」


 お茶を飲みながらホゥっと息を吐くリーナは美しい。なんとも言えない優しさが滲み出ているように感じられた。いい子なんだなと思った。


 毎日往復で2刻を通勤に費やし病院で働く、それは大変なことだ。それなのにみんながいるから頑張れるなんて、健気だよ、リーナちゃん。


 中にいる29歳の『私』は思わずホロリとしてしまうが、ここで泣いたら変な人なので我慢する。口を引き結んで黙っていたら、


「ジーノ、あなたもよ」


と言われた。


「え、僕?」


「そうよ、だってジーノは私が小さい頃から頼りになるお兄さんで、いなくなっちゃった時は本当に悲しかったけど、またこうして帰ってきてくれたんだもの!」


 リーナの笑顔に嘘はないとわかる。22歳の大人のジーノにそんなことを言ってくれる少女の優しさに、ますます胸がギュッとして泣きそうになった。これは多分ジーノの心だ。


「やだ、またジーノったらそんな顔して」


「…そんな顔?」

「嬉しいのか悲しいのかわからない顔よ。今日はおいしいパンが焼けたんだもの、嬉しい顔をして!そう、その顔がいいわ!」


 無理やり作らされた笑顔が、リーナと話しているうちに本当の笑顔になった気がした。

お読みくださり、どうもありがとうございます。

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