5 今度の転生先は教会だった
よろしくお願いします。
「ううう…」
そこは質素な部屋で床は板張り、壁は白い漆喰、家具は簡単なベッド、机、テーブル、椅子、ゴミ箱、全て木製で飾り気がない。ちょっと寒いが、それよりも再びの衝撃と二日酔いでトイレを探す。
部屋の中にはないので扉を開けて外へ出ると石造りの廊下、壁は漆喰、柱は石、木も使われていて何の様式かはわからないが明かりはランプのような…いずれにしても今はゆっくり見る余裕がないのでフラフラと彷徨いながらトイレを探す…と奥に小部屋が見えたので進むと、あった。
急いで中に入って扉を閉めて便器に覆いかぶさる。ううう、さっきの課長さんの説明を思い出すと、異世界に来る度にトイレを一番に探さなくてはならないのだろうか…と思うと情けないが今はそんなことを憂いている場合ではない。
しばらくえずいてもどしてを繰り返し、ようやく落ち着いたので辺りを見回すとありがたいことに桶と中に流すための水があったのでジャーっと遠慮なく流す。そして洗面台にあった器にも水を注ぎ、手と口をすすいだ。
少しすっきりしたので、息を吐いて両手で顔を覆うとじっとしながら考える。ここはどこで私は誰だ?ドニの時のことを思い出すと今日か明日この後記憶の融合が起きるはずだ。
覚めかけの二日酔いの頭で考える。すぐにしなくてはならないことはないか?私は…私は…。私はジーノ、22歳、長身の黒目黒髪の男性。見た目を記憶から探ると、私の感覚からすると普通以上に整っている。
教会で生まれて育った…うん、うっすらと人生を思い出した。細かいことははっきりしないけど、おいおい思い出すだろう。課長さんの話だと自分で問題を見つけて解決しろということだったし…はぁ、2回目になると慣れるものなんだな。
「ヨシ」
気合を少々入れて扉を開け、先程歩いて来た廊下を戻る。明かりはガラスと鉄でできたケースの中で灯っているが熱源は魔法石だ。
教会の様式はロマネスクに似ているがもう少し古びていて装飾も少ない。そういう世界か…私は部屋へは戻らずそのまま外へ出て教会の裏手へ回る。そこにはもう少し簡素な建物があり、温かく爽やかな陽気の中で子どもたちが遊んでいた。ジーノも育った孤児院だ。
近くへ行くと様々な年齢の子どもたち5、6人が気付いて駆け寄ってきた。
「ジーノ!具合大丈夫?」
「治った?もう遊べる?」
「今日は何する?」
口々に喋る子どもたちを見て心が和むが、同時にジーノの困った気持ちも感じた。子どもたちを可愛いと思う気持ちもあり、どうにかしたいとも思っているが、どうしたらいいのか本当にわからないようなのだ。
孤児院で過ごした記憶はあるのだが、子どもと遊んだりしたことがないのだろうか。それでも子どもたちは待ってくれないようなので、遊ぶことにする。ただ、今はさすがに二日酔いで激しい遊びは無理そうだ。走り回らなくてすむ遊びにしようと考える。
「ああ、大丈夫だよ、ごめんね。でも走り回るのはちょっと厳しそうなんだ。だから今日はジャンケンでできる遊びにしよう」
「ジャンケン?何の順番を決めるの?」
「何かのためにジャンケンをするんじゃなくて、ジャンケンで遊ぶんだよ」
何のことかわからないという顔をしている子どもたちに説明する。ジャンケンがある世界で良かった。そこから説明するのはなかなか骨が折れるから…
「僕がジャンケンで『ポン』と出したら、同じものを出して、やってみようか、ジャンケン『ポン』」
グーを出した。子どもたちは見ている。
「そうしたら続けて『ポン』でグーを出すんだ」
「『あいこ』にするんだね」
「そうだ、アルは理解するのが早いな。じゃあやってみるぞ」
不思議な感じがするけれど、自然に子どもたちの名前が口から出るのもありがたい。何度かポンポンと遊んでから、次に進む。
「今度は僕に勝ってくれ。僕がグーなら、みんなは?」
「パー!」
「そうだ、エライぞヴィタ!」
「こんなの、簡単だよ!」
「一番早く出せるわ!」
「私もジーノの役がやりたい!」
みんな楽しそうだ。その後、私に負けるものを出すことにすると、思わぬ難しさにみんなキャーキャー言って喜んだ。順番にジーノの代わりを務め、大喜びした後は「あっち向いてホイ」と「キャッチ」を教えて、今日の午前中は手遊び三昧の日となった。
その後はみんなで水くみをしたり教会の回りの草取りをしたりした。建物が作られてからだいぶ年月が経っているようだ。
お昼になり、孤児院の台所に行くと大したものはなく、子どもたちがいつもひもじい思いをしていることが予想できた。それでも小麦粉と卵、牛乳、塩など基本の食材はあったので混ぜてパンケーキを作ることにする。ベーキングパウダーがないので卵はちょっとメレンゲにして膨らむように。子どもたちが興味津々という顔をして見ているので
「みんな、自分で作れるようになると美味しいものが食べられるよ」
と声をかけ、作り方を説明しながら作業を進める。
途中で玉ねぎの皮を剥かせたり人参を洗わせたりしてパンケーキを焼いている間に細切りにして炒め、塩コショウで味をつけ、焼き上がった薄いパンケーキに乗せたり巻いたりして食べられるようにした。
「いただきます!」
「おいしい!」
「ジーノ、すごい!いつの間にこんなの覚えたの?」
「昨日まではまっずいスープしか作れなかったのに!」
子どもたちの言葉に苦笑いしながら一緒に食べる昼ごはんはとてもおいしく感じた。そして、自分でも驚いたが、ドニのパン作りを覚えていることに気付いた。
いつまでこの記憶と体験が心と身体に残るかわからないので、夕飯用のパン生地を捏ねながら、これはパンケーキだけでなく様々な食事のレシピを書いておいたほうがいいなと思った。
それにしても、昨日まではパン屋さんだったのに、今日は保育士?学校の先生?厳しい派遣だなという考えが頭の隅に浮かんだ。報酬を考えておかねば。
お読みくださりありがとうございました。