1 転生したらパン屋さんだった①
目にとめていただきどうもありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。
気がつくとそこは異世界だった。
トンネルを抜けると、みたいな出だしだが、本当だから仕方がない。しかもマンガで読んだのと違って貴族とか令嬢とかいうことはなく、特に変哲もない平民のパン屋だ。平民なのは特に困らないしパンは大好きなのでそれは嬉しいが、問題は性別が変わったことで、前世は女だったのに目が覚めたら男になっていたのはどうしたことだろうか。
初日はあまりの衝撃に1時間くらい立ったり座ったりしていたが、この世界での記憶が鮮明になってくるに従って、パンの仕込みをしなくてはという使命感にかられ、立ち上がって家に隣接されたお店の厨房へ入った。
酵母とか小麦粉とか、よくはわからないがこの身体は覚えているようで、悩みながらでも材料を計ったり混ぜたり捏ねたりしているうちに生地ができたので寝かせながらまた考えた。その後はまた捏ねたり寝かせたり形を整えたりと、自分でもよくこんなことできるなと思うような工程を経て、ようやくパンが焼けたので店で売った。
お客さんたちは「いつもより顔が怖くない」と言っていたので、ここでの私はきっと無愛想な人物なのだろう。その日はお昼過ぎに全部パンが売れたので、店内を片付けて早々に閉めてしまった。
記憶の融合はその1日でだいぶ進み、自分がドニという名前の男性で今は29歳、3年前に親の店を継いだこと、両親は既に亡くなっていること、店はまあまあ繁盛していること、家族や恋人はいないこと、つまり1人でなんとか暮らしていることがわかった。
背は高く茶色い髪に青い瞳、ギュッと目をつぶると整った容姿が思い浮かんだ。その他、昔の友達やパンについての知識やこの世界の諸々についてが頭に流れ込み、店を閉めたあとはベッドの中で頭の痛さにウンウン言っていたが、一晩たったらなんとなく「自分」というものになっていたので、知恵熱的なものだったのだと思う。そこからは諦めにも似た気持ちで生活を始めた。
ありがたいことに、ここは水道や交通に関しては祖父母の若い頃の日本の地方都市くらいの水準、電気もあるけど主なエネルギー源は魔法という環境で、ここでの知識もあるため生活には困らない。まあ水をジャンジャン使えるというものではないのでそこは節約が必要だが下水道もそこそこ整備されているので衛生的に問題もない。カレンダーも同じで、今は転生前と同じ10月。
こうなると気になるのは、一体全体なんの世界に転生したのかということだが、残念ながら私はマンガは人並みに読むがゲームやなんかは妹のおこぼれくらいだったので皆目見当がつかない。なのでこの後起こることも、自分がなんなのかもわからないという、何とも微妙な人生がスタートしたのだった。
前世でも、私、「相田ゆかり」は特になんということもない生活を送っていた。いつも比べられきた、何でもできて可愛らしい妹の「ちなみ」とは違って能力的にも容姿でも目立ったところは特になく、選ぶ仕事も至って普通。
会社の事務、派遣でのコールセンター業務、ホームセンターをはじめとする各種店舗での販売員、研修補助、免許があったので小学校で非常勤講師をしたこともある。学生時代は友達に呆れられるくらいバイトをしていたものだし、体力にも自信ありだ。そのまま正規職員にならないかと言ってもらうこともよくあった。
でもなんとなくそういう気もおきず、日々ある仕事をしながら、貰った給料を家に家賃と食費として入れて気楽に生活していた。いろいろな職場に行ってなんとなくそこでの契約を満了して次の職場へと移っていく、そんな働き方が性に合っていると感じていた。人からの評価はともかくとして。
記憶があるのは29歳の誕生日の次の日まで。誕生日に妹が甥っ子や姪っ子とお祝いしてくれて、嬉しくてワインを飲みすぎた。次の日、会計年度任用職員としての仕事で近所の役所に行こうと思ってフラフラしながら家を出て…そこからの記憶がない。一体何があったのか。
面接してくれた課長さんに初日から無断欠勤なんて無責任だと思われたら嫌だな…なんてことを考えるのもこうなってはおそらく無駄なのだろう。でも、まあ、そういうことで私の前世の最後の記憶は二日酔いで、気がついたら異世界に来ていて、二日酔いも続いていたので最悪だった。立ったり座ったりしていたのも、何回かはこみ上げるもののせいでトイレに行っていたわけで。
でもここで3日間生活して気付いたことがある。それはここでの暮らしも前世の暮らしも私にとってはあまり違いがないということだ。
取り立てて大きな出来事も悩みもなく、仕事をもらって働きながら日々暮らしていく、それはここに来てからも同じだった。ただ、ここでは自分の店を持っているせいで以前よりもずっと忙しい。もう少し金銭的な知識が得られて、もし可能なら店をたたむか譲るかして、他の店で雇われ職人になりたい、と思うくらいである。
3日目にして既に前世と同じ人間になっていることに自分でも呆れつつ、それでもパン作りについてはこの世界の知識が自分のものになっていっていることが感じられて、ちょっと得した気分だった。
そうこうしているうちに、ここでの生活も5日目になった。そんなにやる気があったわけでもないがパンは上手く焼けるし、この身体がパンを作りたいようなので、毎日とても早く目が覚めてしまう。生イーストという前世では理科の実験以外では見たこともないようなものを水に溶かして小麦粉等と混ぜ、捏ね、発酵させる。
お店では基本の丸いパンが人気で、お客さんはそれにハムやチーズを挟んで食べているようだ。朝も昼もパンという家庭が多いようで、そんなに食べるならご飯を炊くように家でパンを焼けばいいのではないかと思うがそうではないらしい。まあ、前世でも家庭では料理はせず外食が基本という国もあったように思うので、そんなものなのだろう。おかげでこちらは毎日毎日パンを売ることができる…というか売らなければならないといったところだ。
これでもし私が店を閉めてしまったら、この辺の人はしばらくの間食べるのに困るのではないだろうかというくらいみんながパンを買ってくれるので、定休日を設けることができなかったことがわかってきた。
そしてそのことでドニ(私)がとても悩んでいたことも。何故なら、やっと思いを告げることができて恋人になったミシェルさんとデートもできなかったからだ。
お読みくださりどうもありがとうございます。
全年齢ものとして最初に書いた作品です。2年半経って今読むと変な感じもします…。
詰まりすぎとのご意見をいただきましたので、行間等をもう少し読みやすく整えて修正していきます。
どうぞよろしくお願いいたします。




