国王夫妻、早速息子の恋路を邪魔しに行く
とはいえ、あの息子の話では一方的過ぎる上に内容も危な過ぎて二人は心底困り果てました。この状態では手詰まりです。今後、最悪の場合も考え、令嬢の親にも会っておいた方が良いのではないかと二人は話し合いました。
「何でこんなことに」
と、王妃は本気で涙ぐんでいます。
「女絡みで王子が狂う話はよく聞くが、うちのは勝手に暴走しているだけだからなぁ…」
相手の令嬢を責めることもできません。むしろ完全な被害者です。
「とにかく、来週の非公式の視察の際に、相手の家にちょっと寄ってみよう。相手には迷惑をかけてしまうが、正式な申し入れをすると色々なことが明るみに出てしまうかもしれん」
それだけは避けたい。と、二人は心の中で強く思いました。
そんなこんなで偶然を装い訪れたエリミアの邸宅。
当然、主人とその妻はひどく動揺しました。けれど、受け入れざるを得ないし、後ろ黒いことがある訳でもありません。準備はしていませんでしたが、できる限りのおもてなしをしました。
そわそわ。対して、それを外に出すことはありませんでしたが、国王と王妃は落ち着きませんでした。ここに息子を狂わせた令嬢がいるのです。いえ、息子が勝手に狂っているだけですが。
とにかく会ってみない事には話になりません。物凄い興味と、同じくらいの恐怖を感じながら国王は話を切り出しました。
「この家には子どもがいたな?」
「え? あ、はい。娘が一人おります」
「…在宅しているのか?」
「…」
その、国王の鬼気迫る様子と、呪われた令嬢と噂のある娘を思って、その父親は青ざめました。もしかして呪いの噂が耳に届いて不快な思いをされているのでは。と、当然思い当たります。けれど娘は何一つ悪いことをしていない。父親は全力で子どもを守る覚悟をしました。
「はい」
「会うことはできるか?」
本来なら黙って言う通りにすべきでした。けれど、父親は震えながらも国王に言いました。
「娘が何か」
「いや」
その言葉に国王は言葉に詰まりました。この両家の夫婦二組は、考えていることは違えどそれぞれの修羅場真っただ中です。自分の子どもを守る。それだけが共通していました。
「ちょっと…噂を耳にしてね」
「噂」
国王の言葉は息子の情報を濁したものでした。しかし、その言葉に過敏に反応したのはエリミアの父親です。やはり呪いの噂が届いていたかと全身の血の気が引きました。
「恐れながら…そのお話の後に娘を連れてくる訳には参りません」
「…」
国王と王妃は思いました。あれ。これ、もしかしてうちの息子のストーカーがばれている? と。それならそれで協力して令嬢を守らなければならない。自分達は敵ではないと打ち明けるべきか逡巡しました。
うー…ん…。
四人はそれぞれに唸りました。そして国王が口を開きます。
「一つだけ伝えておこう」
その言葉にエリミアの両親は顔を上げました。
「こちらの令嬢に悪いようには絶対にしない。私達の力をもって全力で擁護すると約束する」
もう、息子は全力で阻止するから信用してほしい。国王は暗にそう言いました。
一方、それを噂からエリミアを守ってくれると理解するのは当然でした。国王がそこまで言って下さるなら。と、二人は顔を見合わせて娘を呼びます。やがて渦中の令嬢が姿を現しました。
「失礼致します」
伏し目がちに現れた令嬢に、国王と王妃は言葉を失いました。本当にきらきらしてる。何これ。
瞬きを繰り返しながら自分を凝視する二人の視線に、エリミアはあからさまに狼狽えました。そして「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません」と、挨拶だけをして退室してしまいます。
聖女。という言葉を、最近二人は耳にしていました。とても美しい女性がいる。女神の加護を受けたという彼女は、願えばどんな事でも叶うとか。
二人はその女性をこっそりと見た事があります。確かに美しい女性でした。きっとあの美貌で人の心を揺さぶるのだろう。それが物語をつけたに違いない。そう思っていました。何故なら聖女という存在は、この世界で認められてはいなかったからです。
が。
目の前に現れた令嬢は、ド素人目にも特別な祝福を受けていました。表現するとすれば、要するに聖女です。彼女が聖女でなかったら何なのか。以前見た聖女なんて最早ただの美人です。
あれ? これ、何だか色々と複雑になってきたな。
とりあえず今分かったことは、あの暴走息子の言っていることは本当だった。ということ。国王と王妃は青ざめました。それはそれで問題山積みです。王子の恋路を邪魔する自信が急に無くなりました。王子の言葉が本当なら、王子の激重恋心も本物なのです。おまけにあんなにちゃんときらきらされては、最終手段の「ぶん殴って目を覚ませと叫ぶ」こともできません。
「あの…」
と、真っ青な顔色の国王と王妃に、娘と同じ様に狼狽えながらエリミアの父親は口を開きました。どうしよう。やはり会わせるべきではなかったか。
しーん。そこにはしばらく沈黙が訪れました。誰かが何かを言うのを誰もが待っていました。
不意にため息一つ、聞こえてきました。
「全く」
不意にそんな言葉が聞こえてきて、四人の大人は同時に顔を上げました。見上げると、この国の女神様が自分達を見下ろしています。
「笑えるけど、もう見ていられないね。本当に、あの馬鹿王子」
「女神様」
と、会ったことのあるエリミアの両親は小さな声で呟きました。見えなくても、ずっとエリミアの近くにいて下さっていることも知っています。
が。
何でここに女神様。
と、同じように呟こうとした国王の口から音は出てきません。ぱくぱくと口を動かす国王に、女神様はこう言いました。
「息子の為にこんなところにまで来たのかい。本当に難儀だね。親っていうのは」
そう言ってから彼女はエリミアの両親を見ました。そしてこう言いました。
「心配しなくてもいい。この二人に黒いものは見えていない。エリミアが光り輝いていたから驚いているのさ」
「…え?」
その言葉で、エリミアの両親はやっと誤解に気付いたのです。
あれ? ということは、噂は届いていない? じゃあ、国王は何しにこちらへ?
「???」
女神様の目の前で四人は仲良く目を丸くしました。