黒猫は笑う
顔が赤くなるのを感じました。そんなに前から私を気にしてくれていたなんて知りませんでした。女神様の守護を知る前から。
「そう言えば最近も、眩しくて直視できない。とか本気で言っていたよ。私がエリミアから離れて王子と話をしている時だったから、その時は光ってなかった筈なんだけどね」
火照った頬は、もっと熱くなりました。殿下。何を言ってるんですか。
「たまに黒いものも見せて、噂を信じてる人間にはこう見えているんだから迂闊な事を言うんじゃないって注意しても、陰のあるエリミアも素敵だって頓珍漢な事ばかり言うから、私は正直心配だったんだよ。頭は悪くないんだろうが、エリミアの事になると途端にただの馬鹿になるから」
「女神様」
不意にそんな声が聞こえてきました。低い声でそう言って、女神様の首をちょっと摘まんで持ち上げたのは殿下です。しばらくお話は聞かれていた様子。ですが全く動揺はされていません。私だけが赤面して二人を見上げました。その私の目の前で殿下が言います。
「そろそろエリミアを返して貰えませんか?」
「お前の仕事が遅いからエリミアがひとりぼっちだったんだろう? その相手をして上げていた私にどういう口の聞き方だ?」
「ありがとうございました。だから返して下さい」
全く。と、ふてくされたように呟いた女神様は、床に着地してため息をつきました。
「あのねえ、いくら何でも初夜を邪魔するほど落ちぶれていないよ」
「エリミア」
その女神様を見ていた私の手を取って、殿下が囁きます。
「今日は本当に夢のようだ」
「殿下…」
と、真っ赤になって呟いた私の声に女神様の声が重なりました。
「王子。ちょっと待ちなさい。私が出て行くのも待てないの?」
「待てません。本当に申し訳ありませんが、さっさと出て行って下さい」
殿下は私を抱き寄せてそんな事を言います。あの、殿下…。
「もー。本当に…」
と、ぶつぶつ呟きながら女神様はドアに向かいます。女神様は私の守護の為、四六時中一緒にいて下さっていますが、殿下に直談判されたそうで。
エリミアと二人の時は私に任せて離れて欲しい。と。
分かった分かったと応えた女神様に、殿下はこうもお願いしたそうです。黒猫の姿でいること。きちんと部屋も使用人も用意するから人目に付くところにいること。
「どれだけ邪魔されたくないんだい」
と、言いながらも女神様は了承して下さったそうです。
「女神様…」
殿下に迫られて真っ赤な私は、ドアに向かう女神様を呼び止めました。お礼を伝えようと思って。
その声に振り向き、足を止めた女神様は言いました。
「エリミア。これだけは伝えておくよ」
む。と、不快な顔をした殿下に笑ってから、女神様はこう仰いました。
「この世の中は理不尽な事ばかりだ。ズルをして得をする者、誠実に生きて馬鹿を見る者、そんなもので溢れてる。でもね、見る人は見てる。その人に出会えるかどうかは運だけど、その運を引き寄せるのもその人の生き方なんだよ」
お話を聞いて色んな事を思い出しました。その行き着いた先にあった大きな幸せ。これを作ってくれたのは女神様と殿下です。
そして私を守ってくれた女神様は言います。それは私が引き寄せたものだと。
「エリミア。お前は人を思い、優しく、誠実に過ごしてきた。だから私と王子がここにいるんだ。これは全てお前という人間だからできたこと。自分で勝ち取ったんだと胸を張って良いんだ」
にっこり笑って女神様は最後にこう言いました。
「辛いことが沢山あった分、これから楽しいことが山ほどあるぞ。手始めに、今夜はたっぷり可愛がって貰いなさい」
「あの…」
え…っと…。
私は多分、今までで一番赤面していたのではないでしょうか。
「エリミア」
黒猫の姿が消えて、殿下に呼ばれた私は彼を見上げました。真っ赤な顔で恥ずかしい。
その私を見て、頬にキスを下さった殿下は言います。
「エリミア。本当に可愛いよ」
「殿下…」
あの…。
「ありがとうございました。殿下。私の事を、ずっと信じて下さって」
そう言ったらいつかの様に殿下は目を丸くしました。そして笑うと、私の髪を撫でてこんなことを言います。
「エリミア。女神様が仰った通りだよ。君だから俺は信じられたんだ」
そっと目尻の涙を拭って殿下は囁きます。
「呪われた令嬢だなんて言われている時も、君はずっと俺を案じてくれていた。寂しい反面、本当に嬉しかったよ」
君の気持ちを聞いた時は一瞬絶望したけどね。と、呟いて殿下は笑います。
「何度抱き締めて本当の事を言ってしまおうと思ったか分からない。でも、女神様との約束だったから。正式に婚約発表して、エリミアを安全な状態にするまでは口外しないって。だから、本当にあの日を待ちわびていたよ。」
と言って、今度は口付けをしてくれました。
「エリミア。俺を受け入れてくれて、こちらこそありがとう。これからずっと一緒にいられるなんて、本当に嬉しいよ」
私もです。と、言った唇を殿下はもう一度塞いで、今度は強く抱き締めてくれました。