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黒猫は語る

「女神様。本当にありがとうございました」


 私は膝の上に載った黒猫にそう言いました。女神様が姿を変えた黒猫は、膝の上でごろごろと喉を鳴らします。


「礼を言われる筋合いはない。なるべくしてなった結果だ」


「そんな事ありません。女神様がいて下さったから、殿下は私を受け入れて下さったんです」


 その言葉に、女神様は目をまん丸にしてから笑いました。そして膝の上で黒猫はころころと転がります。


「エリミア? 誤解があるようだね。今後の為にもきちんと説明をしておこうか」


 女神様はそう言って、私に長いお話を聞かせてくれました。


 女神様は何年も前、この黒猫の姿で街をお散歩されていたそうです。黒猫の姿を選んだのは、忌み嫌われる存在だから。


「人間の本性を見るにはもってこいなんだよ」


 と、女神様はおどけたようにウインクをしました。


「自分にとって害があるものが存在する、ということを知ることも大切だ。でも、何の害もない黒猫を、縁起が悪そうという理由で虐める奴には碌なのがいない」


 その日も女神様は大人にも子どもにも避けられ、追いかけ回され、時には殴られそうになったり捕まりそうになりながらお散歩されていたそうです。時々、庇っても貰いながら。


「その庇ってくれた子どもが、エリミア。お前だよ」


 ちょっと子どもの視界に入ったら追いかけ回され、石を投げられて辟易していた女神様を、当時初等学校に通っていた私が庇ったと。…ごめんなさい。覚えていません。


「良いんだよ。それだけ、お前にとっては当たり前の事だったって事だ」


 女神様は黒い尻尾で私の手を撫でて笑いました。黒いものを思い出します。


 その女神様は子どもの手から逃れ、珍しい子どももいるものだとぼんやりしながら歩いていたら馬車に轢かれそうになったそうです。


「お前が手を振ってくれていたのを見ながら歩いていたら、うっかりしてね」


 別に、黒猫の姿で轢かれても女神様には何の問題も無い筈でした。けれど。


「猫ちゃん!!!」


 後ろを見ながら歩いていた女神様の目前に馬車は迫っていました。その体は突き飛ばされ、大きな音が響いたそうです。私が大怪我をしたのはこの時だったんですね。


「さすがに、本当に後悔してね」


 こんなに優しくて勇気のある子どもに大怪我をさせてしまった。それどころか、一時は命の危険もあった位の重傷だったそうです。


 私の横で泣く両親の前に女神様は現れ、事の顛末をお話しされました。そして怪我は綺麗に治して下さる事、これから私を守って下さる事を伝えたそうです。けれどこの世の中にはならず者も多くいて、私のような者はその標的になりやすい事を危惧されました。


 それは女神様が言うまでもない事だったそうです。黒猫を庇ったから怪我をしたんだ。あの子は呪われている。と、あっという間に広がった噂に、両親と女神様は私を護る為の策を考えました。それが呪われていると思っている人には黒いものが見えるという魔法でした。そうでしたか。私もそう思っていたから黒いものが見えていたんですね。


「お前が安全な場所で幸せになれるまで、その噂でおまえを護ろうと思ったんだよ。でも、辛い思いもさせてしまったね」


「いえ…」


 私には信頼のできる家族がいました。殿下も。それだけで十分でした。


「さて、遠回りしてしまったね。さっき話をしていた王子の件だが?」


「はい」


 さっき女神様のおかげと私がお礼を言った件でしょう。その言葉に頷いたら女神様は楽しそうに笑ってこう言いました。


「あの子はね。覚えてはないだろうが、お前の通っていた初等学校の同級生だったんだよ」


「同級生? あ…」


 そう言えば私と殿下は同い年でした。けれど、ああ。私は怪我で一年遅れてしまったので、その認識をする前に同級生ではなくなってしまったんですね。


「その学校に入ったらとても可愛い子がいて、忽ち虜になったそうだ。エリミア。誰の事だか分かるよね?」


「…え?」


 私は十人並みの容姿です。そんな事…。


「同級生から私を助けた姿も、私を庇って怪我をしたのも見たそうだ。事故の後は非道いショックを受けて、公にはされていないがその頃王宮の一部は大混乱だったそうだよ」


 殿下…。


 私は泣いてしまいそうになって慌てて瞬きをしました。女神様は気付かれていたかもしれません。でもそれには触れずにお話をして下さいます。


「この子は人を見る目はあると思ってね。ましてや王子の人生まで駄目にしてはいけないから、私はこっそりと教えてやったんだ。彼女の怪我は全て治るから心配しなくても良いと」


 女神様が殿下に伝えたのはそれだけでした。その後すぐに広まった呪いの噂も彼には届いていた筈です。だけど。


「そしてエリミアが復学する日。王子がこっそりと様子を見にきていたのも私は知ってるよ。ところでエリミア」


「はい」


「お前が呪われている。と思わない人間には、お前はどう見えていたと思う?」


 殿下は、呪われていると思って見ると黒く見えると仰っていました。だとすれば黒いものは見えていなかった筈です。では?


「私がお前の前に姿を現した時。あんな風に見えていた筈だよ」


 光の粒が舞った、あの瞬間を思い出しました。あんな風に?


 そういえば、あの瞬間に私は呪われていないと知ったのです。そうしたら見えてきた光の粒。あんな風に。


「今でも笑えるね。王子はお前を見て真っ赤になって震えてたよ。子供心にも震える程、エリミアは綺麗だったんだろうね」


 そう。光の粒が見えたのです。つまり殿下は噂を信じずにいて下さったという事。あんなに強い声の噂を。


「まあ、私がいなくても王子は震えていたかもね。その位、お前のことがずっと大好きだったのさ。あの子は」

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