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呪われた令嬢、真実を知る

 あ…。


「殿下…」


 と、聖女様の声が聞こえてきました。そして、彼女は涙をこぼしながらこんな事を言います。


「殿下。私、良かれと思って…。なのにこんな恐ろしい事を…信じられない…」


「全部見ていた。大丈夫か?」


 殿下はそう言って頷かれました。こんな暴力沙汰、問題にならない筈がありません。せめてお父様とお母様には…。


 殿下。本当に申し訳ございません。そう言いかけた私の手を取って殿下は言いました。


「エリミア?」


「…え?」


「殿下!!??」


 聖女様の声が聞こえてきます。


「何故、そんな呪われた令嬢を庇うのですか!!? この状況を見て下さい!! 酷い目に遭わされたのはこちらですよ!!?」


「全部見ていたと言っただろう」


 殿下は私の肩を抱いて隣に立つと、聖女様にはっきりとそう言いました。


 見ていた。なのにどうして。


 混乱した私の横で、殿下はこう言いました。


「そのどす黒いインクの入った瓶、最初に投げたのは誰だ?」


「…!」


「エリミアのドレスを同じ様に汚して、瓶で怪我でもさせたら呪いを解く為とでも言い訳をするつもりだったか? 元から黒いインクを入れておきながら、この呪いのせいで黒く染まったとでも作り話をして?」


 私は目を丸くしたままその話を聞く聖女様を見ていました。隣から更に殿下の声が聞こえてきます。


「それでやり返されたら被害者面か。随分都合のいい話だな」


 聖女様は唇を噛みしめて黙りました。その後ろで、さっきグラスを割ってしまった令嬢が叫びました。


「殿下。その令嬢の呪いは、私が勧めたお水を叩き落としたのです! 人の好意を無にするような方はお相手に相応しくありません!!」


「毒の入ったものを叩き落として何が悪い」


 殿下の言葉に、私と令嬢の目は大きく見開かれました。


 毒?


「お前、あの水に何を入れた?」


「ど…毒、なんて」


 令嬢は真っ青になって震えています。その様子を見て殿下は笑います。


「別に答えたくなければ答えなくても良い。今、調査をしている。どうせ、すぐにはっきりする事だ」


「し…塩を…!」


 その言葉に追い詰められたのか、令嬢は力のない声で叫びました。


「塩を入れただけです! そんな、毒だなんて…」


「口に入れられないものなら毒と同じだ」


「…」


 その言葉に令嬢は真っ青になっています。


「エリミア」


 殿下が私を呼びました。その声に呼ばれて見上げると、殿下は優しい声でこんな事を言って下さいます。


「危ない目に遭わせて悪かった」


「いえ…」


 そんな。私が部屋を飛び出してしまったのに。


「…殿下」


 その私達に、聖女様の声が聞こえてきました。振り向くと、彼女は立ち上がってこんな事を言います。


「彼女は婚約を破棄したと言っていましたよ?」


「私は了承していない」


「彼女は呪われた令嬢ですよ!?」


 聖女様はそう言って私を指さして叫びました。


「その黒いものは暴力的な不幸です!! 人を傷付けます! 聖女として、女神の加護を受けた者として、彼女が王妃になることは容認できません!!」


「この黒いものが」


 それに対し、殿下は静かな声で応えました。


「不幸だと、何故そう思う?」


「どう見ても呪いじゃないですか! 禍々しくて恐ろしい…! 具現化して人を傷付けることもできる最悪の化け物です!!」


「この黒いものは自発的に人を傷付けたりはしない」


 殿下は尚も静かな声で応えました。


「彼女に塩水を飲ませない為、彼女にインクの汚れを浴びせない為、その為に動いた。違うか?」


 彼女達と一緒に絶句しながら、私も殿下の言葉を聞きました。


 その通り。この子は私を守ってくれた。


「この黒が光り輝いていれば尊いものと理解したのか? 見てくれに騙されるなんて聖女が聞いて呆れる」


「…殿下。殿下は私にこの呪いを解くように依頼したではありませんか!」


「そんな覚えはない」


「言い逃れは卑怯です!!」


「本当に言ってない。呪いを解けるものなら解いてくれと言っただけだ」


「それは私の言ったことと同じです!」


「違う」


 殿下は呆れた様に笑ってこう言いました。


「私の言葉には、文頭にこの言葉が入る。『呪われてもいない令嬢の』呪いを解けるものなら解いてくれ」


「…?」


 その言葉に彼女は固まりました。私も同様に動けなくなりました。だって。


 呪われてもいない?


 その彼女に殿下は困ったようにため息を付いて、こんな事を言いました。


「まだ分からないのか? エリミアは呪われてなどいない。『呪いだと思っている者には黒く見える』これは」


 殿下がそう言った瞬間、私の視界から黒いものが消えました。


「彼女の守護だ」


 その瞬間、きらきらと光の粒が舞って声が聞こえてきました。


「随分長い茶番に付き合わされたね」


 その声に見上げると、宙に浮いた白く輝く女性が見えました。この国の女神様。教会でも本でも、子どもの頃から教え込まれた彼女の顔を知らない者はいません。


「エリミア」


 その彼女は私の名を口にして、髪を撫でてくれました。


「長いこと辛かっただろうに。よくすれずに成長したね」


 偉い偉い。と、子どもにするように褒めて貰って私の頬は熱くなりました。その対面で二人の女性は真っ青になっています。


「さて?」


 殿下は女神様に言いました。


「女神の加護を受けた人間がもう一人、ね…」


「私は授けた覚えはないけどねぇ? この国にいながら私以外の誰に加護を受けたんだか。そんな気配すら微塵もないけれど、それならこの国を出て行くと良い」


 女神様がそう言うと、二人はへなへなと膝を着き、そして顔を伏して謝罪をし始めました。


「全く。変ないちゃもんを付けるんじゃないよ。私の可愛いエリミアの晴れの日に」


 そう言って女神様は私に微笑んでくれました。


「エリミア」


 そしてもう一人。


「殿下…」


 見上げると、殿下は優しく笑います。いつもの様に。


「本当の事を、ずっと黙っていて悪かった。辛い思いをさせたね」


「そんな…」


「エリミア」


 殿下が私の目を真っ直ぐに見て、こう言いました。


「さっきの話、撤回して欲しい」


 いつかの様に私の手を取って。


「どんな苦境にも曲がらずに、他人思いの優しい君が、俺は本当に好きなんだ」


「殿下…」


 私も、優しいあなたが大好きです。


 そう言いたかったけど言えなかった私は、今日、ずっと我慢していた涙をぽろぽろ零して頷きました。その私を殿下は抱き締めてくれます。




 歓声が上がりました。事の成り行きを、全ての人が見ていました。


 この日最後に呪われた令嬢は消えました。

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