呪われた令嬢、聖女様に会う
お父様、お母様。どこ?
必死に探しても二人は見つかりません。人混みの中にいるのが耐えられなくて、私は通路に出ました。さっきの様な混雑はしていません。皆、中に入ったのでしょう。
そう思いながら、お父様とお母様がいる筈の広間に再び入る事を躊躇いました。あんなに沢山の人が中にいるなんて、耐えられる気も見つかる気もしません。
お父様、お母様…。
そう、二人を思って私は気付きました。このまま二人の元に戻っても、二人を不幸にしてしまうかもしれない。だったら一人で出て行くべきか。
でも怖い。
こんな呪いと一緒でも平穏な毎日を送れたのは、お父様とお母様が守ってくれたから。その後ろ盾を無くして、私はまともに生きていけるのでしょうか?
「聖女様。あそこです」
と、声が聞こえて振り返えると、さっきグラスを渡してくれようとしたご令嬢ともう一人。とても美しい女性が立っています。
彼女は私を見てこう言いました。
「本当に酷い呪いにかかってらっしゃるのね」
「え…?」
「殿下から依頼を受けました。あなたの呪いを解いて欲しいと」
「…」
殿下…。
そんな事までして私に拘る必要はないのにどうして。
「その必要はありません」
私は彼女にはっきりと言いました。この呪いがなければ。何度そう思ったか分かりません。でも、それは殿下がいたから。殿下がいなくなった私には、もう呪いがあろうと無かろうと関係ないのです。
「殿下にはお別れを告げました。もう、この呪いを解く必要はありません。放っておいて下さい」
「あら」
その言葉に彼女達は目を丸くしてから笑いました。
「そうでしたの。そうね。そうすべきですものね」
そう言いながら聖女様は小瓶を取り出します。中は黒く染まっていますが、何が入っているのでしょうか。
「でも約束ですからあなたの呪いは解いて差し上げますわ。この聖水で」
「結構です」
「そのドレス」
「…?」
頑なに拒否をしていた私に、唐突に彼女は言います。
「殿下からのプレゼントと聞いていますが」
「…それが何か?」
「あなたがそんなものを受け取るのはおかしいのではなくて?」
どこまで許されないの? 私は。
誰かにそう問い掛けて勝手に絶望に落ちそうになったけれど。
「…全て」
何もかも許されない。そう思っていれば良いと開き直った。
「殿下にお返しします」
「あなたの為に誂えたものを返されても、殿下も困るでしょうに」
「…」
「だから」
と、何も言い返せない私に彼女は言いました。
「そんなもの、台無しにして差し上げますわ」
そう言って彼女は瓶の蓋をゆっくりと開き、それを私に投げつけてきました。スローモーションで見えた瓶の口から、インクの様な黒いものが出てくるのが見えます。
「いや…っ」
どうしよう。
殿下に頂いたものを汚してしまう。思わず自分を抱き締める様にドレスを庇ったら。
ぱぁん!!!
と、耳障りな破裂音がしました。さっきのクラスの割れた音など、比にもならない激しい衝撃音。
「…え?」
恐る恐る目を開くと、へたり込んだ彼女達のすぐ後ろの壁にべったりと黒い汚れがついているのが見えました。弾けた小さな飛沫が彼女達のドレスや顔に付いています。
何で…。と、思って気が付きました。グラスの時と同じく視界に映る黒いもの。この子が瓶を跳ね返したのでしょう。
「あ…」
また…。と、私の足は震えました。また、相手を傷付けてしまった。
相手は放心状態で固まっています。大丈夫ですか? と、言いかけた私に声が聞こえてきました。
「何をしている?」