呪われた令嬢、夜会に行く
「エリミア、とっても綺麗よ」
「私の自慢の娘だ!!」
一ヶ月後。
お母様とお父様はそう言って涙ぐんでいます。しかし殿下から送られた一式、身に付けた私は顔面蒼白です。どうしてこんなものを私が?
「殿下、センスが良いわね」
「ああ、エリミアの事を良く分かっていらっしゃる」
「エリミア様、とても素敵です」
と、侍女のリンも一緒に涙ぐんでいます。どうやったら素敵に見えるというのでしょう? 真っ黒いものを背負っている私を。
「さあ、お城へ行きますよ!!」
お母様の号令に、お父様とリンは片手を上げて「おー!」と応えています。
あの…。
本当に…。
どうなってしまうのでしょうか。
お城に入った私達を、殿下の侍従が迎えてくれました。殿下と同じく、いつも笑顔で私に接してくれます。殿下があの様子じゃ彼に選択肢はありませんもんね…。
彼は私の両親に挨拶をしてから、私に向かってこう言いました。
「エリミア様。ようこそ。殿下が心待ちにしておいでです」
「…あの…」
と、私は彼に言いかけました。「やっぱり失礼しても良いですか?」と。だって、やっぱり私には相応しくありません。殿下にも恥をかかせてしまいます。
でも、どうしましょう。ここで彼に何かを言っても彼に決定権はありません。そんなことを考えながらもやもやしていた私に、こんな声が聞こえてきました。
「では、私達はここで」
「殿下に宜しくお伝え下さい」
え!?
お父様とお母様はそう言って、何故か涙ぐんで私を抱き締めます。あの、可哀想だと思うならこのまま連れて帰って貰えないでしょうか?
そんな私をまるっと無視して、お父様とお母様は離れていきました。残された私に、侍従は満面の笑みでこんな事を言います。
「殿下がお待ちです」
「エリミア」
私が部屋に入ると、殿下は立ち上がって下さいました。そして私を見て小さなため息をつきます。不安で視線を下げた私に殿下はこう仰いました。
「本当に綺麗だ。なんて可愛いんだ」
「…」
その言葉に泣いてしまいそうになりました。殿下が本気でそう言って下さっているのが分かりました。けれど私は。
だからこそ、私は。
「殿下。こんなに素敵なもの、本当にありがとうございました。でも、どうか考え直して下さい。私はあなたに相応しくありません。それどころか、あなたを不幸にしてしまいます。どうか」
下を向いていた私は殿下の表情を知りません。そのまま必死に訴えました。
「殿下にはもっと素敵な方がいる筈です。私では…」
「エリミア」
その殿下の声は聞いたこともないほど低くて、私は思わず黙りました。
「本気で言っているの?」
「…本気です」
「本当に?」
「…」
聞いたこともない強い口調に、私は口を噤んでしまいました。殿下は私にもう少し近付いて、見上げた私にこんな事を言います。
「君は時々そういう事を言うけれど、一度確認しなければと思っていた。それは『殿下』に言っているの? それとも『俺』に言っているの?」
どちらも同じです…。と答えた私に、殿下は低い声のまま言います。
「違う。俺が王子じゃなかったら返事は違った? 例えば王位を捨てるから付いてきて欲しいと言ったら君は応じてくれるの?」
この人は。
何も分かっていない。
「応じません」
そう言ったら殿下は少し離れた、気がしました。そして悲しそうに目を逸らされます。
「そう」
「殿下」
この人は、本当に何も分かっていない。私は二度と会えなくなる彼に、心からの幸せを祈りました。どうか。
どうか、お幸せに。
「私はあなたをお慕いしております。だから私などに構わず、普通の女性と幸せになって下さいと申し上げているのです」
「…」
「今まで本当に、ありがとうございました」
最後のお礼は声が震えてしまいました。でも、私の本心を渡せた。今までのこと、本当に感謝しています。とても幸せでした。
ありがとうございました。
殿下の部屋を後にして、私はお父様とお母様を探し始めました。どこに行かれたのでしょうか。何もかも不案内で分かりません。
お城の中には沢山の人がいました。皆綺麗に着飾っています。そんな所に、私の様な者が。
「ねえ…」
「あの人…」
そんな小さな声が聞こえてきました。思わずその方を見ると令嬢の方達と目が合います。二人は慌てて私から目を逸らしました。
ああ。黒いものが見えているんだ。と、もう当たり前と受け入れている筈なのに、知らない人に見られただけで動揺してしまいました。でも、見せられた方が怖いですよね。早くお父様とお母様に会ってここを出なければ。
そんなことを思いながら、沢山の令嬢の姿に少し安心する自分と、悲しくなる自分を持て余しました。この中のきっと誰かが、あの殿下の優しさを受けるんですね。今まで私に向けて下さっていた笑顔と一緒に。
殿下…。と、途轍もなく悲しくなってしまいました。たった今お別れをしたばかりなのに、なんて意気地がないのでしょう。
「大丈夫ですか?」
と、声が聞こえてきました。振り返ると綺麗なご令嬢がこちらを心配そうに見ています。こんな私に声をかけて下さるなんて、何て優しい方なんでしょう。
「御気分が悪くらっしゃるの? お水でもどうですか?」
そう言って、手に持ったグラスを勧めて下さいました。
「あ…あり…」
思わず手を伸ばそうとしたその瞬間。がしゃん!! と音がしてグラスが床に落ちました。
「!?」
何が起こったのか分からなくて肩を竦めた私の視界に、あの黒いものが映ります。これがグラスを叩き落としたのです。何て事を。
「きゃーー!!!」
と、悲鳴を上げる令嬢に「ごめんなさい」と言って、私はそこを去りました。