王子と令嬢、初対面の時
さて、それから半月後。エリミアは両親に呼ばれました。
「エリミア」
「どうかされましたか? お父様、お母様」
不思議そうな顔で二人を見てエリミアは呟きます。いつもと様子が違うことに気付いたようです。
「今日、これから殿下が来られる」
「え?」
「あなたに会いに来られるのよ」
「…え?」
事前に伝えれば思い悩んでしまうかもしれない。そう思った両親は、殿下が到着する直前にエリミアに伝えました。これから準備をしている間に殿下は来訪されます。考えている暇はありません。
「ま…待って下さい。どうしてですか?」
「殿下のご希望だ」
「急いで準備しないと」
「? ???」
そして両親はリンに支度をするように伝えました。リンに導かれてエリミアは部屋を出て行きます。
その後ろ姿を見送ってから、両親は顔を見合わせて頷きました。話を聞くと、殿下はエリミアの事を本当に想って下さっているらしい。男性との付き合いまでできると思っていなかった両親は期待していました。
エリミアが殿下を好きになれるかは別問題です。でも、他人からの好意を経験して欲しい。親心にそう思って、エリミアの不安を見ないようにしました。きっと大丈夫。
王子様。…って。
どうして。
数刻の後、エリミアは部屋の前で震えてました。このドアの向こうに王子様がいるのです。何故か自分に会う為に。
黒いものが視界に入ります。こんなものを見せて大丈夫なんだろうか。しばらく他人からの好奇や侮蔑の視線から離れていたエリミアは、この後のことを想像して泣きそうになりました。
でも、お父様とお母様の為に頑張らなきゃ。
ここで自分が拒否をすれば、きっと二人に迷惑がかかります。それだけは避けなければ。
辛い思いをするだけなら良い。どうか無礼者と怒られませんように。
この国の女神様に祈って、エリミアはドアを開けました。中を伺うと、立ち上がった影が見えました。すらりと背の高い素敵な男性です。
少しだけ躊躇って、エリミアは彼の前に進みました。そして彼を見上げ「エリミアです」と挨拶をします。黒いものが視界の隅で揺れました。
が。
この時王子に見えていたのは全く別のエリミアです。不安げにこちらを見上げる可憐な女性。初等学校の頃の面影はありますが、成長した彼女は本当に美しい女性に成長していました。そして彼女の優しさや勇気を彼は知っています。おまけに女神様の光に包まれ、自分に向けられた声も初めてのことです。もう。
もう。
「エリミア」
王子はエリミアの手を取って言いました。
「結婚して下さい!」
ばいーん! と、次の瞬間、音が響き渡りました。黒いものが王子の頭を叩いたのです。
ひえ…。と、顔面蒼白になるエリミアを横目に、彼女には聞こえてはいませんでしたが女神様の怒号が響きました。
「この大馬鹿!! いきなり何をやってるんだ!!!」
「殿下! 申し訳ございません!」
罵る女神様の前でエリミアは泣きながら王子に謝罪をしました。恐れと心配に涙ぐむ彼女の涙が光ります。震えながらこちらをしっかり見上げるその顔に殿下の暴走は止まりません。
「エリミア。何て優しくて可愛いんだ。この国の女神様なんて相手にならないよ…」
青筋を浮かべる女神様の前。
この国の女神様を侮辱するなんて、王子じゃなければ不敬罪で捕らわれてもおかしくありません。その引き合いに出されて、エリミアの顔面から更に血の気が引きました。
黒いものが王子の襟を摘まみ上げ、エリミアから遠ざけていきます。そして少し離れて女神様は言いました。
「お前本当にいい加減にしろよ? やることなすこと全て裏目に出てるんだよ!!」
「すいません。もう我慢できなくて…」
「気持ちは分からんでもないが、お前が優先すべきはエリミアだろうが!! 彼女に気を使わせてどうする!!」
「エリミア」
次の瞬間、王子は誰もが知る好青年に戻りました。エリミアの為なら何でもできるのです。この王子は。
「驚かせてしまって悪かった。君と話がしたいとずっと思っていたんだ」
黒いものを置き去りにして、王子はエリミアの前に戻ってきました。
「? ???」
混乱しているエリミアは、目を丸くしたまま固まっています。もう、何が起きているのか分かりません。
「お互いを知る時間が欲しい。これからもここに来ることを許して貰えないだろうか」
「…はい?」
大混乱の内に二人の初対面は終わりました。
その後、王子の猛アプローチを受け続け、黒いものが邪魔しようが叩こうが全く気にしない王子に、エリミアも戸惑いつつ打ち解けていきました。初めて笑顔を見せてくれた時は嬉しくて嬉しくて。
その王子に少しずつ惹かれていくエリミアの気持ちは、本人と女神様しか知りません。王子と会った夜、ベッドで今日の事を思い出して頬を染めたこと。王子に可愛いと褒められた髪を解く前に、珍しく自分から鏡の前に立ったこと。
だからこそ王子と離れなければならないと涙をこぼしたこと。
強引に婚約の話を進める王子の事を、それを知っている女神様は黙認していました。このくらい強引に進めて貰わなければエリミアは動けない。そう分かっていたからです。
婚約発表の日。
珍しく強い口調でエリミアに気持ちを問うた王子の事も、だから女神様は止めませんでした。王子は十分過ぎるほどの愛情表現をしました。エリミアがそれを嬉しいと思うなら、自分の言葉で応えるしかないのです。
「私はあなたをお慕いしております。だから私などに構わず、普通の女性と幸せになって下さいと申し上げているのです」
相手の幸せを願う強い愛情を口にしたエリミアに、女神様は心の底から安心しました。
この二人はもう大丈夫。
結婚した日、女神様がエリミアに言った通り、その後二人は幸せに暮らすのでした。




