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呪われた令嬢と王子様

 突然ですが私、呪われています。どれくらい呪われているかというと滅茶苦茶呪われているのです。具体的に言えば霊感なんてこれっぽっちも無い人に「何かあの人の周りの空気黒くない?」と言われる位呪われています。私にも見えますけど。凄い自己主張ですよね。どれだけやる気かは後々お話ししますが、その自己主張に違わぬ働きをするのです。この呪いは。


 さて、こんな状態ですから当然周囲の人間に距離を取られまくっています。半径五メートル以内に入ると死ぬという噂があるらしいのですが一体何を言っているのでしょうか。両親と一緒に過ごしていますし、食事を用意してくれる侍女もいるし、着替えで触れることもあるのに。


 と、思ったけれども別に弁解したいという気持ちもありませんし、呪われているのは間違いないので無言を貫きました。寄ってこない人に未練もありません。


 こんな私なのでどこかの別荘にでも置いて放っておいて欲しいのですが、何故か私はこの国の王子様との結婚が決まっています。どうしてなんでしょう。意味が分かりません。家柄ですか? 歳ですか? 他の令嬢の事はこんな身の上上全く詳しくのもないので分かりませんが、私一人しか女がいない訳じゃないですよね? なのに何故。このままじゃこの国、呪われた王国になりますけど誰も止めないんですか? そうは思っても何もできず。


 今日も足繁く通って下さる殿下のお相手をする私なのです。




「やぁ。エリミア」


 と、殿下は眩しそうな笑顔でそう言いました。殿下は何というか、人格者なのですね。こんな私にも分け隔てなく笑顔で接して下さいます。


「元気にしていたかい?」


「はい。とても」


 これは嘘ではありません。私は健康優良児。呪われている癖に病気一つしたことがありません。


「それなら良かった。今日は君が好きそうなケーキを持ってきたんだ。一緒に食べよう」


 殿下。と、私は何度も言いかけた言葉を今日も飲み込んでしまいました。でも、殿下? もう私に構わずに、ご自分の幸せを見付けて下さい。そう何度も何度も言おうとするのに、言葉にならないのはどうしてでしょう。


 私は狡い女ですね。そう思いながらもケーキに罪はないので美味しく頂きました。殿下にも感謝しかありません。だから笑顔で楽しい時間を過ごします。お別れの日まで。


「そういえば、エリミア」


 お茶の後、庭の花を見ながらお散歩をしている時に殿下が仰いました。


「はい」


「夜会の誘いなんだけど、一か月後。予定はどう?」


 思わず「うぐ」と、声が漏れてしまいそうなのを必死に我慢しました。私。だって夜会って。


 私、淑女教育こそ受けましたが一度も参加はした事がありません。理由は言わずもがな。噂に聞くと、きらきらした催しものですよね? こんな真っ黒いのが入り込む余地は無いと思うのですが。


 殿下。ご自分が何を仰っているのか分かっていますか? 婚約者としては当然の務めかもしれませんが、それより前に私、呪われているんですよ? 見えますよね? この黒いの。


「あの…」


 もう限界かもしれない。と、私は意を決しました。さっき言いかけた言葉を、今度は思い切って口にします。私は良いのです。自分の呪いのせいです。でも殿下は違うのに。


 こんなに素敵な人ですもの。私がいなければ素敵な女性との幸せな未来が待っている筈です。それこそ、その夜会で出会えるのでは? 噂では聖女様という、この国を守って下さっている女神様の加護を受けた幸せの象徴の様な方もいらっしゃるとか。何もこんな呪われた令嬢を選ばなくても良いのです。


「殿下。申し訳ありません。私…」


「予定がある? それなら仕方がないけれど」


「いえ、あの…」


 殿下のお誘いを断る程の予定なんて存在する筈がありません。それなのにそれを許して下さる程、殿下は優しい方なんですね。


 私は花の前で殿下に向かい合って言いました。


「殿下。何故殿下の様な方が私に構って下さるのか分かりませんが、もうお止めになりませんか。ご自身の幸せを真剣にお考え下さい」


 すると殿下は一瞬だけ目を見開いてから笑いました。そして私の手を取ってこう言うのです。


「エリミア? 何を言っているのか分からないな。それが夜会の返事? つまり予定は空いているんだね?」


「殿下…」


「そうと分かれば夜会の為のアクセサリーでもプレゼントしよう。…いや」


 殿下は私の手に口付けをして呟きます。え? あの。


「一式全てプレゼントするよ。私の婚約者の御披露目の日だからね」


 ぺんっ。


 その瞬間、そんな音がして殿下の髪が少し乱れました。黒いものが細く伸びて殿下の頭を叩いたのです。その細いものを慌てて押さえましたが殿下の髪は乱れたまま。何て事を。


 あわわわわ。と、声も出ない私に殿下は髪を直して笑いました。


「君の『それ』は本当に容赦ないな」





 その夜。


 私は一人で今日の事を思い出していました。あのまま話は消えてしまいましたが殿下は本気なのでしょうか? 夜会なんて参加できる人間ではないのに。


 そんなことを考えていたら手に纏わりつく感触。見ると、手首に黒いものが巻き付いています。そしてまるで甘えるようにすりすりと手の中に入り込んでくる呪い。私は撫でてため息をつきました。実はこの子、さっき殿下にしたように具現化して行動する事があります。恐ろしい事をする訳ではないのですが、やはり黒いものがいきなり実体となって動き出したら怖いですよね。因みに殿下にはよくあの様に行動しますが、何故か殿下はいつも笑っています。本来なら囚われても文句の言えない程の不敬だと思いますが。


 殿下はどうして平気なのでしょう。


 こんな呪われた令嬢にどうしてあんな笑顔を? そんな事を考えていたらいつの間にか眠ってしまいました。





 夢の中の私は小さな子どもでした。その周りに影はありません。


 ああ、そうだった。と、夢うつつに思いました。私は生まれた時から呪われた令嬢だった訳ではありませんでした。子どもの頃、原因は覚えていないけれど大怪我をして、意識がしばらく戻らなくて。


 そのせいで初等教育も一年遅れになってしまいました。その不運も背中を押したのでしょう。


 目を覚ましたら、この黒いものがいた…気がします。しばらくは自分でも気付かなくて、言われて初めて影があることに気付きました。これは何だろう? と思っている内に呪われた令嬢だと噂が広まって…。


 そんな私を、殿下だけではなくお父様もお母様も優しく見守ってくれた。


 お父様。

 お母様。

 殿下。


 こんな私で、ごめんなさい。

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