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道先

道先5

作者: 卯月猫

多家畑(たけはた)ルートの包丁とふわふわのシュークリーム


「今日は何食べる?」

「なんでもいいよ、ルートが楽そうな物で」


…………

……


「あーあ、たっくんはすぐ何でもいいよって言うんだよねぇ」

 スマートフォンをスイスイと操作しながらそんな事を呟く。

 代々木 菊太(よよぎ きくた)は同い年の元同僚。出会い方は本当に変なシチュエーションで今思い出しても良く分からない。 

 菊田曰く、同郷の友人と連絡を取りながら上京の準備をしていた。北海道から東京へ出てきた日、待ち合わせの場所に彼は現れなかったと言う。スマホも持っていなくて、迎えに行く場所で待つ他無かった。事務所とやらには来ない方が良いと言われていたので結局丸1日を駅に長時間立ち尽くしていた所、仕事でその付近を往復していたボクの目に留まった。

 人の往来が激しいこの駅で人の特徴を覚えているなんて普通有り得ないけど、菊太はかなり高身長で長すぎる真っ赤なマフラー姿が目立ち過ぎていた。

 夜までそのままでいるものだから、思わずどうしたのって声を掛けてしまったのだ。

 経緯を聞いて、あんまりだなぁと思ったボクは「ボクんちくる?」そう提案すると、驚いたように目を見開いて「良いのか?」と聞き返して来た。

「声を掛けたのも、聞いたのもボクだよ。君が嫌じゃなければどうぞ、狭いけどね。因みにアレルギーとかある?」

「アレルギーはないな」

 アパートへと向かう時に他愛のない話をしながら歩いていると、「東京の人は冷たいってばあちゃんが言ってた」とポツリと呟いた。

「んー、冷たいねぇ。まぁ、必要以上には距離を詰めようと思わないかな。結構、ここで生きていくのって体力いるし、面倒事抱えてる人も多いから巻き込まれたくないしね」

「ごめん」

「いや、君の事は良いってば。声かけたのボクだよ。ほっとけなかったって事は何かの縁なんじゃない?」


…………


 そんな事からルームシェアが始まって、割と早い段階で菊太呼びからたっくんの愛称が呼びやすいと変化し、仕事は仲の良い上司に相談したら気に入って直面談のあとすぐ採用になった。

 それからあっという間に4年が経って、今ボクは仕事を辞め、たっくんがそこで働き続けている。

 2年前に仲の良かった上司は左遷された。仕事ぶりも優秀で部下には平等に優しい人だったのだが、上長には彼を良く思わない人が居て、汚くも裏で色々とあったようだ。

「多家畑、無理にこの会社にしがみつくことないぞ。人はどんな事でも立ち上ろうとした時がスタートだから、若くても歳とっててもさ身を粉にしてやるならやりたい事、やってみたい事にしろよ」

 最後の日、部署では花束が用意され慕う面々と言うか部署内は涙だらけで見送った。

 次に配属されて来た人物はと言えば、これが本当に歩く厄災で、有給は認めない、他にも暴言などが飛び交い理不尽な仕事を投げてくる事で僅か半月で3人も社員が辞めた。おかげで元より激務だった仕事は更に激濁流へと変化し、家に帰るのも必死にならなければいけない日々が始まったのだ。

 ふっと時計を見れば、たっくんが帰宅する時間が近づいていた。思い返すも胸糞悪くなるので回想はここまでにしよう。と嫌な記憶にビッチリと蓋をする。

 

 さて、気を取り直して夕食の準備。無洗米を3合、セットして早炊きスイッチオン。

 まずは、味噌汁からと調理器具を準備する。

 小鍋には水を入れてIHコンロにセット、しめじの石づきと玉ねぎをカットして入れ弱火でコトコト火を入れていく。

玉ねぎは後からでも良いのだけど、きのこは先入れで出汁取りもしたいから結局一緒に突っ込んじゃう、楽だしね。

 冷蔵庫からうどん3玉を取り出して、レンジで少しチンしておく。

 その間に、太ネギと人参、キャベツを適当な大きさにカットしてボウルの中へ。油を少し入れたフライパンを温めたら、野菜、肉と炒める。レンジから取り出した麺をフライパンに投入してまた炒める。ここで顆粒出汁を加えてソースを全体に絡めて出来上がり。

 もう一つ、小さなフライパンに卵を二つ割り入れ1分蓋をして蒸し焼きにする。

 味噌汁の具が良い具合になってきたので、出汁と味噌を溶き火を止める。

 食卓を拭いて、配膳の準備。

 コップに麦茶を入れておく。今日は少し蒸し暑かったから氷多めで、とコップに入れると麦茶と一緒に涼し気にカラコロと踊る。

 パンダと熊の箸置きを置いて、二人分の箸をセット。

 味噌汁をお椀につけて、ご飯もよそう。たっくんはてんこ盛りめで。

 平皿を戸棚から取って、焼うどんを分けて取り分けその上に半熟目玉焼きをふるんと乗せる。かつお節をふさふさ乗っけて小口ネギをバラバラと振りかけ完成である。焼うどんをおかずに白米をモリモリ食べるのだ。特にたっくんはいつまで育ち盛りなの?と思う程に良く食べる。

 準備を全て終えると階段を上ってくる音がして帰宅を知り、玄関まで出迎える。

「おかえり」

「ただいま」

 分かりにくいけど少し疲れたような表情だ。

「今日はうどんだよ」

「!」

「勿論、たっくんの好きな焼うどん!」

「……ありがとう、嬉しい。そうだ、ルーシーから土産がある。後で一緒に食べよう」

「え、ルーちゃんから!? やったね、楽しみだー!」

 部屋に荷物を置いて、手洗いとうがいを終えた後にリビングへ戻ってきて配膳を終えた食卓に揃ってついて「いただきます」と手を合わせる。

「そう言えば、使い勝手悪くないか」

「ん、全然問題ないよ! この間たっくんが研いでくれたばっかりだしあの包丁とっても使いやすい」

「そうか、ならいい。そうだ、今月のルート分。毎日ありがとう」

「…………ねえ、本当こういうのいいよ。だって、今家賃払ってるの事実上はたっくんなんだよ、分かってる? っていうか最早全部払ってくれてるじゃん」

「俺は、ルートが家の事全部やってくれてるから働くだけで良いんだ。凄く、助かってる。知ってるか、仮に主婦の給料を年収にザックリまとめると400万とか500万くらいになるってルーシーが言ってた。俺は思うに、それで子供も居たり親の介護とかしてたら何倍も時間が必要だろう。だとすると家事を担う人に無給のフルタイムって最悪のブラック企業じゃないか。働く事も当たり前じゃないが、家の事をこなす事も当たり前なんかじゃない」

「あはは、相変わらずたっくんはたっくんだねぇ」


 ひょんな事から始まったボク達のルームシェアだけど、今はこれで良いと思う。

会社で『使えない奴』とまで呼ばれるようになったボクは、この家で『居ないと困る人』になった。

 共依存とか言われてしまうと痛いけど、誰かに必要とされて生きるのも悪くないって思うんだ。

 今休憩の時間を取りながら、ボクはボクの未来を考える時間をもらった。

「なるべくゆっくりでいい、俺は……料理も掃除も出来ない……それに、ルートの料理が好きだから。居なくならないで欲しいここはルートの家だから」

 そんな言葉に全力で寄りかかって甘えていると言えるだろうけど、入社してから退職までこんなにゆっくりする機会がなかった。常に激務だったから。新しい上司になってから特に。

「ルート、少し休め。有給たまってるだろ」

 有給なんて、取ったらどうなる事か。あの歩く厄災が凄く怖かった。でも、勇気を出して申請したらすっごい嫌な顔されたけど「権利だからなぁ!」って受理してもらう事に成功して休みを取ってから、その事をたっくんに話したら怪訝そうな顔をされた。

「有給は、会社が与えてやってるものじゃない。規定で働く全てに平等にあって使える権利なんだから誰に遠慮する事もない。会社が出来るのは、使う時を話し合いで調整出来ないか相談する事くらい。一人社員が抜けただけで回らなくなる会社は潰れた方がいい」

 有給明け暫くは普通だったと思う。でも、日に日に体は重く、動かなくなっていった。

 ついに、布団から起き上がれなくなって涙だけが転がるボクにたっくんは言った。

「ルート、他を気にしている場合じゃない。社会の歯車の替えはいくらでも居るがルート自身は一人だけ。体は一つしかない。大事にしないと息も吸えなくなるぞ。生活の事は気にしなくていいから」


 結局、有給と公休を混ぜながら取り、そのまま退職する事にしたのだ。

 起き上がれなかった日々を超えて、今は楽しいと思える事を見つけた。台所に立つのは気分が良くて、自分の手で料理が出来上がっていく様に楽しさを覚え、更にたっくんに食べてもらうと子供みたいに笑って旨いなって言われたのが決定打だったのかもしれない。

 無理しなくていいと言われたけど、そこから料理、洗濯、掃除、整頓と少しずつ出来る事が増えていくのも楽しかった。


「珈琲と紅茶どっちいれる?」

 また物思いにふけっていると、たっくんが立ち上がる。

「うーん、今日は紅茶!」

「ミルクは」

「入れる!」

「わかった」

 

 ケトルに湯を沸かしてミルクティーと珈琲の準備をしてくれる。

 ほこほこしてきた所でマグカップに注いぐ。ミルクティーの粉少し多めに入れて砂糖を少し混ぜて出来上がり。

 2つのマグカップを先に食卓に置いて、冷蔵庫から取り出して来たお土産をそのまま置く。

「あ、ママクリームのシュークリームだ」

「ありがとう~。ってうわぁっこれ人気でなかなか買えないんだよ。嬉しい」


 紅茶の良い香りが鼻をすっと通っていく。ミルクはふんわりと広がり何だかほっとする。

掌大の大きなシュークリームを一口かじれば濃厚な3層のクリームが溢れてくるので、慌ててすする。行儀悪いけど。

「ん~~~~!!」

「ん、うまい」

「ね!!」

 

 幸せだ。

 ボクはこのひと時を幸せだと心から思う。

 これやろう! はまだ見つからないけど、ゆっくり決めようと思う。

 満足気に笑って、そうしてまた一口、と大きな口を開けて頬張るのであった。


 









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