【子語り怪談】目が付いてますよ
子にせがまれて、毎日語る怖い話の一つです。
「あの」
その声に振り返ると、若い女性が笑顔でこちらを見ている。
「背中に目が付いてますよ」
思わず私は、「えっ?」と声をあげる。しかし女性は軽く会釈をしただけで、その場を立ち去ってしまった。
聞き間違いだろうか?
背中に目などあるはずがない。とは言え、何かが付いているのは確かだろう。首をひねって確認しようとするが、残念ながら私の首は、そこまで長くはない。
まあ幸いに、今いる場所は駅だ。改札を出て左に折れればトイレがある。手洗い場の鏡を覗けば、背中を確認することもできるだろう。
「もし」
またもや背後から声を掛けられる。振り向くと、今度は柔和な笑顔を浮かべる老爺が、やはり言う。
「背中に目が付いてますよ」
さすがに、聞き間違いではない。
「目、ですか?」
「うん、目だね」
「背中に目なんて……」
「在るものは在るんだから、仕方がないよ」
老爺は高笑い声を残して立ち去った。
一体、これはどう言うことだろう。見知らぬ人が二人も、私の背中に目があるだなんて、荒唐無稽なことを。
「お姉さん」
振り向くと、幼い少年が笑みを向けてくる。
「背中に――」
私は先んじて言った。
「教えてくれて、ありがとう。背中に目があるんだよね?」
少年は大きく頷いてから、私に背を向けて駆け出し、人混みの中へ消えていった。
三人目だ。これはもう、トイレの鏡で確認するまでもない。間違いなく、私の背中には目があるのだ。そして、私の背中の目は、確かに駆け寄ってくる複数の警官の姿をとらえていた。コートのポケットから包丁を急いで引き抜き、刃を覆っていた布を引き剥がしてから、私の肩をつかもうとした警官の顔に斬りつける。「ぎゃっ」と悲鳴が上がり、血しぶきが舞った。しかし、駆け出した私の進路に、別の警官が立ちはだかっていた。まったく、うかつではないか。背後の視界に気を取られ、正面を見忘れていた。たちまち私は取り押さえられ、手錠を掛けられた。殺人容疑、か。
確かに私は、この駅を訪れる前に、三人を殺している。
幼い少年をはさんで、若い女性と老爺が散歩をしていた。祖父と孫娘、彼女の歳の離れた弟と言ったところだろうか。夕暮れに歩む幸せそうな三人の美しい姿を、永遠に留めておきたかっただけなのに。
どうか、この手記を目にした人たちに願う。私の行いが正しかったのだと言うことを、理解して欲しい。