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意外とシャイなんです

 壁の近くで人の姿になったシロを連れてケントが都市の中に一歩足を踏み入れると、とたんに歓声が起こる。


 街道には多くの人が集まってきていて、全員が笑顔でケントを出迎えたのだ。


「ありがとう!」


「素敵!」


「たった一人でオーク三千を蹴散らしたなんて信じられねえ男だ!」


「カッコイイ!」


 興奮して酒のグラスを手にした男から、友達とはしゃいでいる若い女性もいる。


(あっという間に有名人になってしまったな)


 とケントは内心肩をすくめた。


 うれしいことはうれしいのだが、動物園のパンダってこういう気持ちだったのか、なんて考えも浮かぶ。


(……もうちょっと喜んでもいいんじゃないか、俺?)


 そして自分で自分の心理を不思議に思う。

 いくら何でも冷静さが勝ちすぎではないかと感じるのだ。


 彼だって年頃の男にすぎないのだから、若くて魅力的な女性にちやほやされれば有頂天になっても不思議ではないのだが。


(まさかと思うが、精神にも影響が出たのか?)


 ケントはようやくある可能性に思い当たる。


 肉体が完全に別人となっているのに、精神は一切変わりないというのも、考えてみればおかしな話だ。


 何らかの影響を受けているほうが自然である。


(まあ、冷静な部分が大きくなったくらいなら、そこまで困らないし、別にかまわないか)


 とケントはすぐに結論を出した。


 圧倒的なメリットを得たのだから、多少のデメリットは受け入れるべきだろうという現実的な理屈。


 それに彼本来は比較的楽天的な考えの持ち主だったということ。

 さらに《忍神》になった影響が組み合わさってあっさりと受け入れたのだった。


「ケント、手を振ってあげたらどうだ? あの子たちにさ」


 とレキは左肩をつついて左に向かってあごをくいっと動かす。


 彼が示した場所には三人の可愛らしい女の子たちがいて、いずれも憧れのアイドルと会えた乙女のような表情だった。


「何かちょっと照れくさいな」


 ようやくケントの情動がすこし仕事をする。


「え、今さらか?」


 レキはその事実に目をみはり、思わず彼の横顔をまじまじと見つめた。


「ああ、なんと言うかな」


 ケントは上手く説明するために言葉を選ぼうとしたが、なかなか思いつかない。


「なるほど。意外とシャイというか、女の子慣れしてないんだな。お前」


 レキは勝手に納得してしまった。

 

「まあな」


 ケントは反射的に否定しようかと思ったものの、考えてみれば女の子に免疫がないのはただの事実である。


 もしかしたら幼稚園の頃、一緒に遊んでいた女の子はいるかもしれないくらいには空虚な遍歴の持ち主だ。


「そっかー。まあそれだけ強いんだ。修行に人生極振りで、女どころじゃなかったんだろうな」


 レキは何度もうなずいている。

 納得、理解、共感のすべてが該当しそうな表情だ。

 

「俺だって女っ気ないしな。今は料理の道をまっすぐ邁進しているわけだし」


 と彼は熱く語りはじめる。


「修行を頑張ってるのと、女っ気がないのとは実はあんまり関係がないような」

 

 ケントは小声で答えた。

 モテる奴はそれでもモテると彼は残念ながら知っている。


「やめてくれ。その言葉は俺の心に特大ダメージが入る」


 レキは心当たりがあったらしく、右手で胃のあたりを抑えて苦々しい表情になった。


「おっとすまん」


 ケントは謝ったがあまり罪悪感はない。

 なぜなら自分自身にもしっかりとダメージが入ってしまったからだ。


「何でモテる奴ってモテるんだろうな?」


 と彼は小声で疑問を投げかける。


「俺が知りたいよ、それ」


 レキは哀しみの表情で応じた。

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