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指揮官個体

 オークたちが逃げ出したら面倒でも追いかけようとケントは思い、スキル発動の準備をする。


 ところが後ろのほうから低くて太い叫びが聞こえて来て、オークたちの後退が止まった。


「うん?」


 オークたちはおびえた顔をしたまま、ケントのほうに視線を向ける。


 もう一度低くて太い叫びが響くと、オークたちは震えながら彼に向かってつっこんできた。


(もしかして今のは指揮官か?)


 異種言語スキルを取っていない彼は、オークたちの言葉は理解できない。

 だが、指揮官個体が戦えと命令したのなら、今の状況が理解できる。


(指揮官個体は無理やり従わせるスキルを持っている奴もいるからな)


 すべての個体が持っているとはかぎらないのだが、今回にかぎっては持っていると考えるべきだろう。


 でなければ恐怖に満ちた表情でケントに立ち向かってくるわけがない。


 いろいろ考えを巡らせているうちに、数匹が彼をすり抜けて都市のほうへと進んでいく。


(おっと)


 探知系スキルを発動させ、抜けた数が五匹だと確認したので追いかけないことにする。


 それよりも彼に向かってくる連中を処理するほうが先だ。

 

「忍法──水遁・藍乱水柱の術」


 ケントは水の上級スキルを発動させる。


 自分の周囲に一メートルほどの高さの水の柱を三本作り出し、近づく存在に向かって自動的に水弾を乱射する忍法だ。


 敵味方の区別ができないため味方が近くにいる時は使えないのだが、今のような状況だとかなり便利な術である。


(これを食らったらシロも即死だろうから、あいつがいる時に実験するわけにはいかないしな)

 

 とケントは思う。


 本当ならこの世界でも無差別攻撃なのかどうかたしかめたいのだが、リスクが高い。


「さてと」


 彼はあえて声に出す。

 敵の数は百を下回ったので、そろそろ指揮官個体を探そうと思う。


 彼は水柱を展開させたまま前進する。

 無差別攻撃をする水柱も使い手本人だけは攻撃しない。


 百を切ったところでオークたちの突進は止まってしまった。


 低くて太い例の号令も聞こえてこないところをみると、ただオークを突っ込ませてもケントには無駄だと、ようやく理解したのだろうか。


(あるいは他の奴らに突っ込ませている間に、自分だけは逃げたのか?)


 彼が知っているオークの性格だと大いにあり得そうだ。

 

「だとしたら追いかけたほうがいいか」


 三千ものオークを統率して大都市への侵攻を狙った個体を放置していては、都市の安全に関わる。


(それに気がかりなこともある)


 まだ軽い違和感程度が、たしかめておいたほうがいいとケントの勘は言っていた。


 外れることも多いのだが、念のためという気分である。

 生き残ったオークは完全に怖気づいて散り散りになって逃げだす。


(あいつらはレベル15以下だし、狼も持ってないからいいか)


 あとで削れるなら削っておこうと思いながら、ケントは地を蹴ってまっすぐに駆けだした。


 途中で追いついたオークは風遁・風刃の術というスキルで首を切断する。

 射程距離はせいぜい五メートルほどなので、届かない個体もいた。


「《天網恢恢》」


 もう一度探知系スキルを発動させると、右斜め前に遠ざかっていく反応がある。


 他のものとは違い一直線ではなく、ジグザグに動いていることを彼は不審に思った。


「《疾風迅雷》」


 移動系スキルを彼は発動させる。


《一日千里》が長距離移動用のスキルなら、《疾風迅雷》は短距離移動用のスキルだ。


 効果の持続期間は数分程度だが、速度は何倍も跳ね上がる。

 目と鼻の距離だと瞬間移動と錯覚するほどだ。


 おかげで他のオークと違って漆黒の皮膚を持ち、他の狼よりも二回り大きい白狼に乗った個体に追いつく。


 ケントはふと思いつき、彼らの正面に回り込んだ。


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