やりすぎたがもう遅い
「忍法──風遁・嵐車の術!」
ケントは風の上級忍法を発動させた。
風車の術の上位スキルであり、より威力の高い風をより広い範囲で生み出す。
生み出した風の鋭い刃は螺旋を描くようにオークたちに襲い掛かり、その首や両腕を切り落としていく。
無数の血しぶきが舞い、オークたちは獣じみた悲鳴や苦悶の声をあげる。
「オークの血も赤いんだな」
とケントはつぶやいた。
多勢に無勢という状況で、大量の血が舞っている様を直視したのに、だ。
(……俺ってグロやスプラッタに、耐性なんてなかったはずだが?)
この時になってようやく彼は自身の精神に疑問と違和感を抱く。
だが、オークたちは止まってはくれない。
先ほどの一撃で仕留めたのはせいぜい百くらいで、残りの者たちは数の利で勝てると思ったのか、彼を目指して猛然と突っ込んで来る。
(恐怖や威圧のスキルって、こういう時に便利だったんだな)
ふとケントの脳裏にひらめいたのは、忍者系職業では取得できないとあるスキル群のことだった。
必要を感じたことがなかったので気にもしなかったのだが、自分よりレベルの低い集団を短時間でも硬直させられるのは、こういった状況ではきっと重宝する。
「まあいい。ないものねだりしても仕方ない」
ケントは息を一つ吐いて思考を切り替えた。
「忍法──火遁・火貴津幡多」
続いて火属性の忍法を放つ。
火の花びらを弾丸のように、円状に撃ち出す上級スキルだ。
出現した火の花びらの数はゆうに百を超え、ケントに殺到していたオークの胸や頭部を撃ち抜いた。
弾丸は撃ち抜いたオークの体を燃やしながら、弾速が衰えることなくさらに後ろのオークの肉体をも貫いていく。
彼にとって火貴津幡多が便利で、敵にとっておそろしいのは貫通した対象を燃やしながら減速せずに飛び続けるという点だ。
(たしか燃やすのは発火特性、飛び続けるのは貫通特性だったかな)
これが上級に属しているのはゲームの時だと不思議に思わなかったが、こうして現実で見てみるとバランス調整ミスではないだろうか。
今回のように数が多くてお互いが密集した位置にいる集団相手に使うと、被害が大きく加速していた。
オークは火属性への耐性を持たないため、上級スキルの効果で焼けば一気に燃え上がる。
(だから使ったんだけど、なあ?)
死体が火柱に変われば、後続のオークたちへの障害物になることをケントは期待したのだった。
……目に広がっているのは想定を超えた光景である。
オークたちは次々に悲鳴をあげて倒れ絶命し、死体が燃えていて、その数はおそらく千に迫ろうとしていた。
「発火特性で燃えたものは俺の意志じゃ消せないんだよな」
忍法であればケントの意志で自由に消せるのだが、目の前に広がる火の群れは忍法の副産物で生まれたものである。
だから彼の意志では自由にならないのだった。
火貴津幡多一回だけでは漏れはあったのが、引き起こされた惨劇に生きているオークたちは驚いて止まっている。
彼らの乗り物にされていたオークウルフにいたっては、おびえて後ずさりもはじめていた。
「とりあえずやりすぎたみたいだが、もう遅いよな」
と言いながら彼は生き残っているオークたちをにらむ。
おそらく千五百くらいだろう。
たったのスキル二回で味方の大群を半壊させたケントに、さしものオークも警戒心と恐怖を呼び覚まされたようで、突進が止まっている。
「俺一人で全部やらなくてもいいんだが……まあ逃がすよりは全滅させるほうがいいだろ」
本来はヒューマンに対して無害なモンスターなら、逃げるのを追いかける必要はないとケントは思うのだが、オークは違う。
ヒューマンを襲って殺し、手荷物は奪い、女子供は拉致する相容れない種族だ。
倒せるなら一匹でも多く倒したほうがよい。




