提案
「うん、美味い」
というのがケントの率直な感想だった。
(魚は日本産以外も美味いと知っているつもりだったが)
塩がなくても、かわりに使われたらしい香草がいい感じにアクセントになっている。
ケントが美味そうに魚や野菜を食べる姿を見て、レキが目を丸くした。
「意外だな。魚や野菜なんて貧乏人の料理なんだが」
「そうなのか?」
ケントは首をひねる。
彼の故郷では野菜を食べることが推奨されていたし、魚は普通にごちそう扱いだった……種類にもよるが。
「美味しいよ?」
彼の隣でシロも幸福そうな顔をしつつ首をかしげた。
「ああ、あんたらの故郷はまた違うのか? 川でとれる魚や育てるのにそんなに苦労しない野菜は、平民向け。金がかかる肉なんかは富裕層向けの飯だな」
レキはすこし複雑そうな顔で説明する。
料理人として、使える食材に制限があるのが悔しいのだろうか。
と考えつつケントはとりあえずうなずいておく。
「そうなんだな。あんまりそういうの気にしたことがなくてな」
こっちの世界の食糧事情がどうなっているのか、今まで考えが回っていなかったのは事実だ。
「ヒューマン、大変ですねー」
と他人事な言い方をしたのはシロである。
この世界の強者である彼女は、獲物をとるのに苦労したことがないのだろう。
「はは、あんたらは好きな時に好きなだけ肉を食えそうだな」
レキは苦笑する。
彼らは弱者の現状や気持ちが理解できない圧倒的な猛者の典型だが、不思議と腹が立たなかった。
「親から受け継いだだけの財産や権力で威張っている、あいつらとはわけが違うからかもしれないな」
とレキは小声でつぶやく。
ケントは《忍神》の聴力のおかげでばっちり聞こえたが、聞こえなかったふりをよそおう。
(世襲制の金持ちや権力者でもいるのかな)
と内心推測する。
ヒューマン、人間が社会を作るとどこも似たような状況になってしまうのだろうか、と勘繰りたくなったが自重した。
「ところで聞きたいことがあるんだが」
食べ終えたところでケントはレキに話しかける。
「何だい?」
「旅のコックと聞いたんだが、この村でしばらく過ごすつもりなのか?」
ケントはずばり切り込んだ。
「いや、違うよ。この辺に珍しい食材があればと思ったんだが……大きな声じゃ言えないが、外れだったな」
レキは声量を落として答える。
「珍しい食材、まだ無名の美味い食材を探してるんだが、なかなか見つからなくてなぁ。そりゃ簡単に見つかるなら誰も苦労しないわけだが」
途中から愚痴っぽくなり、さらにそんな自分をたしなめているような言い方に変化した。
「そうなのか。特に目的がないならちょうどいい」
「え?」
ケントの言葉にレキはきょとんとする。
「俺たちも特に目的はないからな。よかったら一緒に旅をしないか?」
そんな料理人にケントは提案をした。
「お前らと一緒に?」
「戦闘が得意というわけじゃないなら、悪い話じゃないと思うんだが」
聞き返してきたレキに、ケントは売り込みをする。
「そりゃ俺はありがたいが、お前らにメリットなんてないだろう?」
レキはケントの狙いを知りたいらしく、探るような視線で彼の顔をひと撫でした。
「俺たちはこの辺に来たばかりで、大して情報を持っていないからいろいろと教えてもらいたい。あとは美味い飯を食いたい」
ケントは正直に自分の考えを話す。
「俺とシロはモンスターや獣を狩れるが、美味い料理にすることができなくてな。コックがいるなら、その点を解決できるじゃないか」
「それは名案ですね! この人の料理、美味しかったですし!」
彼の狙いを知ったシロは、顔を輝かせて賛成する。
食いしん坊な彼女なら賛成するだろうという、ケントの読み通りだった。




