鳥
海が広がっている。
背後に浮かぶ太陽から注ぐ眩しい光を受け止めた水面が、波打つ隙間に陽光を反射させながらきらきらと輝いていた。
その中に、白い点が三つ。いや、五つほどある。
一つは北極星のように動かず漂い続けていて、他の白はゆっくりとそれぞれの方向に向かっている。
穏やかな海。それを視界一面に収めるほど俯瞰できる高い空に、瑞々しい羽根音が二回程、波打った。
普通の鳥なら、ここまでは上がらない。
空気が薄く、餌もない超高度の空間。水平に浮かぶ空は白んでいて、雲が賑やかすように素早く流れる。遠くを見れば地平に大陸の姿が見え、上を見れば地上から仰ぐよりも真っ青な深海が、黒々とした蒼を称えて息を潜めている。
そんな景色を収めた瞳は、一度息を吸うと、すぐにもう一度羽根を上下した。
ばさり、と、音が響く。
そして次の瞬間には、一羽の鳥がその深海から姿を消した。
急激な落下。翼をたたみこんで、白光の弾丸のように駆けていく。
重力にせがまれたからではない。自らの意思で飛び込んで、空気を求める魚より早く、喚く風さえも追い越して、空を切り裂き突進する。
音は、既に後からついてきた。
くすんだような黄色い嘴が、鋭利な刃物と化して大気に切り込んでいく。後に続く、純白の体。瞳に意志と誇りを宿した黒い瞳孔は赤く燃えて、海より向こうに広がる何かを確実に睨んでいた。
ヴォン、と、音が轟く。
まるで線を引いたような銀線が垂直に振り下ろされる後に、縋りつく風と音が円を開いて広がっていく。
大陸で羽根を休めている同胞の一部が、敏感に察知してその様子を注視した。
何者も遮らない、限界への飛行。緩やかな波が恐ろしく穏やかに口を広げて衝突を待つ。
余りに身勝手な挑戦は、海をもってしても受け止めきれない。波飛沫が高く上がり、爆発のような衝撃が一羽の鳥へ襲い掛かるのは誰の目にも明らかだった。
が、直前。
鳥は、周囲を包む狂暴な空気の中で捻じるように体を反転させると、見事な曲線を描き、死の直前で衝突を回避した。
鋭利な急上昇。かつ、法則にしたがった綺麗な曲円の軌跡。
ぐわん、と空を目指す白鳥は、誰の目にも映らないほど深い海中へ潜り込むと、以後、もうそのままそれっきり、地上へ戻ることはなかった。