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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
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39:因果応報

 がたがたと揺れる、一本角の生えた獣が引く車の中で、男―――オーフェンは自分の歯を噛みしめ、険しい顔をしていた。


 既に国は遠く、全景が見渡せるような距離まで逃げ果せている。

 暴動が失敗に終わった、捕えられる部下の姿や聞こえなくなってきた発砲音からそう直感した彼は、忌々し気に歯を食い縛り、自身の膝に何度も拳を叩きつける。


「くそっ……役立たずめが! 何奴も此奴も……あの老い耄れも馬鹿息子も、全くもって毛ほども役に立たん! 何のために儂が態々遜っていたと思っている…! くそ!」


 自尊心の高い彼にとって、他者に頭を下げる事は屈辱以外の何物でもない。

 今日この日の為に、自ら動いて周到に用意をすること自体、他者を顎で使って行わせるような生活が基本であった彼にしてみれば、あり得ない状況であった。


「何故だ……何故うまくいかなかった! 計画は完璧だったはずだ! 失敗する要因などなかった筈だ!」


 人の通りが一時的に途絶えた道を、全速力で駆け抜ける車の中で、険しく眉間にしわを寄せる。


 酒も入り、判断能力が衰えた深夜の突然の襲撃。魔術師を殺す為に生み出された凶器を使い、実力者から順に始末していく算段で、実際に多くの学園の術師達を無力化できた。

 観光客などで標的が多くなったものの、殆どが戦闘訓練など積んでいない一般人。無力化した住民と同じく、凶器や人質で脅して首輪でもつければ、以前のように奴隷として使役できるようになる……そういった計画は、順調に進んでいた筈だった。


 だが、そうはならなかった。

 歯向かう多くの亜人を始末し、最大の懸念であった学園理事をも捉えたと報告が上がり、思わず小躍りするほどの安堵を得た矢先。


 部下達が次々に屠られ、狼狽えるばかりであった騎士団や冒険者達が団結し、徐々に勢力を押し返され始めたと聞かされ、オーフェンは間抜けな顔で固まるほどの衝撃を受けたのだった。


「何が……何が原因だ⁉ 何が儂の邪魔をした…! 何処の誰が……いや、もうそんな事はどうでもいい! 一刻も早く、あの碌でもない国から逃げ出さなければ……‼」


 ぶつける場所のない苛立ちと焦燥を、車の中の床や窓に叩きつけ、落ち着こうとするオーフェン。

 御者を務める男が背後から響く震動と音に怯え、鳴る度にびくっと首を竦める事も気にせず、ただ一人逃げ出した男は先の事を考え始める。


「どうすればいい…! 何処へ身を隠せばいい…⁉ どの方角にある隣国も、あの国と同盟を結んだ、あの国とほぼ変わらん中身……行けば儂の身元はすぐに割れて、捕えられる可能性もある……! だったら、山を越えて向こう側へ……いや、その為にはあの森を突っ切らなければ…! あの化け物がうじゃうじゃいる森をだぞ…! 銃もないのに、どうやって…!」


 どうすれば自分が生き延びられるか、いずれ来るであろうラルフィント共和国からの追手を如何に躱し、自分の命を守れるであろうか。それを、オーフェンは劣った自分の脳で必死に思考する。


「そうだ……街道を抜けて海へ! 船乗りに金を掴ませれば、海の向こうの国へ亡命できる! そうだ……いっその事、途中の誰かを儂に成りすまさせるのもいいかもしれん。背格好さえ誤魔化せれば、亜人如きに見破れる事はあるまい…! そうだ、この手で行こう…!」


 思い浮かんだ策を口に出し、オーフェンはにやりと笑みを浮かべる。


 金さえ積めば、物好きな人間以外は容易く頷くに決まっている。

 幸いな事に、負けた、と確信した時には屋敷の中から目ぼしい宝石を持ち出し、事態に狼狽えていた自後半の一人を捕まえ、宝石を掴ませて御者として逃亡の手助けをさせた。


 あれだけの騒ぎがあった後だ、国からの追手が出るのも随分後になっての事だろう。

 追手が足取りを探し始めた頃には、自分は余裕で街道を抜けて海沿いの国に入国、適当な船に乗って、自分も知らない国に旅立っているに違いない。


「く、くくく…! 失敗はしたが……十分な数の亜人共を殺せた。当初の目的とは異なるが、これはこれで満足のいく結果を得られたと言っても過言ではあるまい。ふ、ふはっ…! 儂は本当に運がいい…! 儂は、やはり何か持っているという事なのだろうなぁ…!」


 未だ何も成功していない希望的観測ばかりだが、オーフェンは心底安堵した様子で車の座席に座り直す。

 逃亡に成功したとして、その後をどうするか。現在所持している宝石を全て使い切ってから、または何かの拍子に失ってしまった場合にどうするか。何も考えないまま、男は先の幸福を待ち望む。


「はっ、様を見るがいい! くそったれの亜人共! お前達に死を齎した儂が、悠々と余生を謳歌する様を指を咥えて見届けるがいい! はっはっはっはっはぁ‼」


 悔しがる者、怨嗟の声を吐き散らす者、ただ只管に泣き続ける者。

 惨劇の元凶たる自分が、誰からも裁きを受ける事なく、誰の手も届かない場所へ逃げ去る姿を見て、彼らは一体どんな顔をするだろうか。


 それを対岸の火事のように眺める未来を夢想し、オーフェンが大きな声で哄笑し始め。



 ―――突如、彼の乗る車が大きく揺れ、中にいたオーフェンが車の中を跳ねまわる羽目となる。



「がぁっ⁉ ……く、ぬ…⁉ 何だ…! 何をしているこの屑が…!」


 上下がひっくり返ったオーフェンが、御者に向けて怒りを燃やす。

 せっかく追手が来ないうちに国を離れられるというのに、ただ一度の失態の所為で全てが終わるかもしれない。


 もしその程度の事もできない無能であれば、この場で絞殺してやろう……そう、一人の愚者が車の窓から外を覗いてみると。


「―――お急ぎの所、失礼する……吐き気がする程の醜悪な糞餓鬼よ」


 そう、年齢も性別もわからない、奇妙な響きの声で話しかけてくる、車に乗っていて尚見上げる程の巨体を有する鎧の大男が、街道のど真ん中で立ち塞がっていた。

 全身を漆黒の鎧で隠し、顔は鬼の形をした仮面で覆い、片手に巨大な斧を持ったその者は、仮面のお香から覗く赤い目をぎょろりとオーフェンに向けてくる。


「…⁉ な、何だお前は! どけ! 邪魔だ!」

「いや、なに……命乞い程度は聞いておこうかと思ってな。まぁ、そう構えずに好きに話してくれると助かる」


 ぎょっと目を見開くオーフェンだが、すぐさま我に返って目の前で何やら意味の分からない言葉を吐く大男に罵倒をぶつける。

 先程車が止まったのはこの所為かと内心で納得しながら、自身の逃亡の邪魔をする者に苛立ちを覚え、車の中にいるまま拳を振り上げる。


「何をしている! 邪魔だと言っているだろうが! 儂を誰だと思っている⁉ おい、お前! いいからさっさと出せ! あんな奴、轢き殺してもいい!」


 得体の知れない大男から早く離れたいと、御者に向けても怒号を放つオーフェン。

 しかし、唾を吐き散らしながら喚き散らす彼の声に、御者から返答は返って来なかった。それどころか、聞こえてくるのは反響する自分の声だけで、他の何も聞こえてこないのだ。


「この鈍間め…! 何のために儂が態々金を出したと…―――⁉」


 思わず車から降り、足を踏み鳴らして御者の元へ向かう。

 いつまで獣にその場に留まらせているのか、と御者台を睨みつけるオーフェンだったが、彼の表情はそこで固まる事となる。


 そこには、誰も何もいなかった。

 先ほどまで確かにいた筈の御者も、煩い呼吸音を吐いていた獣も、忽然と姿を消していたのである。


「…あ、あいつは……あいつらは、どこに行った……?」

「ああ、ここにいるぞ」


 辺りを見渡し、御者の姿を探していると、車の進行を妨げていた男がひょいっと何かを掲げてくる。

 気安く話しかけてくる大男に、オーフェンが眉間にしわを寄せ、鋭く睨みつけると―――ぴたりと、男が掲げた御者の顔とオーフェンの視線が真っ直ぐに交わった。


 オーフェンはきょとんと訝し気に目を丸くし、いなくなった御者の―――首から下が失われた、変わり果てた哀れな姿を凝視する。


「……ひぃいいいいい⁉」


 事態をようやく理解し、オーフェンはその場に尻餅をつき、じたばたと後退る。

 腰が抜けたのか、立ち上がる事もできなくなった体で、恐怖に固まった顔で吊り下がる御者の首と、それを持つ鎧の大男から必死に距離を取ろうとする。


「何を驚く……お前達はあの国の住民にこんな仕打ちをしたのだ。同じ目に遭わされても何も文句は言えまい。因果応報というものだ」

「ひっ…ひぃい⁉ な、何っ……なんだ、お前はぁ⁉」

「誰でもいい……()()()()()()()。そして、名乗ったところで何の意味もない」


 ぽいっ、と鎧の大男―――師は持っていた首を放り投げ、オーフェンの足元に落とす。

 すぐ目の前まで転がってくる首を見下ろし、股間にジワリと生温かい染みを広げさせる男を見下ろし、師は仮面の奥の目を細める。


「お前の如き小物、捨て置いてもよかったのだが……お前には一応()()があるからな、逃がすわけにはいかんのだ」

「わ、儂が…! 儂が一体何をしたというのだ⁉ 汚い亜人共を掃除しようとしただけで……責められる謂れはない! むしろ、儂のした事は感謝されるべき行いのはずだ! お、お前達が間違っているのだ!」


 ぎろり、と血のように真っ赤に燃える目から凄まじい殺気を受け、それでもないオーフェンは自身の行いに対し反省の色を見せない。

 自身がどれほど残酷で、醜い行為なのか……そして何より、それがどれだけ目の前にいる男の琴線に触れる行為なのかを知らぬまま、次第にオーフェンは鼻息荒く怒りを露わにし始める。


「そうだ…! 儂は世界を浄化するために戦っていたのだ…! 獣と交わって産まれた汚らわしい種族を根絶し、信にこの世の支配者たる我々の権威を取り戻す為に! これは正義の行いだ! 20年前のあの事件からすべてが狂い始めたのだ! 全て……全てお前達が悪いのだ! 儂は何も悪くない!」


 師の目が、確かに呆れを孕んでいく事にも気づかないまま、愚者は自分勝手な持論を聞いてもいないのにべらべらと語り出す。


 …師が手にした巨大な斧から、ぎしぎしと軋む音が鳴っている事にも気づかないまま。


「そんな崇高な目的を邪魔しおって…! 貴様! 何様のつもりだ!」

「……何者、か。さて、己はなんと名乗ればいいのであろうな」


 ゆらり、と。

 師の周囲に黒い靄のような何かが纏わりつく。


 煙のように形を持たず、星のない夜空のように昏く、深い穴の底のように暗い、この世の物質とはとても思えない悍ましい何か。

 それが徐々に、オーフェンの元にまで広がり、彼の全身を包み、穴という穴から浸み込んでいく。


「此の世界に落とされ、碌でもない魔術などというものを作り出し、こんな呪われた身体に封じ込められて……あの餓鬼は己を化け物などと呼んだが、果たして化け物などという括りに当て嵌まるのやら。…まぁ、お前はその化け物ともわからん者の弟子に手を出したわけだがな」

「ひっ……⁉︎」

「復讐など、敵討ちなど何の意味も持たぬ行いである事はわかっている……が、何もせぬまま見逃す理由にはならんのでな」


 謎の物質に体を侵され、体の真から冷えていくような感覚に陥る中、オーフェンは再度仮面の大男を見上げ悲鳴を漏らす。


 異形の顔を持ち、底の見えない謎の力を見せつける術師。

 それらの特徴が、限りなく完全に近い形で一致する人物の事が脳裏に浮かび、愚者は愕然と目を目を見開き凍りつく。


「まさか……まさか! お前は……⁉︎」


 幼き頃に読んだ、遥か昔に起きた事実とされる神話の一節が記憶の奥底から蘇る。


 ――其の者こそ、この世の全てに於ける始まりの人物。

 神の御技に等しき術を生み出し人々に教え導き、文明を発展させし始祖となった男。


 何処から現れたのかも、何時から現れたのかも、誰一人由来を知らぬ謎多き者。


 今もなおこの世に留まり、自身が教え導いた人々の子孫を見張っていると謳われる、其の者の名こそ―――。



「―――創世の……賢者‼」



 目の前の男の正体に気づいたオーフェンがそう声を漏らした瞬間。


 ざぐんっ!と、師が音もなく振り下ろした斧の刃によって、オーフェンの脳天から股までが真っ二つに叩き斬られる。

 視界が真っ二つに断たれた彼はやがて白目を剥き、断末魔の声を上げる事も許されないまま、ぐらりとと左右それぞれで地面に倒れた。


「―――二度と、そのふざけた名で呼ぶなよ……糞餓鬼。己を賢者と呼ぶ事は、他の何よりも腹が立つ侮辱だと覚えておけ」


 爛々と、怒りに燃える目を朝靄の中で輝かせ、師は血に濡れた斧を肩に担ぐ。

 物言わぬ骸となった、彼がこれまで直接的にも間接的にも手にかけてきた犠牲者達と似た末路を辿った男を、冷たい目で見下ろす。


「我らは此の世界にとって毒……己が生み出した魔術()は人界に過剰な発展を齎し、身に余る力を持たせ、人心を狂わせる猛毒であった。だからこそ、あの糞餓鬼ができあがってしまったわけだ」


 斧を黒い靄の中に収め、師は―――賢者は自嘲気味に視線を虚空へとやる。

 14年前から抱き続ける、ある覚悟を胸に宿して。

 


 ―――故に己は……この世を見張り続ける。

 あの糞餓鬼の遺物を尽く消し去るまで、同じ穴の狢を滅ぼすまで、己はこの腐敗した体を引き摺り、果てのない旅を続ける。


 せめて、あの馬鹿弟子が何の柵もない中で生きていけるように……。

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