34:彼らに平等な結末を
「な、何だお前は⁉」
現れた黒衣の大男を前に、我に返った暴漢達が立ち上がり、銃口を突き付けて後退る。
穢す寸前のシェラを放置し、明確な敵意をあらわにする謎の大男を困惑と苛立ちを混ぜた顔で睨みつける。
「外の連中は何やってんだ⁉ こっちはお楽しみの最中だったってのに…!」
「う、動くんじゃねぇぞ…! 動いたら殺すからな!」
いつでも引き金を引けるよう、狙いをつける男達。
しかし、突然の乱入者の容姿があまりにも異様だったため、すぐに撃つ事ができず、躊躇いを覚える。
室内が一気に緊迫した空気に替わる中、逸物を取り出そうとしていたコバヤカワがばたばたと男達の後ろに回り、引き攣った顔を向けた。
「お、お前…! 何でいるんだよ⁉ ここには来ないって言ってたじゃねぇかよ!」
「…あなたは」
アレフも彼らと同じく驚愕の表情で棒立ちになり、黒衣の大男……師を凝視する。
彼が浮かべているのは、よもやこの場に彼が現れるとは思わなかった、とでもいうような意外そうな表情だった。
騒がしくなる部屋にゆっくりと入り、師はぎろりと鋭い目で室内を見渡していく。
「……何度見ても、吐き気がするほどに醜悪な有様よ。過ぎた玩具で着飾って、自分が優れた存在になったつもりか。これだから関わるのも嫌なんだ……」
「な、何だお前! 何を言って―――」
無言で見つめられ、再び口を開いたと思えば、蔑みの言葉が吐き出された事で、戸惑うばかりであった暴漢達の怒りが再燃する。
凶器を向けられていてなお、怯える様子も身構える事もない大男に、舐められていると確信した一人が感情のままに引き金を引こうとして。
次の瞬間、ぱんっ!と。
男の上半身が風船のように膨れ、破裂し、無数の破片となって部屋中に飛び散った。
びちゃびちゃと宙を飛び、壁や床、天井にも塗りたくられていく赤い肉片と血。
それらは同胞の男達にも付着し、彼の隣に立っていた二人はそれぞれ右半身と左半身が真っ赤に染まる。
「ぅ……うぁ、うわあああああ⁉」
「ひぃいいい⁉」
同胞の血を浴びた男達は、情けない悲鳴をあげて後退り、次いで師に恐怖の視線を向ける。
本能的なものか、それとも微かに理性が残っていたのか、無言で見下ろしてくる師に向けて咄嗟に銃口を構え直す二人。
だが、男達は何故かいきなり銃口を上げ、自分の下顎に突き付け、そのまま引き金を引き、自らの脳を貫かせてしまった。
「ぎゃああああ⁉」
「動くな、それはこちらの台詞……己はお前達を殺すと言った筈だ」
脳の破片が飛び散る中、惨状を目の当たりにしたコバヤカワが腰を抜かし、その場にへたり込む。
残った男達も、突然同胞を襲った惨劇に目を見開き、詩を凝視したまま距離を取り出す。
どよめきと小さな悲鳴が響く中、横たわったシェラだけが冷静な表情で、血塗れの顔を動かして暴漢達を見やる。その顔は、少しだけ彼らへの同情が浮かんでいた。
「糞餓鬼共めが。喧騒が嫌いな己の神経をどこまで逆撫ですれば気が済む。耳元で鬱陶しく飛び回る蠅が、何時までも潰されぬ保証があるものか……何処までも愚かな屑共め」
男達を順々に睨んだまま、指一本動かしていない師が、そう彼らに告げる。
すると師は鎧を鳴らして歩き出し、一人の男に指を突き出す。鋭い爪が備わった指は容易く男の眉間を貫き、悲鳴をあげる男の脳にまで達する。
直後、脳を貫かれた男の顔がぶくぶくと膨れ、原型を留めなくなると、先程と同じく風船のように破裂してしまった。
「あぎゃっ―――」
「お前達は何時もそうだ……己を苛立たせる、怒らせる、憎ませる。自ら破滅を望むか? ならば一切の抵抗なく死ぬがいい。己が責任を持って滅ぼしてくれる」
「た、助け―――ぐべっ⁉」
一人、また一人と凶器を持った男達が、銃弾を師に浴びせる事もできずに、文字通り潰れていく。
室内には血の臭いが充満し、上品に整えられた調度品が見るも無残な姿に変えられていく。そんな様にシェラは諦めたようにため息を吐くばかりだった。
「……きっとこうなるだろうと思ったから、暴動なんて起こさせたくなかったのですけどね」
シェラのすぐ傍では、惨状に怯えたコバヤカワが頭を抱えて伏しており、引き攣った顔で身を震わせていた。
目の前に転がってくる眼球、血飛沫。人型をしていたはずの破片が落ちてきて、自分もやがてこうなるのかという恐怖に支配されていく。
「ひっ、ひぃぃ…! な、何だよ……こいつ、何なんだよ!」
「この世で最も怒らせてはならないお方ですよ、馬鹿な人……」
悲鳴を漏らし、股間からも生温かい液体を漏らす青年に告げ、鼻に刺さる臭いに顔をしかめるシェラ。
彼女の視線の先では、自分と青年、そして窓際に立ったままのかつての愚王の弟だけが生き残っていて、それ以外に息をしている者は一人もいなくなっていた。
「…流石、というべきでしょうか。よもやこうも手も足も出せないとは思いも寄りませんでしたがね。この調子では……外の者達は皆、全滅している事でしょう。いやはや、本当に恐ろしいお方だ」
拍手でもしそうな雰囲気で、うっすらと口元に笑みを浮かべて話しかける元王弟。
自分を守るべき兵士を全て奪われ、何の盾も壁もなくなってしまった彼だが、その顔に焦りは微塵も現れていない。
ぐちゃ、と縄のように垂れた臓器を踏み潰していた師も、彼の態度に訝しげに目を細める。
「そういう割には……然して混乱していないようだがな。兵も肉壁もすべて失っているというのに」
「勿論ですよ。なんせ―――」
師の問いに、アレフはにこりと口角を上げ、上機嫌に語り出す。
その目に、思わずぞっとするような狂気を湛えて。
「―――この国の者、全員が死んでくれればそれでいいのですから」
何の躊躇いもなく、平然とそう語る暴動の主導者。
冗談でも妄言でもない、心の底からそうなってほしいと願う、そんな態度であった。
シェラも思わずはっと息を呑み、にこにこと笑ったままの男を凝視し、顔から血の気を引かせる。
コバヤカワに至っては、彼がそう語った事が信じられない様子で、何度も目を瞬かせて自分の耳をウが立っている。だがやがて、それが聞き間違いでない事を知り、愕然とした様子で固まる。
「王国の復興だの、奴隷制度の復活だの……そういった事は望んでいないという事でいいのか」
「ええ、そんな事をしても無駄ですからね」
その場の全員が、空気が凍りついたかのような錯覚に陥る中、師だけがそのままの様子で続きを促す。
二人から唖然とした視線が送られてきてもまるで気にせず、ただ一人だけ愉しげに、身の毛もよだつ言葉を吐き続けた。
「私はね……許せないんですよ。ついこの間まで亜人を飼っていた者が、人権だ自由だと言って友人面をしているような事が。奴隷として何人も使い潰していた者が、仲良く暮らそうなんて言っている事が」
窓の外から見える景色、街中で起こる殺戮。
彼に導かれた多くの暴漢達が、今度は盾を手にした街の住民達に追い回され、蹴散らされていく姿がよく見える。
立ち向かう人々は、猿人や他の人種も多数見受けられる。凶悪な武器を手にした者達に抗う為、一致団結して事態の終結を目指している、常人が見聞きすれば感動的に思える場面。
アレフはそれらを、心の底から嫌悪した目で眺めていた。下らないものだと、心底蔑んで見ていた。
「おかしいじゃないですか。彼らを蔑んでいた事で罰せられるなら、あそこにいる男も、あそこにいる女も、みんな同罪の筈なんですよ。だって人に見えない所で、亜人を虐めていたんですからね」
「っ…!」
「どうしてですか? どうして彼らは裁かれなかったのですか? 同類の筈なのに、どうして彼らは罪を免れ、のうのうと生きているのですか? ……理不尽じゃないか」
シェラが息を詰まらせ、身を震わせる姿を横目に、アレフは師に疑問をぶつける。
彼は、身内を無惨に殺された事で狂ったわけではなかった。
罪を問われ、見せしめとして処刑される事を免れた彼は、泥水を啜りながら身を隠す生活の中で、何不自由なく暮らす同類の姿を見てしまった。
最近まで蔑んでいた者達への本心を隠し、外面を繕って恩恵にあやかっている者。
そんな彼らを見て、数々の暴虐の限りを尽くして憎まれた王族の最期の生き残りである彼は、壊れてしまったのだ。
「あ…あんた何言って
「だから私は……全部壊す事にしたんですよ。人間も亜人も、街も国も。全てに平等に死を齎す事に決めたのです」
くすくすと、アレフの口から愉快そうな笑い声が漏れ出す。
険しい顔で、必死に起き上がろうとするシェラや、口を挟もうとしたコバヤカワを完全にいない者のように扱い、狂気の笑い声をあげる。
最早誰も声を発する事ができなかった。
悪魔のような所業を何度も見てきたシェラも、悪魔の所業に加担したコバヤカワでさえも、目の前にいる人の姿をした怪物の言葉により、凍りついたように動けなくなってしまっていた。
「だから邪魔をしないでください。狂ったこの国を救う為に、私はまだやらねばならぬ事があるのです。……ああ、そうだ。貴方もご一緒しませんか? あなたはただ好きに暴れてくださればいいのです。目の前にある全ての命を、一切選ばず根刮ぎ刈り取ってくださればいいのです…もちろん私も。誰よりも人間を嫌い、憎むあなたの御心の赴くままに全ての命に終わりを
満面の笑みを浮かべ、師に手を差し伸べるアレフ。
自らの終わりすらも望む彼の誘いに、身動きの取れないシェラはただ呆然と、コバヤカワは全身を震わせ涙をこぼす。
師はただ無言でアレフの手を見下ろし、やがておもむろに自らの手を上げて。
「―――どうでもいいわ」
突如、手の中に現れた一振りの巨大な戦斧を握りしめ、縦一文字に振り下ろす。
成人猿人男性の身長を軽く超える斧の一撃は、狂人の肉と骨を容易く断ち、切り株のようにしてみせた。
「ぐああああああああ⁉」
「…己は正義の味方などではない。お前の復讐にも興味はなく、この国が如何なろうとどうでもいい。ただ……煩い虫を排除しようと思ったの事」
一瞬、目を見開いて固まっていたアレフは、勢いよく吹き出す鮮血に我に返り、目を血走らせながら悲鳴をあげる。
彼の目の前で、師はごん、と戦斧の石突きを床に突き立て、気怠げに告げる。
目の前で喚き、傷口を抑えて後退る狂人を赤く光る血の色の目で無感情に見下ろし、抑揚のない口調で吐き捨てる。
本心から、国一つがどうなろうと関係がないと宣う大男に、コバヤカワがアレフに向けていたもの以上の戦慄の目を見せるが、師は振り向きもしなかった。
「だが、一つだけ確かめておきたい事があってな……望み通り殺すつもりだが、それはお前から色々と聞き出してからだ。手足のもう一本は覚悟しておく事だな」
爛々と血の色の目を輝かせ、再び戦斧を握り掲げる。
狙いは、よろよろと覚束なくなっているアレフの片脚。一本でも断っておけば、逃げる事など早々できなくなるだろう。
しかし、師が宣言通り刃を振り下ろそうとしたその時、苦悶の声を上げていた筈のアレフが、にやりと意味深に笑った。
「ふ…! 残念ですねぇ……ここで頷いていれば、少なくともこの国と心中する事は避けられたでしょうに!」
「…お前、何をするつもりだ」
「後悔するがいい…! この国はあと数分で終わる……その決断をしたのは貴方だという事を、とくと噛みしめながら死んでください!」
師を睨んだまま、ゆっくりと後ずさっていくアレフ。ぽたぽたと垂れる血の量は夥しく、早急に止血しなければ命に関わる量となっている。
だがアレフは足を止める事なく、その上脂汗をかきながらも凄まじい形相で嗤ったまま、ゆっくりと後ろに体を傾けていく。
すると、背後にしていた窓辺にアレフの体が倒れ込んだ途端、壁の一部が回転し男の体を飲み込んでみせた。
「⁉︎ 仕掛け通路……こんな所にもあったのですか」
シェラが目を見開き、険しく顔を歪める。
毎日その箇所のすぐ前にいて、調べられる機会はいくらでもあった筈なのに、全く気づけなかった自身に悔しさを覚える。
自身の不甲斐なさを嘆くシェラをよそに、師は暗く、遥か下へと続く通路を覗き込み、仮面の奥で目を細めていた。
「心中、か……確かに、それは御免だな」
小さく呟いた師は、しばらくの間何事か考え込むと、面倒臭そうに肩を落とす。
膝に手を置き、力を込めて立ち上がった仮面の大男は、不意に踵を返すと扉に向かって歩き出す。
その途中、身に纏う外套を脱ぎ、あられもない姿に変えられたままのシェラの頭の上にばさりと被せた。
「使え……暫く貸しておいてやる」
「…お気遣い、ありがとうございます」
いつの間にか、自身の手足を拘束していた縄が断ち切られている事に気付き、外套を受け取り胸元を隠すように羽織る。
座り込んだまま、無言でその場を後にしようとしている師を見上げ、シェラは案じる眼差しを向けて問いかける。
「どうするおつもりで…?」
「あの糞餓鬼、何をするつもりかは知らんが……この国には今、馬鹿弟子もいる。放置するのは寝覚めが悪い……奴の計画毎潰してくる。お前はその前に、何処ぞにでも避難しているがいい」
ぶっきらぼうに答え、鎧姿で歩き出す師。
自身にかけられた外套を握り、その温もりに浸りながら、シェラはやがてふっと微笑みを浮かべる。
「……やはり、お優しい方ですよね、先生」
「黙れ。疾く去れ、馬鹿弟子」
安堵のため息をつくシェラに鋭く吐き捨て、師はずしずしと思い足音を立てて歩く。
扉に向かい、弟子と無数の亡骸を後にして、師が部屋を後にしようとした時。
「……ああ、そうだ。忘れる所だったな」
ふと、師の足が止まり、思い出したとばかりに再び踵を返す。
部屋に戻り、恥肉を踏み潰して戻ってきた仮面の大男が向かう先では。
「ぇ、あ…? お、おい待てよ……嘘だろ、待ってくれよ、おい…!」
―――銃を置き、そろそろとその場を離れようとしていた青年が、近づいてくる巨体にびくっと体を震わせる姿があった。
「さ、さっきの彼奴の言葉聞いただろ? 俺、騙されてたんだよ……ほ、ほんとに、あいつがあんな事考えてただなんて知らなかったんだよ。なぁ、わかるだろ? 俺、被害者なんだよ……乗せられてあんな事しちまったんだよ…!」
巨大な戦斧を手に、近づいてくる大男に、ずりずりと尻餅をついたまま後退るコバヤカワに迫る。
凶器を放り捨てた青年は、股間を生暖かく濡らしたまま、目尻に涙をためて懇願を始める。恥も何もかも捨て、無敵だと思い込んでいた武器の全てを無視する師を前に命乞いを図る。
手遅れだなどとは微塵も考えず、必死に謝れば許してくれるという甘い考えに浸り、恐怖で震えながら喚き散らしていた。
「だから…だから……! や、やめろ! やめてくれ! 俺は、俺はまだ死にたくな―――」
「それが、己に何の関係がある」
必死の形相で叫ぶコバヤカワに、師は全く取り合う気配すら見せず。
シェラは極僅かに同情の目を向けつつも、彼を助けにいくそぶりは微塵も見せる事がなく、そのまま痛々しそうに目が背けられ。
そして、師の無慈悲な一撃が脳天に炸裂し、辺りに汚い血の華が咲き乱れた。




