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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
34/42

33:狂い、堕ちた男

 小早川慎二という男にとって、異世界というものは憧れだった。


 口煩い親や自分を虐める生徒、鬱陶しい存在の全てがいない、まったく法則の異なる世界。

 自分の思うように、都合のいいように世界が動く日々を送り。

 何の柵にも左右されず、元の世界にはないもの……魔法などを手に入れ、邪魔な者を片っ端から排除して、一生そこで暮らしていたいと常々思っていた。


 そして物語の主人公のように栄光を掴み、多くの見目麗しい美姫を傍に侍らせ、これ以上ない幸福を享受したかった。



 だが、そうはならなかった。

 転移していきなり深い森の中に迷い込み、人影を探して森中を歩き回って、挙句巨大な猛獣に追い回される羽目になり。


 最後は、喰われる寸前に現れた鎧と仮面の大男に拾われ、騎士なんてものになっている大嫌いだった教師の下に連れていかれ、共に生活する事を強要された。

 汚らしい宿舎に放り込まれ、地味な仕事に就く事を求められ、拒否すれば懇々と説教をされた。


 せっかく現実から逃げきれたという喜びから突き落とされ、慎二は屈辱で毎日苛立ちを抱え続けた。

 全てが自分の思う通りに動かず、理想とは真逆に様々な柵を押し付けてくる。少し失敗したり、疲れたから休もうと思えば濁流のような勢いで叱責と罵倒が飛んできた。


 いつしか慎二は、この世界そのものに対して憎しみを覚えるようになった。

 自分とは違い、楽しそうに街中を歩く親子。独り身の自分を嘲笑うように仲睦まじげな様を見せる夫婦。何の出会いの経験もない自分を見下すかのように、頬を染めて戯れる若い男女。


 この世界に住む全ての人間が、彼には疎ましく、憎たらしくなっていった。

 自分が手に入れられなかったものを持っている者達を見て、嫉妬と羨望がごちゃまぜになっていく。数日前とは別の職場の上司に怒鳴られながら、喚き散らしても貼れないほどの量の苛立ちを、腹の底に溜め込んでいた。


 そしてやがて、我慢の限界に達した慎二は、元教師にして現保護責任者をこれでもかと罵倒し、住まいを飛び出した。

 後の事など何も考えず、感情の赴くままに叫び、吠え、街を飛び出した。


 そして宛てもなく、帰る場所もないまま国中を彷徨った慎二は、ある時運命の出会いを果たした―――自分の存在を肯定してくれる、長年追い求めてきたその男に。


 その後、数年の苦節を越え、毎年鬱陶しく思っていた祭りを台無しにし、国を占拠したその夜、慎二はこの場所へ姿を晒したのだった。




「……その顔、見覚えがありますね。以前、近藤騎士団長の元で保護されていた少年が、あなたのような方だったと」

「ああ、それで間違いないよ……俺がシンジ・コバヤカワだ」


 鋭い目で、吹雪のように冷たい視線に射抜かれるも、全く気にする様子を見せず、慎二が自慢げに嗤う。

 異なる世界の学生服を身に纏い、左右を銃を持った男達に護衛されるように囲まれ、まるで王でも気取るような態度を見せている彼に、シェラは険しい表情で目を細める。


「労働が嫌になり、逃げ出したと聞きましたが……本当のようですね。こんな碌でもない方々と一緒にいるとは思いもしませんでしたが」

「こいつ…!」

「逃げるに決まってんだろ! 何で俺があんな爺の言う事、聞かなきゃならねぇんだ! モブのくせして、俺が何しようと自由だろうが! 保護者なんて気取りやがって……欲しくねぇんだよそんなもん、ふざけんな!」


 皮肉を吐くシェラに目を吊り上げ、銃口を向けかける一人の男。

 しかし、彼の怒りを遮り、コバヤカワが凄まじい勢いで怒号を放ち始める。


 生活を保障してもらった恩など微塵も感じていない、近くに寄られる事が屈辱的で堪らなかったという様子の悪態を吐きまくる。

 流石に、彼のその剣幕に、護衛の男達も唖然とした目を向けていた。


「あの鬱陶しい糞爺の所為で、俺の異世界生活は最悪だったよ……殺して正解だったよ! あの裏切られるなんて思ってないみたいな間抜け面、見てて清々したよ! はっ‼」

「殺した? ……コンドウ騎士団長を?」

「ああ、そうだよ! あんな俺の人生の邪魔をする野郎、死んで当然なんだよ! ざまぁみろ!」


 シェラは息を呑み、苛立ちも忘れて青年を凝視する。


 他者をまるで塵屑のように考え、躊躇いなく踏み潰す腐った性根。恩義ある相手に罵倒を重ね、その命まで奪う蛮行。挙句、世の中が自身の思い通りに動かない事に対して抱く、身勝手な不満。

 これは本当に、()()()と同じ世界から来た人間なのだろうか、とシェラは本気でそう疑ってしまう。


 呆然と青年を見上げ、しかしシェラはやがて、諦めた様子で目を逸らす。

 自分が何を想っても、何を口にしようと最早意味はない。ここまで道を踏み外した人間にかける言葉など、数百年の時を生きるシェラにも全く心当たりがなかった。


「……この方達に兵器の製法を伝えたのは、あなたですね」

「それも正解……スゲェだろこれ。こんな事もあろうかとって、あっちでずっと勉強してたんだ。現代兵器チートは男のロマンだからな! 夢が一つ叶ったんだ! 最っ高の気分だぜ!」


 悪魔のように顔を醜く歪め、コバヤカワは肩から下げた銃を持って見せつける。

 この世界ではあまりに見る事がない武器に、左右を守る護衛達。それらこそが、彼がこの騒動において、特別な立場にいる事を……凶器を作り出した張本人である事を示している。


「アレフさんだけだぜ…! 俺の価値に気付いてたのは! しかもこうして、糞みたいに鬱陶しい奴らを皆殺しにさせてもらえるってんだ! ついて行かねぇ方が頭おかしいだろ⁉」


 自慢げに語り、うっとりと自身が作り上げた銃を見つめる青年。

 しかし、見るからに鍛えていそうにない彼には重いようで、銃身を持った手がぷるぷると震えていて、嗤う顔もやや引き攣っている。明らかに、銃の扱いに慣れているようには見えなかった。


 その上、彼の衣服に目だった汚れはほとんどない。白衣もほぼ真っ新で左右の男達のように血に汚れている箇所はほぼ見当たらない。


 おそらくは、彼が撃ったのはコンドウだけで、それ以外に殺した者はいないのだろう。

 自分の標的だけ手に掛け、それ以外は他者に手を汚させたのだろうと当たりをつけ、シェラは心底蔑んだ目を青年に向けた。


「嘆かわしい……無為に死ぬのは見過ごせないと、あの方が拾い上げて下さったというのに。斯様な末路を辿るとわかっていたなら、あなたを救わぬようあの方に申し上げていたものを―――」

「煩いんだよ、糞婆が!」


 嘆き、ため息を吐くシェラの腹にと、突如激昂したコバヤカワが爪先を蹴り込む。

 臍のあたりに衝撃を受けたシェラは、身体を苦の字に曲げて咽る。大した威力ではなかったが、無防備に受けた一撃は偶然急所に当たり、シェラに大きな苦痛を与えてみせた。


「お前らが悪いんだよ! こっちはわざわざ入学しに行ってやったのに、才能がないとか性格に難があるとか散々貶して追い出しやがって…! 俺の夢を一つ潰したんだよ、お前は!」

「……!」

「騎士共も冒険者共も俺を馬鹿にしやがって…! 俺を誰だと思ってんだ⁉ 俺がわざわざ行ってやってんのに、何が覚悟が足りてねぇってんだ! 煩ぇんだよ!」


 その後も次々に蹴りが入れられ、その度にシェラが苦悶の声を漏らす。

 両手足が縛られたままでは、腹を抱えて急所を守る事もできず、ただ耐える以外にない。青年の気が済むまで、暴力に晒され続けるばかりだった。


「お前らは! 俺の、愉しみの、役にだけ! 立ってれば、いいんだ……よっ! 女のくせに! 婆のくせに! モブのくせに! おら!」


 感情のままに、シェラの腹を蹴り続けるコバヤカワだったが、徐々に意気が上がり、遂には肩を大きく上下させて足が止まる。

 汗だくになった彼は荒い呼吸を何度も繰り返し、蹲ったまま動かなくなったシェラを見下ろしていたが、やがて彼女の頬にぺっと唾を吐きかけた。


「年がいってなきゃ、お前もいつかできる俺のハーレムの一員にしてやってもよかったんだがな……いや、この見た目なら十分いけるか。胸もでかいし、色々やれそうじゃねェか…」


 ふと、脳裏に過った欲望にコバヤカワは止まり、横たわる半森人の女を見下ろす。

 出る箇所は出て、引っ込む箇所は引っ込んだ、森人らしい年齢に反した瑞々しさを備えた女の身体。顔立ちも中々で、


 衣服に隠されていてもわかる、豊満なシェラの全身を見下ろし、コバヤカワはべろりと唇を舐め、股間を膨らませ出す。


「…おい、ここでおっ始める気か? 他人の色事なんて見たくねぇんだけどよ…」

「しかも、閣下の前だ。流石に無礼であろう……」


 しかしそこで、流石に見過ごせなくなったフェムトと護衛の男達に止められ、コバヤカワの動きが止まる。


 非常に優れた見た目をした女であることは認めるが、他人がそれを穢すところを見せられても嬉しくはなく、むしろ不満が募るというもの。

 それ以上に計画の主犯の前でそこまで好き勝手するのは如何なものか、と小声で止めに入る。


 小早川は舌打ちをこぼしながら、渋々と言った様子でシェラから一歩引き下がった。


「…ちっ、わかったよ。どっか別の部屋に連れていけばいいんだろ?」

「―――別に構いはしない」


 名残り惜しそうにその場を離れようとしたコバヤカワは、不意に聞こえてきたそんな言葉に立ち止まり、護衛の男達と共にぎょっと目を見開いて振り向く。

 そしてその先で、窓際で街を眺める姿勢のままのアレフが、横目をコバヤカワ達に向けているのを目にし、思わず困惑の眼差しを返してしまう。


「衆目の前で尊厳を穢される様を見るというのも、私にとっては十分復讐となる。加えて言うのなら……女の尊厳だけではなく、人間としても終わりな姿にしてくれれば尚良いのだがね」

「…ここでやっちまっていいんですか?」

「君一人だけでは不満が上がりそうだ。この場にいる全員にそれを許そう……そして、その様を私に見せてくれ給え」


 ゆっくりと体の向きを変え、男達に囲まれる半森人の女を見下ろす、愚王の弟。

 コバヤカワやフェムト達は少しの間、呆然と固まっていたが、徐々に口角を上げ、悍ましい笑みを浮かべ始める。


「…お、おい。そっちしっかり押さえておけよ」

「大丈夫だ……どうせもう、抵抗する気なんて起こさねぇよ。見ろ、もう意識も定まってねぇ」


 シェラの手足を縛る縄を解き、次いで両手首と両足首をそれぞれ結び、伸びをするような体勢にする。

 その間、シェラは何の抵抗もせず、欲望を滾らせた男達のされるがままになっていた。


「ひ、ひひ…! さ、最高だ! 異世界召喚はやっぱり最高だ! ひひひ、ひひ!」


 仰向けにさせた彼女の身体にコバヤカワが馬乗りになり、襟首を掴んでぐいぐいと引っ張る。

 だが、非力なコバヤカワでは少し伸びるだけで、焦れた護衛達が替わりに衣服を引っ張り、びりびりと引き裂いていく。


 胸元が破かれると、途端に中に押し込められていた胸の膨らみが、大きく揺れながら露わにされる。男達の手では包みきれないような大きさで、揺れも彼らの想像を超え、思わず感嘆の声が漏れる。

 肌はしみ一つなく、陶磁器のような艶やかさを見せ、男達の欲望がますます大きく膨れ上がっていく。


「ひひひ、ひひひひ! お、おっ……何だよお前、こんないいもの隠してたのかよ!」

「亜人の雌なんざ抱きたかねぇと思ってたが、こりゃ確かに悪くねぇな…!」

「は、早く全部脱がせ! お前が終わったら次は俺だ!」

「いや俺だ! 早く俺に替われ小僧!」

「すみませんねぇ、元理事長。逆らったあなたが悪いんですから……これは正当な罰なのですよぉ? だから、精々愉しませてくださいな…!」


 涎を垂らし、目を血走らせ、我先にと女体にとりつき、邪魔な布を破り捨てていく男達。発情期の獣のほうが理性的だと思えるほどに、男達が貪りつく姿は醜く、悍ましさで満ちている。


 アレフはそんな彼らをただ無言で眺めているだけで、彼らの洋に興奮した様子は全く見受けられない。

 ただただ、憎い存在が穢される様を冷たく見守っているだけであった。



 ―――汚らわしい、なんてみっともない者達なのでしょうか…?


 シェラは自分の身体が全て晒され、肌を撫でられる感覚を他人の物のように感じ、沈黙していた。

 嫌悪感よりも前に、こうならないように日々を過ごしていた自身努力が、全て無駄になった事への虚しさに苛まれ、何もする気にならなくなっていた。


 ―――言葉を交わす事さえ憂鬱でならない、吐き気がする程に嫌いなあなた達を受け入れようとしたあの時間は……どうやら、何の意味も持たなかったようですね。


 邪魔な布を全て取り払った男達が、限界まで膨れ上がったものを取り出そうとする姿を前に、シェラの視界は徐々に真っ暗になっていく。


 特に理由なく保ってきた純潔だが、こんな形で失う事になるとなると、確かな絶望に沈む気がする。

 こんな事になるのなら、もっと早くに真面な者に―――彼の者のような者に貰ってもらえばよかった、と小娘のように考えてしまう。


 ―――…先生、私は―――


 ふと、思い浮かべてしまった一人の存在を想い。

 シェラはゆっくりと、二度と開く事はないであろう瞼を閉じ―――。



 そして、突如鳴り響いた爆音にはっと目を見開いた。


「…は⁉ な、何だよおい⁉」


 下の服を脱ごうとしていたコバヤカワは、背後からとビル壁と扉の破片に顔を強張らせ、慌ててかちゃかちゃと履き直す。

 同じくフェムトや護衛の男達が立ち上がり、格好を正してから銃を構える中。



 その者は、現れた。

 この世の全てをどうでもいいと思っているような無の表情で、煙管の煙を吐き出しながら、眼帯と黒衣の魔女が吹き飛ばした扉の残骸を踏んで進み出てくる。


 その体を、漆黒の靄が包んでいく。

 シェラとほぼ変わらない豊満な肢体が、闇に包まれその形を変えていく。


 夜の空のように昏い衣に、その下で全身を覆う分厚い鎧。フードで隠された顔は、竜を模した恐ろしく、憤怒に満ちた意匠の仮面で隠されている。


「―――お取込み中失礼する。早速なのだが……お前達全員、死ね」


 赤く血のように光る、冷めた目を弟子を穢そうとする男達に向けて、師は。


 この世で最も怒らせてはならない存在は、自身の琴線を刺激する愚者達の前に、自身の真の姿を晒してみせた。

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