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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
30/42

29:怒れる災害

 ぼんっ!と何処かの誰かの赤い肉が弾け、鉄の臭いが辺りに撒き散らされる。

 同時にどこかから轟音が鳴り響き、漆喰の壁が粉々に砕け、地面に落下する様が見える。


 あちらこちらで作り出される悪夢のような景色を横目に、頬を掠った銃弾に我に返り、盾代わりにしている調理台の後ろに引っ込む。

 半壊した建物の、料理屋であった場所を借り、表の通りを占領している暴動の主犯達を睨み、ヒジカタはちっと舌打ちをこぼした。


「どうする! 表は完全に塞がれちまったぞ! 出られねぇ!」

「応援は呼んでるが、向こうも向こうで連中が暴れてて、てんやわんやだ! こっちに来る余裕はねぇ!」


 オキタの返答に、ヒジカタは床を殴りつけて悔しさをあらわにする。

 彼の膝の上には、頭に包帯を巻いたトウカが寝転んでいて、痛々しい呻き声をこぼしている。逃げる途中で負傷した彼女を案じつつ、男達は外にいる敵の数を把握しようと努める。


「イトウ! お前んとこの冒険者はどうだ⁉」

「生憎、うちにゃお前らみたいに無線だのトランシーバーだのみてぇな便利な道具は持ち合わせてなくてな! 誰がどこで何してるかなんてわかりゃしねぇのよ!」


 頭上を掠めた銃弾に、咄嗟に首を引っ込めたイトウが怒鳴るように答え、ヒジカタもオキタも落胆で頭を抱える。


 事件が起きても即座に対処できるよう、騎士団は祭の最中厳戒態勢を取っていた。

 しかし、国内に潜んでいた敵が想像だにしない武器を用意し、悪魔に豹変s手国民を襲い始めたなどと言う情けない事実に、二人とも不甲斐なさで歯を食い縛る。


「国のお偉いさん方は何をやってたんだ! あんな危ねぇ代物国内に持ち込ませやがってよぉ!」

「国内に持ち込まれる物資は全て検査している筈だ……どうやってあんなものを揃えた? 何処にあんなものを用意する資金が……」


 そもそもの疑問について考えるオキタだが、その時彼らの頭上の瓶が割られ、硝子が降り注いでくる。

 事件の推理をするにはあまりに危険な状況であり、イトウが駄々をこねるように地面を何度も叩く。


「そんなこと考えるより前に! ここからさっさと脱出しねぇと皆お陀仏だぞ⁉ どっかに出口とかないのかよ⁉」

「あったら最初から使っている……この調子では裏口にも敵がいるぞ。どうする」

「ここでこれ以上籠城するのは無理だ! 行くならこういう時の対策が取られた施設がいいんだが…」


 言いながら、ヒジカタは調理台の横から外を覗き込む。

 銃口を向け、引き金を引いている暴動集団。彼らの背後に広がる道こそ、ヒジカタ達が生き延びられる数少ない場所に続いていた。


「そういう施設で一番近いのは組合だ。あそこに行くには、表の連中をどうにかするしかない…!」

「こんな事なら、デートなんて行かねぇで組にいりゃよかった…! そしたら振られずにも済んだのによぉ!」


 自分の失態に悪態をつき、天を仰いで吠えるイトウ。

 その場に身を寄せる全員が、突如襲い掛かった理不尽な悲劇に怒りを抱き、しかし真横から降り注ぐ銃弾の雨を前にして、動く事ができない。


「こうなりゃ仕方ねぇ、手足の一本は承知の上で突っ込むか」

「付き合うぜ、相棒」

「……は、え、おい! 待て、早まるな!」


 一か八かと、トウカをイトウに預けたヒジカタとオキタが、集団に決死の突撃を提案する。


 二人の顔から、本気であることを察したイトウがトウカを抱えたまま待ったをかけるが、二人はそれに耳を貸さず、腰に佩いた剣を抜いて身構える。

 勢いよく調理台の影から飛び出し、ヒジカタとオキタが無数の銃口に向けて、雄叫びと共に駆け出して―――



 ―――直後、強烈な暴風が突然吹き荒れ、暴動集団を纏めて吹き飛ばしてしまった。



「……は、はぁ⁉」

「何が起こった…⁉」


 危うく集団と一緒に吹き飛ばされかけたヒジカタとオキタは呆然と立ち尽くし、自分達を取り囲んでいた集団がぼとぼとと落下していく様を凝視する。

 目を瞬かせる彼らの元に、トウカを担いだイトウが駆け寄り、ある者に気付いて目を瞠る。


「おい、見ろ。ありゃあ……」


 唖然とした様子のイトウの声に、ヒジカタとオキタも釣られて目を向ける。そして、彼と同じように目を瞠る。


 かつ、かつ、と靴音を鳴らし、ゆっくりとした歩調でやって来る、黒衣の魔女。

 名高き魔術師の一人であり、多くの漂流者達を窮地から拾い救ってきた謎多き恩人。そして何より―――人間が大嫌いだと豪語する強者。


 いつも無表情で、感情を悟らせない彼女が……いつも以上に遥かに冷たい目をして、歩いてくる。

 その姿に、イトウ達の背筋に凄まじい寒気が走った。


「せ、先生…⁉」


 呆然と、恩人の事を呼ぶイトウ。ヒジカタもオキタも同じ顔をして、無言で歩く魔女を凝視する。

 来てくれる、と期待を抱かなかったわけではない。自分達の知り合いの中で、得体の知れない実力を感じさせる彼女が来てくれれば、この事態も解決できるだろうと頼りたく思っていたのは確かだった。


 だが、今現れた彼女に対してそんな望みを抱く事は、何故か憚られた。

 眼帯の魔女が向ける視線は、これまで見てきた彼女の眼差しの中で比べる必要もなく冷たく、虚ろである。塵を見るようだとか、そんな掲揚さえ足りないと思わせる極寒の視線であった。


 イトウ達が立ち尽くしていた時、吹き飛ばされ、地面を転がっていた暴動集団がよろよろと立ち上がり始める。


「あ、あの女ぁぁ!」

「ぶっ殺せ! あいつらと一緒に殺せぇ!」


 不可避の一撃を加えた犯人が魔女であると瞬時に察し、銃を構えて狙いをつける。

 彼らと魔女の中間に立っていたイトウ達は、慌てて後退り再び物陰に引っ込もうとしたが、集団が引き金を引く方が明らかに速い。


 そして、集団が一斉に引き金を引き、何発もの銃弾を討ち放った―――の、だが。


「鬱陶しい……!」


 魔女がそう呟いた瞬間、魔女の身体を貫こうと迫っていた弾丸が、一発残らず弾け飛ぶ。

 炭酸を振り続け、圧力が限界に達した缶のように、内側から破裂し粉々になった。


「は―――?」


 暴動集団が呆けた声を上げると、魔女は彼らに向けて手を伸ばす。

 掲げた手が指先を合わせ、ぐっと力を込めてから弾かれ、乾いた破裂音が響く。その直後。


 ぼんっ!と。

 銃を構えて棒立ちになっていた集団の数人の身体が膨れ上がり、粉微塵に弾け飛んだ。細かい肉片と血飛沫が辺りに飛び散り、真っ赤な模様が街中に描かれる。


「な、何だ…⁉ 何が起こった……⁉」

「どんぱちどんぱち……お前達は己を苛立たせる為に存在しているのか。もしそうなら……苦しみ続けて死ね、どうしようもない阿呆共めが」


 隣にいた仲間が、下半身を残して跡形もなくなった光景に、半身を血塗れにされた男が後退る。

 彼はすぐに我に返り、靴音とともに近付いてくる魔女を睨みつけ、再び銃を突き付け声を荒げ出す。


「て、てめぇこの女! 耳長の分際で俺の同志によくも―――」

「黙れ、屑」


 罵倒の言葉を吐こうとした男の声が途切れ、突如彼の身体から蒸気が噴き出す。

 目や口、鼻の穴や耳の穴、全身の毛穴から水分が噴き荒れ、男はあっという間に乾き、木片のようにかさかさになっていく。


 できあがった木乃伊が倒れ、砕ける様を眺め、魔女はふっと鼻を鳴らしてみせる。


「愚かな、疾く逃げ出せば見逃してやったものを…」

「―――おい、あそこだ!」


 一息ついていた魔女だが、背後から聞こえてきた無数の足音に、ぎりりと食い縛った歯を鳴らす。

 通りの向こうから仲間の異変に気付き、応援に駆け付けた新たな暴動集団は、魔女の姿を確認するや一斉に銃の引き金を引いていく。


 魔女は舌打ちをすると、自身の足元の石畳を強く踏みつけ、音を鳴らす。


 踏みつけられた石畳には亀裂が走り、集団の元まで広がっていくと、ぼこっと一部が起き上がり、掌を合わせるように折り畳まれる。

 暴動集団はその中に呑み込まれ、ぐちゃりと嫌な音を立てて叩き潰されてしまった。


「次から次へと……鬱陶しいと言っている」


 地獄の底から響くような声で吐き捨て、魔女はーーー師はゆっくりと手を下ろす。

 ごきごきと首の骨を鳴らし、気怠げに唸り声を漏らし師は、呆然と自信を凝視している組合長と騎士達の方に近づいていく。イトウ達は思わず、向かってくる命の恩人を前に背筋をぴんと伸ばした。


「先生……あんた、無事だったんですか」

「煩い餓鬼共が鬱陶しくなってな……我慢の限界に達した故、直接潰しに来たまでの事」


 悍ましさを抱かせる声で、イトウの問いに答える師。

 懐から汚れのない手拭を取り出すと、自身の頬についた、暴動集団が飛び散らせた血を拭い取る。


 嫌悪の眼差しを手拭いについた血に向ける師に、イトウ達は恐ろしさのあまりかける言葉が見当たらず、師が役目を終えた手拭いを捨て、歩き出すまでじっと立ち尽くしていた。


「え…? あの、先生、どちらへ…⁉」

「馬鹿弟子を探しに行く。一人で遊びに行ったのでな、何処ぞで追われているのだろう」


 振り向く事なく、問いに面倒臭そうに答える師。無駄に言葉を交わす気もないようで、轟音が響き渡ってくる方角だけを見据えて立ち止まる事もしない。

 だが、師は不意に立ち止まり、彼の者をじっと見つめ続けているイトウ達に鋭い視線を返した。


「何だ、その目は。よもや己が、お前達を手伝いに来たとでも思っていたのか?」

「い、いや! そんな滅相もない!」

「ならばいい……疾くお前達の職務に戻るがいい。怨嗟の声がそこらで上がっているぞ」


 縋るような、期待しているような目を無意識に向けていたイトウは慌てて手を振り、師の疑いを否定する。

 他者との繋がりを疎うこの者の事だ、助けてほしいと一度でも口にしようものなら、即座に見捨ててその場を離れる事だろう。一度命を助けられただけで満足しなければ、とイトウは自身の本音を抑える。


 その時、イトウの背に負ぶさっていたトウカが僅かに瞼を開き、師を睨みながら掠れた声をこぼした。


「……本当に、助けてはくれないんですか。そうできる力があるんでしょう…?」

「斎藤…! やめろ、お前」

「……そんな義理はない。興味がないからな」


 トウカの咎めるような眼差しに、師は冷たく吐き捨てる。


 助力は期待できないと、イトウ達が肩を落とす前で、師はおもむろに自らが仕留めた狂者達の元に歩み寄り、武器を拾い上げるかれらのもつ。


「……この銃弾はな、生物の持つ魔力と反応し、急激な熱反応を起こす薬品が弾丸に仕込まれているらしい。触れた魔力が大きければ大きいほど、その反応は大きくなるようだ」


 銃を力尽くで破壊し、中に装填されていた銃弾を取り出し、イトウ達に見せる。

 いきなり何の話をしているのか、と呆けるイトウ達に、師は肩を竦めながら銃弾を放り渡す。


「ついでに言うならば、その薬品の主な材料は長鎖炭化水素基……界面活性剤に近い成分らしい」

「かいめん……え、洗剤?」

「そうだ。油汚れを落とす要領で生物の魔力に浸透、含まれている成分と反応を起こして炎上する、という仕組みらしい……あとはわかるな?」


 それだけ告げて、師は再び背を向けて歩き出す。以降魔女の姿をしたその者は一度も彼らの事を見る事なく、弟子を探しに騒乱の元へ向かっていく。


「己はこれ以上、お前達に力は貸さん。生き残りたくば、己で如何にかするがいい……ではな、小僧共」

「せ、先生! …うわっ!」


 後を追おうとしたヒジカタだったが、突如彼の目の前に建物の壁が崩落し、激しい地響きと共に白煙が立ち込める。

 白く染められた宙が徐々に晴れ、瓦礫の向こう側があらわになった時には、師の姿は何処にも見られなくなっていた。


 頼れる強者を見失い、立ち尽くす他にない組合長と騎士達。

 やがて彼らの元に、街の何処かからさらに大きな爆発音が届いた時、唐突にイトウが頭を掻き毟り、虚空を見上げて怒号を放ち出す。


「畜生め……上等だ! こうなったら最後までとことんやってやんよ! ……行くぞ!」

「お、おい伊藤⁉」


 イトウはそう言って、背中のトウカをオキタに押し付け、猛然と走り出す。

 吹っ切れた様子で何処かへ向かう彼の後を、ヒジカタとオキタは困惑の目を向けながら、振り切られないよう大急ぎで走る。


 街中を駆けたイトウはやがて、ある一軒の店ーーー魔術によって動く道具が売られる店に入り、大きな花のように開いた筒が取り付けられた気の箱を運び出す。

 円盤に刻まれた音楽を流すこの道具を、イトウは箱を壊して内部を暴き、一緒に持ち出してきた管や拡声器を取り付けていく。


「……お前、まさかそれ」

「できんのか? 何か……だいぶ規格が違うっぽいけど」

「基本は同じだ! いいから黙って見てろ!」


 故郷で何度か扱った事のある、似たような用途と構造の道具と比較しながら、改造を続けるイトウ。

 彼の目的を察したヒジカタ達が心配そうに見守る中、作業を完了させたイトウは道具の動力を起動させ、取り付けた器具に声をぶつける。


『あ、あー、あー。聞こえてるか、ただいまマイクのテスト中……うおっ!』


 キーン…と、イトウが声を上げた途端響き渡る金属音のような音。

 すぐさま道具を調整し、自分の音がはっきりと発声されるようにしてから、再び器具に向けて声を張り上げる。


『こちらは冒険者組合ラルフィント共和国支部〝翼獅子の瞳〟組合長(ギルドマスター)コウジ・イトウ! 冒険者組合ラルフィント共和国支部A級・B級免許(ライセンス)所持冒険者に通達! 現在この国は大昔の差別主義者達による襲撃を受けている全員に通達!』


 わっ、と一気に広がるイトウの声が、悲惨に破壊された街中に伝わっていく。

 未だ逃げ惑う住民達や観光客、事態の収拾に向かう騎士達、そして休みの気分で浮かれ、戦いの備えを置いてきてしまった冒険者達に、道具が叶える限りの範囲でイトウの声が届けられる。


『連中が使っている銃弾は、人間の持つ魔力に触れて爆発する代物だ! つまり! 体に触れない限りはただの銃弾だ! そこらにあるものを盾にしつつ、一般人を最寄りの施設に誘導、応援が駆け付けるまで籠城せよ! 繰り返す! 一般人の避難を最優先にしろ!』


 状況説明と指示を一気に出したイトウは、全て終えるや否やその場に尻餅をつき、大きく肩を上下させて息を荒げさせる。

 響き渡った凄まじい大きさの声にとっさに耳を塞いだヒジカタ達は、見事に避難誘導をやってのけたイトウに驚愕の眼差しを向けていた。


「よーし、これでこの先の被害は大分抑えられるはずだ……籠城戦といくぞ」

「……さっきまで酔ってた奴とは思えねぇ」

「いいからお前ら、組合に向かうぞ!」


 無理矢理呼吸を整えたイトウは、そう言ってヒジカタ達の肩を叩き、ふらつく足に叱咤して走り出す。

 声を聞かせたのは一般人や味方だけではない。自分達を探している暴動集団をも呼び寄せてしまっているのだ。


 それを察したヒジカタ達は、イトウと同じくこの場を離れる為、全力で疾走を開始したのだった。

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