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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
28/42

27:潔癖症の狂心者達

 燃える、燃える、平和を享受していた国が業火に呑まれていく。

 騎士団も、魔術師も、戦う力のない民を守る為に立ち向かう者達全員を、悪意の炎は容赦なく焼き殺していく。


 たった数分の内に変わり果てていく街を眺め、遥か高い理事長室で夜を過ごそうとしていたシェラは、錨と嫌悪感に眉間にしわを寄せる。


「……まさか、ここまで愚かな選択を取るとは」


 争い事とはここ数十年無縁だったはずの国にもたらされた悲劇。真っ赤に空を照らす炎は留まる事を知らず、歴史ある建物が次々に破壊されていく。

 知らぬうちに、シェラの拳がきつく握りしめられ、爪が皮膚を破って血が流れ出す。視界一杯に広がる悪意の惨劇に、森人の魔術師の精神が激しく荒れ狂う。


 そこへ、慌ただしく音を響かせ、教員の一人が飛びこんでくる。型を上下させ、息を切らせた彼は、必死の形相でシェラの方へ近づいてきた。


「理事長! ここは危険です、お早く避難を! 謎の武器を持った集団が学園内に侵入し、犠牲者が次々に―――」


 シェラに逃げるように促す男性教員だったが、不意に彼の動きがぴたりと止まる。

 何事か、とシェラが振り向いた瞬間、男性教員の背後で破裂音が響く。その直後、彼の左胸で淡く光が灯り、炎が大きく噴き出す。


 男性教員は、自分の身体から噴き出す頬を呆然と凝視すると、やがて驚愕の表情のまま倒れ込み、ぴくりとも動かなくなる。

 事切れてしまった男性教員を見下ろし、シェラの表情がますます険しくなる。


「これは、魔術ではありませんね……ただの銃弾ではない、何らかの薬品を使って引き起こされた現象のようですが―――」


 小さく呟き、思考するシェラの耳に、近付いてくる複数の新たな足音が届く。

 どかどかと無遠慮に入り込んできたのは、見覚えのある国旗を羽織り、同じ武器を構えた男女の集団だ。全員がシェラを睨みつけ、銃口を突き付けてくる。


「動くな! 手を上げて大人しくしろ!」

「森人の雌め……杖を捨ててそこに跪け! さっさとしろ!」


 自身も鋭い目を向け、唾を吐いて喚き散らす襲撃者達全員を見据えるシェラ。

 狙われている事など微塵実も気にせず、いつでも迎撃ができるよう、シェラは無言で胸の前に上げた掌の上に極寒の冷気を発生させる。


「…それ以上近付こうものなら、この場で氷漬けにして砕いてさしあげますが」

「っ…! う、動くなと言っているだろうが!」

「何処の何方かは存じませんが……そのような玩具を向けられただけで、私が臆するとでも思われましたか。素人に毛が生えた程度の相手に、本気になるほど子供でもないんですがね」


 室内の空気が少しずつ下がっている事に気付き、気圧された襲撃者達が一歩後退る。


 その様に、シェラは内心で落胆する。

 狂気を向けられ怯む様子から見るに、訓練を受けた軍人などではなく、ただ武器を与えられた一般人程度の精神しか持ち合わせていないのだと判断できる。


「さしづめ、その道具を与えた者に焚きつけられましたか……安易な事を。そんなもので脅して国を乗っ取ったところで、あなた方の要求が通るとは思えませんね」

「何だと……⁉ お前、状況がわかってるのか⁉」

「ええ、わかっていますとも……手加減していられるほど、余裕のある状況じゃないという事が」


 膨れ上がった冷気により、室内の白く凍りついた箇所がぱきぱきと広がっていく。それはやがて襲撃者達の足元にも届き、徐々に彼らの両足を白く染め上げていく。


 襲撃者達は皆、銃口を上げて自分達の足を見下ろし、恐怖に引き攣った顔になっていく。


「二度は言いません。さっさとこんな馬鹿げた事はやめてそれを捨てなさい……あまり時間もないようですし、私もそこまで気が長くはありません。無駄に命を散らさないうちに投降を―――」

「―――そういうわけにはいきませんよ、理事長」


 仕留める直前に、命乞いを聞くつもりでいたシェラ。

 しかし、彼女の言葉を遮るように、ある一人の男が嘲笑気味に口を挟む。


 凍り付いた絨毯を踏み潰し、片手に小さな銃器を持ち、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべた男―――フェムトが、銃口をシェラに突き付けて進み出てくる。


「やぁ、こんばんは理事長。今宵は実に良き日でございますな」

「……フェムト、何故ここに居るのです?」

「無論、あなたに投降を願い出る為ですよ。我らが閣下の計画がこうして成功に至りましたので、あなたが無駄に命を散らさないようにね」


 口調こそ穏やかに聞こえるが、明確な悪意を込めて告げられた言葉に、シェラは訝し気にフェムトを睨む。

 彼女がさらに冷気を強めようとした時、フェムトが銃を掲げて距離を詰める。


「動かない方が得策ですよ……これはただの銃ですが、銃弾は特別製です。あなた方魔術師にとっては……特に貴女のように強い魔力を持った術師にとっては脅威ともいえる代物。迂闊に動けば、あなたもそこに転がっている彼よりも酷い事になりますよ?」


 そう言ってフェムトが示す先では、胸に穴をあけた男性が地面を見つめて転がっている。

 シェラに窮地を伝え、避難を求めに来た忠実な男は、それを何とも思わない凶刃たちの魔の手にかかり、命を奪われてしまったのだ。


「……」


 抵抗する事は、可能であろうとシェラは考える。

 発動した魔術は、発動範囲内であるこの場に足を踏み入れたフェムトや他の襲撃者達を凍てつかせ、無力化させる事ができるはずだ。


 だが、それで終わりだ。自分が魔術を発動すると同時に、フェムトは引き金を引いてシェラの身体に大穴を開けるだろう。

 魔力が多いほど酷い事になるというのなら、心臓を狙われている今、致命傷どころか即死する事だろう。躱す余裕もない至近距離に立っている以上、死は免れない。


 学園の内外や、街で暴れている狂人達を制圧する事は叶わなくなる。

 自らが死んでも一人でも多く襲撃者達を止めるか、恥を捨てて自らの命を取るか、二つの選択を提示されたシェラは、瞼を閉じてしばらく悩む。


「……仕方がないですね」


 そして、彼女は屈辱に耐える道を選んだ。

 にたりと吐き気を催す笑みを浮かべるフェムトの前で、シェラは魔術を解き、両手を上げる。


 すぐさま襲撃者達が動き、銃を突き付けながらシェラの両手を掴み捻り上げ、後手に拘束を始める。あっという間に、学園の長は自由を奪われてしまった。


「途中で策を講じる事もお勧めしませんよ? もう我々の同胞達はそこら中に待機してますし、人質も大勢確保してあります。隙を見て反撃する、などという事は叶いませんからね」

「……ますます、あなたを雇用していた事が悔やまれますよ」

「ふ、ふふふふ! 誉め言葉として受け取っておきましょう!」


 憎々しげに睨みつけるシェラに、フェムトは彼女の頬を掴み、無理矢理自分に向けさせる。

 怒りに歪む学園の長を押さえつけ、優越感で一杯になった顔で、狂人は彼女の全身を舐めるように見渡す。


「勿体ない事をしましたねぇ、女の分際でこんな場所に立たなければ、余計な恨みを買う事なく平和に暮らせたでしょうに。貴方が悪いんですよぉ? 調子に乗って、この私を見下したりするから」


 頬を撫で、神を撫で、肩を撫で、豊満な魔女の肉体の各所に順に触れていくフェムト。

 女性の尊厳を傷つける下劣な行いに対して、シェラは微塵も表情を動かさず、冷めた目で醜悪な姿を見せる男を眺める。


 他者を見下す事でしか、しかもこんな状況でしか自分を保てない情けない男の姿に、森人の女は嫌悪と同時に憐れみを抱くばかりであった。


「従順にしていれば、この先きっといい事があるでしょうねぇ! 少し歳は食っているようですが、永遠の美しさを誇ると有名な森人の女ですし! 懇願すれば愛玩動物ぐらいには昇格できるのではないですかぁ⁉」

「……吐き気がしますね。そんな未来など」

「気が変わったら言ってください? 私の玩具として大事にしてあげますから、あっはっはっはっは!」


 フェムトはぐいっ、とシェラの頬を押し、同胞の襲撃者達に顎で示す。

 すぐに彼らはシェラの両側を固め、引きずるようにして理事長室を後にする。その間シェラは何の抵抗もせず、険しい目で虚空を見据えるだけであった。


 足音が完全に遠くなり、やがてフェムトは満足げな表情で辺りを、理事長室を見渡す。

 国が一望できる窓が奥に広がる、無数の本と上品で高価な家具で飾られた、学園における最高権限の持ち主が使う、他に二つと同じものがない部屋。


 フェムトは悠々と室内を歩き、革張りの椅子に腰かけて窓の外を眺める。

 この部屋の、居や学園の全てが自分のものになったような気分に浸りながら、炎が広がる街並みを眺め、優越感で満たされたため息をこぼす。


「あぁ……いい気分だ。今宵は本当に、最高の気分だ!」


 誰もいなくなった、血の臭いが漂う学園の長の部屋で、フェムトの愉快そうな笑い声が、いつまでも響き渡っていた。




『我らは〝素晴らしき人の世クリード・ル・アレイド〟! この世を在るべき姿に戻す為に神より遣わされた、選ばれし戦士である!』


 押し倒した魔術式自動車の上に立ち、銃を構えて高々と宣言する男。

 多くの同胞達に囲まれ、逃げ惑う人々を睥睨しながら、彼は肩に巻いていた旧ガルム王国の国旗を頭上に掲げる。


『亜人、獣人という出来損ないの生命を駆逐し、我ら純然たる人間が世界を統べる! その尊き意志を理解できぬ輩は、亜人共と共に滅びなければならない! これは我らが神の御意志である! 何人たりとも、この気高き御意志を否定する事罷りならん!』


 拡声器によって増幅された声は街中の至る所に届き、物陰に潜み逃げる隙を伺う者達を恐れさせる。


 少しでも気配を悟られようものなら、暴動の主犯者達は容赦なく銃口を向け、標的に向けて引き金を引き絞った。自分達の主張に怯えた視線を向けるような輩は、自分達の同志にはなり得ないと端から決めつけているらしい。


『出来損ないに与えられし慈悲は、聖なる弾丸でその命を神に返す事のみである! さぁ、一人ずつ現れるがいい! 我らが責任を持って真面な人間に生まれ変わらせてやる!』


 醜悪な、自分の言葉に酔い痴れる男が、銃を構えて引き金を絞る。

 直後、また新たな犠牲者が無残な骸を晒してその場に倒れ込み、家族か恋人か、悲痛な悲鳴が甲高く響き渡った。




 あらゆる場所で発生した大規模暴動(テロ)

 冒険者組合も例外ではなく、無数の男達が扉を蹴破り、組合の中へと踏み込んでくる。


 職員達は突然の事に一瞬棒立ちとなり、侵入者達が不気味に笑いながら銃口を向けて来てようやく我に返り、受付台の向こう側に引っ込む。

 直後に放たれる無数の弾丸に、職員達は悲鳴をあげ、頭を抱えて縮こまり続けた。


「ひぃぃ!」

「何なんだ…! 一体何が起こってるんだ⁉︎」


 口々に叫ぶも、銃弾の音が重なり彼らの声は尽く掻き消されてしまう。

 判断が遅れ、凶弾を喰らってしまった同僚が、隣で血塗れで斃れる姿に涙をこぼし、嵐が過ぎるのを待つ他にない。


「どうして私がこんな目に……! 誰か、誰か助けてよぉ!」


 床に伏せ、撃たれた壁の破片が降りかかるのを背中に感じつつ、ヒミコも必死に身を潜める。

 破砕音が断続的に鳴り響き、割れたガラスや木材、書類が雨のように降り注ぎ、次は自分の番かもしれないと恐怖がみるみる膨れ上がる。


 誰でもいい、どんな礼でもする、だから今すぐ助けて欲しい。

 そう願うものの、国全体が悪意に晒されている今、彼らを助けにやってきてくれる者は誰もいない。



 ―――たった一人のある者を除いて。



「……煩ぇな、糞餓鬼共が」


 鳴り止まない破壊音と悲鳴、そして悪意に満ちた笑い声。

 耳障りな雑音がいつまでも鳴り止まず、一人の魔女の―――いや、とある怪物の苛立ちが我慢の限界に達する。


 並べた椅子の上で寝転がり、何もせずに寛いでいた彼の目が、怒りと殺意によって赤く、紅く、血のような悍ましく妖しい輝きを放った。

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