26:始まる狂乱
人々がその異変に気付くには、数分の時間を要した。
誰もが祭に浮かれ、めでたい日に騒ぎを起こすような無粋な輩がいるなどと考えなかったからだ。
それは、街の治安を守る騎士団も同じであり、とある数人の騎士達は巡回中に見つけた、一人の酔っぱらいの対処を行っていた。
噴水のある公園に通じる階段の段差に腰を下ろし、泣きじゃくりながら杯を口に運び、意味の分からない言葉を吐く彼に、騎士達は困った様子で立ち尽くすばかりだ。
「っざっけんなよくそぁ! ここにきてやっぱりやめるとかふざけんなよぉ! おれのことをなんだとおもってんだよぉ、ちくしょうめぇ!」
「はぁ……あー、大丈夫か伊藤? しっかりしてくれよ」
「もう飲むのやめろって、な? それ以上はお前の為にならねぇから、な?」
ややろれつが回っていない彼、イトウの肩を叩くヒジカタとオキタ、そして応援で駆け付けたトウカ。
冒険者組合の頭を張る男の情けない姿に、全員が呆れた愛雑誌を送っていた。
「……何があったんですか?」
「女に振られた、以上だ」
「デートの約束してて、途中で女の方が気が変わって、置いていかれちまったんだってよ」
トウカは思わず頭を押さえ、獣の咆哮のような鳴き声を上げるイトウを冷たく見やる。女に一度振られただけでこの有様だという彼の精神の弱さに、かける言葉を失う。
「何やってるのよ、伊藤君! そんな簡単に気持ちを変えるような人、分かれて正解だったじゃない。引き摺ってないで切り替えなさいよ、しょうもない事何時までも気にして」
「だって……だってよぉ……!」
「あぁ、もう! いい加減にして! いいからお酒はもうやめて!」
ボロボロと涙を流し、喚くイトウの腕の中から酒瓶を取り上げ、トウカはそれを脇に置く。
唯一自分を慰めてくれるものを取り上げられ、消沈するイトウの左右隣に、深くため息を吐いたヒジカタとオキタがそれぞれ腰を下ろした。
「あー、わかったわかった。今夜おれ達の仕事が終わったら一緒に飲もう。男心を弄ぶ女の事なんて忘れちまえ」
「明日に影響がないくらいなら付き合うから、いい加減泣くのやめろ」
「お、おぉ…! 心の友よ…!」
「……現金な。というかしがみつかないでください、後でだって言ってるじゃないですか」
よろよろと旧友達に縋りつくイトウに半目を向け、トウカはまた肩を落とす。
このままでは仕事もままならない。まだ交代時間には遠く、回っておかなければならない箇所が何か所もあるというのに、イトウは同僚達を離してくれそうにない。
その上、ヒジカタもオキタもイトウに同情的な視線を向けていて、自ら彼の傍を離れ難そうにしていた。というよりは、この機に乗じてさぼろうとしているように見えた
「もう…! いい加減にしてください、私達はまだまだ仕事があるんですよ。同僚を自棄酒に巻き込まないでください。とんでもなく迷惑なんですよ」
「冷たいなぁ、斎藤ちゃん」
「いいだろ、少しくらい付き合ってやったって。もうじき祭初日も終わりだしよ」
「そういう問題じゃありません……まったくこの人達は」
イトウに付き合う気満々でいるヒジカタ達を睨みつけ、トウカは腰に手をあてて目を吊り上げる。
真面目な彼女は、元同い年であり、今や先輩である彼らが職務を放棄しようとしている事が許せないようだ。
「こんな日だからこそ、問題が起こりやすいんでしょうが! 喧嘩や事故が多発するんですから、もっと真剣に―――」
やる気を低下刺させている先輩方を叱咤しようと、問うかが大きな声で叫ぼうとしたその時だった。
彼女の背後で慌ただしい足音が聞こえ、何事か、とゆっくりと振り向く。
清らかな水を噴き上げる噴水の向こう側、通りに通じる階段を駆け下りてやって来た複数の猿人達が、非常に見覚えのある鉄製の何かを持ってトウカ達の方へ向かってくる。
自分達に向けられているそれが何か理解した瞬間、トウカを始め、異世界からの漂流者達ははっと息をのみ、固まる。
「―――伏せろ!」
瞬時に酔いから醒めたイトウが叫んだ直後、謎の猿人達が手にした武器の引き金を引く。
直後、ぱんっと軽い破裂音が響いたかと思うと。
慌てて飛び退いたイトウ達がいた場所で、周囲を真昼のように照らすほどの大爆発が発生し、そこに在ったあらゆるものを吹き飛ばしてみせた。
事態は、ラルフィント共和国のあらゆる箇所で始まった。
出店が並ぶ通り、歴史的建造物の内外、そして魔術学園の内外で、得体の知れない武器を手にした集団が現れ、猛威を振るい始めたのだ。
「た、助けて…! 助けてぇ!」
「いやぁぁぁ!」
あらゆる場所で起こる爆発、響き渡る轟音と悲鳴。
破壊された建物が倒壊し、ガラスが散らばって突き刺さり、燃え盛る瓦礫が辺りに転がる。
胸の中心に穴を穿たれた男が建物の壁に叩きつけられ、がくりと項垂れ座り込む。その隣では頭を吹き飛ばされた女性が、手足を失った子供を抱いて臥せっている。
ほんの数分も経たないうちに、彼らと同じように息絶えた人々が横たわり、そこら中に血の匂いを撒き散らす。
地獄も斯くやというべき光景が、瞬く間に作り出されていった。
「な、何なんだお前―――ら⁉」
「な、何をす―――ぐばっ⁉」
少し前まで、並び立つ屋台の料理に舌鼓を打ち、笑顔を浮かべていた人々に、彼らは容赦なく襲い掛かった。
革の鎧に身を包み、とある国の―――旧ガルム王国の国旗を描いた旗を体に巻き付けた、男女問わぬ集団が、同じ武器を手に人々を手にかける。
鉄の筒に持ち手と何らかの装置を取り付けたそれ、ある世界においては『銃』と呼ばれるそれによく似た武器を構え、目の前にいる人々に火薬で撃ち出される弾丸を浴びせかける。
「ぐぎゃっ⁉」
「ぎゃああああああ!」
銃と異なるのは、撃った弾丸が人々の身体に食らいついた直後、撃たれた者の肉体が突如燃え上がる点だった。
炎の大きさは人それぞれだが、皆例外なく炎に呑まれ、黒い炭の塊になって倒れ伏していく。男も女も、老いも若いも、そしてどの人種でも関係なく、集団は謎の銃弾を放ち、人々に死を齎していく。
あっという間に出来上がる骸の山を、集団は何の感慨もなく見下ろし、進軍の邪魔になるものを蹴り退かす。悪魔の所業としか言えない行いに、彼らは眉一つ動かさなかった。
「やめろ! 何をしている!」
「何という非道を……!」
街中で起こる異変に、ようやく我に返った騎士団が鎮圧に動く。
しかし、分厚い装甲で全身を覆った騎士達が現れても、集団は一切怯む様子を見せず、新たな標的を鋭く見据えながら引き金を引く。
途端に放たれた無数の弾丸が、重武装の騎士達を貫き、鎧の中で炎を噴かせる。分厚い防御は何の意味を持たず、集団の齎す暴力の格好の的にされるだけであった。
当然、人々はやられるだけではない。
銃口が自身に向けられていない隙を縫い、ある者は鈍器で、ある者は魔術を用い、殺戮を齎す集団に反撃を食らわせる。
その中の一人は、逃げ惑う観光客を狙っていた一人の背中から雷撃を浴びせ、無力化を図っていた。
「ふん…舐めるな。免許はまだだが、貴様らのような雑魚を排除するのに不自由はしない」
今年の試験を受験するために来国した魔術師の卵達も、自前の杖を手に習得中の魔術を使用し、向かってくる集団を迎撃する。
状況を理解しきれてないとはいえ、そして何より資格を得ていないとはいえ、正当防衛を理由に自身の魔術の的にしていく。その行いに、彼らは一切の逡巡を見せない。
結果的にその場に集った人々を守る事に繋がっていた為、彼に対する恐怖感が上がる事はなかった。
「他愛ない……所詮は才ある者を妬む愚者の集まり、この程度の抗議しかできんのか」
鼻を鳴らし、紫電を走らせる杖を見やる魔術師の卵の一人。
眼鏡をかけ、神経質そうな顔立ちをした彼の元に、また新たな標的……もとい銃を持った集団が向かってくる。
次から次へと湧いてくる敵に、青年は思わずうっとうしそうに顔を歪め、しかしすぐさま杖を構える。
「懲りない奴等だ……僕にそんなものを向けなければ、もっと長生きができたものを。身の程を知るがいい!」
がしゃがしゃと向けられる、集団の構える銃口から火と弾丸が噴き出す寸前に青年は術を発動し、電気で作られた磁力を発生させる壁を生み出させる。
迫り来る物体を弾き飛ばし、術者を守る自慢の防壁を備え、青年はにやりと笑みを浮かべる。
だが、その表情は一瞬で崩れてしまう。
集団の放った弾丸は、青年が生み出した防壁を易々と貫き、貫いた彼の背中から真っ赤な血の花を咲かせてみせたのだ。
「……馬鹿な」
青年はそう呟きながらごぼりと血を吐き、崩れていく防壁の向こう側で、自らの生み出した血の池の中に倒れ伏す。
広がる血の池の中で、痙攣一つせずに沈黙した彼を、集団は容赦なく踏み潰して先へ進む。
青年のように、殺戮集団の進軍の妨害に入る者を同じように次々に排除し、平和だった町を破壊しながら、共和国の中心へ―――かつての王城へ進み続ける。
「…お、お前達は、何をしたいんだ…! 一体何のために、こんな……!」
ぞろぞろと、数秒前まで生きていた者の骸を踏みつけ進む彼らに、瀕死の重傷を負った男が血を吐きながら問いかける。
直後、彼は集団の一人に額を撃ち抜かれ、絶叫一つ残せずに崩れ落ちる。
隣に伏せる母娘と同じく沈黙してしまった彼に、彼を撃ち殺した男性が口を開いた。
「何のつもりだと…? 決まっているであろう」
血を吐き、倒れていく邪魔者達を踏みつけ、男性―――ジェダが口を開く。
自身の口を醜悪に歪め、愉悦に満ちた表情を見せる彼は、自身らが持つ銃を見せつけるように高く掲げ、耳障りな響きを持つ声で叫んだ。
「この国を……この世界を在るべき姿に戻す! 獣混ざりの出来損ないを駆逐し、美しき世界を取り戻すのだ‼」
狂気を宿した目で虚空を見据えるジェダは、自身が命を奪った人々で自身を囲い、まるで彼らの支配者になったかのように仁王立ちする。
それに、彼の同志となった集団は振り向く事なく、ただ只管に学園を目指して進み続けた。




