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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
26/42

25:宴は突如終わりを告げる

「……? 何か聞こえたような…?」


 ぴくり、とシオンの耳が何かを捉え、反応する。

 ほんの一瞬聞こえた、何かが弾ける音に元を探ろうと辺りを見渡すが、周囲で異変が起こった様子は見受けられない。


 不思議そうに首を傾げてから、シオンは頬張った串肉に注意を戻す。


「気の所為か……どっかで事故でも起こったのかな」

『―――讃えるがいい、我を! 我こそが王であり、神であるのだ!』


 呟くシオンの目の前の舞台上から突如上がる、悪意に満ちた台詞。

 のんびりできる、他人に邪魔をされないような場所でゆっくり食事を続けようとこの場へ寄った彼女であったが、失敗であったとため息をこぼす。


 扇状に広がった階段のような、石造りの席。石柱が幾つも聳え立ち、周囲を囲む建造物の中心で、仮装した数人による劇が行われていた。

 先ほど叫んでいたのは、王冠を被ったどす黒い赤色の意匠を纏った男性で、悪意に満ちた表情と雰囲気を醸し出し、辺りを這いつくばる汚い衣装の者達を虐げている。


『この国は、この世は全て我のものぞ! さぁ我の為にその命を貢げ、愚民共! 我を存分に楽しませろ、出来損ないの獣共! 貴様等は皆、我の為に在るのだ! わはははは!』


 鞭や杖を振るい、高らかに笑って人々の尊厳を踏みにじる人物―――愚王の演技をする男。

 彼が杖を振り回すと、辺りに火花が飛び散り、ぱっと他の演者の―――苦しむ民の身体が赤く染まり、次々に斃れていく。

 遠く離れていようと関係なく、無残な亡骸が次々に生み出されていく。


 虐げられる人々、猿人やその他の人種が、皆痛々しい格好をして愚王を睨みながら、しかし何もできずただ踏みつけられ続けている。


 これは、遥か昔に存在したとされるとある国の伝説を基にした劇であるらしい。

 財や兵、そして魔術を用いて、異なる国の民や人種を支配し、贅と暴虐の限りを尽くしたという、最低最悪の王の治世の一部らしい。


「……むなくそ悪い劇。こんなのよく演じてられるな、あの人達」


 真剣な表情で舞台に立っている演者達を見て、ぼそりとそう呟く。

 興行で日銭を稼いで国を渡り、様々な種類の劇を行っている、若者だけで構成された集団らしい。

 神話や宗教に纏わる話を演劇に取り入れていて、それなりに人気があり各国に支援者がいるそうな。


 シオンがつまらなそうに眺める間に、腹の立つ劇は続けられる。



『傲慢なる愚王よ! 貴様にはいつか天罰が下るだろう! あらゆるものを縛り付け、貶める貴様は、いずれ大いなる御方より裁きが下されるに違いない! ―――ぐはっ!』

『馬鹿な…! 下らぬ妄想を垂れ流すな、愚か者め! 誰であろうと我を下すものなどできるものか!』


 反逆を企てた者らしき男性が斬り捨てられ、真っ赤に濡れた剣を掲げる愚王。血に濡れた顔は醜悪に歪み、悪鬼羅刹のようで見るに堪えない。さらに日が暮れかけた空の茜色が、血濡れの王をより強く印象付けている。

 愚王が舞台上から去っても、虐げられる民は苦しみ続け、一人、また一人と力なく倒れ臥していく。


『ああ、どうかお助け下さい! 誰でもいいのです、あの愚かなる王を討ち、私達に平和を齎してくださるのならば……!』


 老いた母親が、事切れた子を抱えて天に祈るが、それに応える声はない。母親は涙を流し、子の亡骸を抱えたままその場に崩れ落ちてしまう。


 その姿に、シオンは思わずグッと唇を噛んで眉間にしわを寄せる。

 劇だとわかってはいるのだが、あまりに惨い仕打ちをする愚王に義憤を抱き、一発二発はぶん殴ってやりたくて仕方がなくなる。演じる者にとっては理不尽でしかないとわかっていてもだ。


 すると、怨嗟の声が高まる舞台上に、新たな登場人物が現れた。


『―――愚かなり、我欲に溺れた人間共よ』


 現れたのは、異形だった。

 純白の獣の皮を纏い、猛獣の頭蓋骨を被って顔を隠した、見上げる程の巨体を持つ誰か。


 自身の身の丈と同じ長さの、草花や鳥獣の毛で飾られた杖を手に、民が苦しみ悶える国に一人足を踏み入れたその男は、国の中心を見やり杖をしゃんと鳴らす。


『見るに堪えぬ、実に見るに堪えぬ愚行よ。我が生み出し、才ある者に与えし術をこうも醜き行いに利用するとは……救えぬ裏切者共よ、我が力を受け悔い改めよ!』


 そう言って、獣の貌を持った大男が頭上に向けて杖を振るう。

 その直後、がらがらと凄まじい音が舞台に響き渡る。直後、炎を表す赤い布を持った演者が舞台上を踊り狂い、大男の周囲を回る。


 災害に襲われる舞台に、先程とは打って変わって、慌てふためいた様子の愚王が転がり出てきた。


『き、貴様……なぜここに来た、賢者よ!』

『知れた事。掟を破り、己が欲望のまま災いを撒き散らす人間の屑め。我が伝えし秘術を以て人界に害を為すその行い、見過ごせぬ―――術師の祖たる我が直々に裁きを下そう』


 愚王、自身に師事していた男に冷たく告げ、大男-――賢者は再び杖を振るう。

 しかし、かつての弟子もただやられるだけではなく、杖と鞭を振るって、自らの命を狙う師に反撃を開始した。


『甘くみるな、老いぼれめ! 我は全てを治めし神であるぞ! 過去の遺物は疾く消え失せろ!』

『―――小僧め、己の力を過信したな?』


 炎を噴かせる愚王に対し、賢者は冷静に杖を構える。

 途端に、賢者の杖の先から閃光が迸り、師を返り討ちにしようと身構えていた愚王の胸を貫く。強烈な一撃を受けた愚王は、胸を押さえて苦し気に後退った。


『お、おのれ老いぼれめ…! 何が裁きだ! この力を生み出したのは、貴様であろう! 全ての元凶たる貴様が我を裁くなど、何様のつもりだ!』

『貴様にそう語る資格はない……貴様こそ、世に害をなす害虫だ‼』


 激昂した賢者が杖を横薙ぎに振るい、愚王の首に一閃する。

 首を断たれた愚王は絶叫し、血飛沫を辺りに撒き散らし、よろめきながら舞台袖の物陰に隠れて退場する。


 国を乱し、世界を乱した愚王を討ち取った賢者は、獲った首を民衆の前に晒してみせ、多くの拍手喝采を受け止める。

 そして観客席の方に向き、立ち寄った者全員に声を張り上げた。


『愚かなる王は今、ここに滅びた! 暗黒の時代は今ここに終わりを告げる……生き延びた人の子等よ、決して忘るる勿れ! 最古の魔術師―――創世の賢者の言葉を!』



「……なんか、師匠に似てるな、あの人」


 劇の終わりに、拍手喝采を受ける賢者役の男に向けて、シオンがぼそりと呟く。

 見上げる程に長身だったり、動物を模した仮面を被っていたり、弟子に対する態度が厳しすぎたりと、共通点は多々見受けられる。


 だが、このように他者の為に力を尽くすような事はしないだろうと、内心で苦笑をこぼす。

 国が滅びかけても、ああして態々元凶を撃ち取りに向かおうとなど、決してするまい。


「本日の御観覧、ありがとうございました!」

「…さて、次はどこに行くか。って言っても、もう夜も間近なんだけど」


 演者全員で横に並び、観客達に礼をする姿を見下ろしつつ、西の空に見えていた陽が見えなくなっているのに気づき、どうしたものかと考える。

 建国祭は深夜近くまで続くが、あまり遅くまで出歩くのも危険かもしれない。


 酔った観光客に絡まれる、浮かれた所を掏摸に狙われる、騒ぎを利用して襲われる、などなど祭の夜に横行する犯罪はいくつも思い浮かぶ。


「名残惜しいけど、いい加減帰るか。どうせ明日も明後日も続くんだし…」


 自分が出したごみを全て屑籠に放り込んでから、冒険者組合に向けて歩き出す。

 師はまだ寝ているのだろうか、それともとっくに起きて暇を持て余しているのだろうか。それならばさっさと戻らなければ、いつも以上に不機嫌になっているに違いない。


「ついでに何か、食べ物でも買って行こうか―――ん?」


 ご機嫌取りの為に、もう一度買い物に向かおうと考えたシオン。


 しかしふと、彼女の自慢の耳がまた何かの異音を捉える。

 無数の足音が重なった、徐々にこちらへ近づいてくるざくざくと響く音。何が大勢向かって来ているのか、とシオンが訝しげに顔をしかめ、振り向いたその瞬間。


 シオンと、その他の観客達を囲む形で、暗い色の衣服で身を包んだ集団が飛び出してきた。


「え、何―――?」

「―――撃てっ!」


 シオンが戸惑いの声を漏らした直後、その集団が背に吊っていた何かを構え、シオン達に突き付ける。


 何が起こっているのか、何を向けられているのか。

 それを理解するよりも前に、集団は弩の様な、鉄製の筒が備わった何かの引き金を引き、先端から光を放たせる。


 そして、多くの観客達が集まった舞台は一瞬にして、爆炎と噴煙に呑み込まれたのだった。

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