23:建国祭、開幕
ぽん、ぽんっ、と空で白い花火が上がる。
それに混じり、風で舞い上げられた紙吹雪が空を彩り、時折色とりどりの風船が浮き上がる。
雲一つない晴天の下、ラルフィント共和国は祝い気分一色に染まっていた。
国民の殆どが外に飛び出し、開かれた出店や催しを目当てに街中を歩き回る。今日から数日間だけ仕事の事は忘れて、工場も最重要箇所を残して休業に入る。
たまの家族の労わりの為に、反対に夫への慰労の為に財布の紐を緩め、遊ぶ事だけを考える日に臨む。
それを、普段は店に引っ込んでいる料理屋や土産物屋が、稼ぎ時と出店で出迎える。
この日の為に、本来馬車や蒸気機関式自動車が通る為の通りは全て、飲食や土産物の出店の為に解放され、訪れた人々がのびのびと祭典を楽しめるようになっている。
訪れる客は、国内で働き続ける勤労者達だけではなく、国外から噂を聞きつけてやって来る他国の者達もいた。
数にして数千人。騎獣や馬車、最新鋭の車に乗って、年に一度、三日間だけ催される祭典を目指し、大枚を叩いて態々訪れているのだ。
普段は防衛の為に閉ざされている大門も、今日ばかりは無礼講とばかりに開き切っている。
完全開放された門には騎士団が勢揃いし、訪れた国外の観光客を一人一人を検査し、終われば笑顔で送り出す。
しかし、大人数が審査に投入されているというのに、門の外には長蛇の列ができていた。
早朝から並び、誰よりも先に入国したいと張り込む根性の持ち主が、例年以上に大勢いたからだ。
「はいはーい、押さないでねー。普通に並んでたらすぐ終わる検査だから、怪しい事して俺達の手を煩わせないようにー」
普段は門番をやっている男も審査に参加していたのだが、次から次へと絶え間なくやってくる観光客の相手で、徐々に口調が荒くなってくる。
やや苛立ちながら、あと数時間でやって来る交代の時間の為に、そしてその後に待っている自由時間の為に、我慢して相手を一人一人確かめていた。
そこへ、ガチャガチャと鎧を鳴らして駆け寄ってくる、騎士団長コンドウ。
この日の警備の一部を担っている彼は、長い付き合いである門番の耳元に口を寄せ、囁きかける。
「どうだ、調子は」
「今のところ異常なしっす。変なもん担ぎ込んで来てる妙な奴もいないっすし、平穏そのものっすね」
「そうか……それは何よりだが、一応気をつけておいてくれ」
特に変わった事はないと門番が応えると、コンドウはやや険しい顔で視線を横にやる。
長蛇の列をなす訪問客。その中にもし、建国祭中に問題を起こす危険な輩がいれば、即座に対処することが難しくなる。
その為の大々的な入門審査なのだが、入念な所為か、想定以上に時間がかかっているようだ。これで余計に人の把握が難しくなっている。
「ただ予想以上のお客が多くて、面子がちと足りてねぇかもしれねぇすけど」
「うむ……追加したいところだが、他も警備に回してるからな。都合がつくまでもう少しだけ我慢していてくれ」
「へ~い…」
現状維持という判断に、門番はげんなりと嫌そうに顔を歪める。
後何十、何百人相手をすればこの激務から解放されるのやら、と肩を落としながらも、とぼとぼと待たされている次の訪問客の元へ審査に向かう。
それに苦笑をこぼし、コンドウは左耳に嵌めた金属片に触れる。
「おう、こちらコンドウ。正門に異常はなしだそうだ。そっちはどうだ?」
『こちら、中心街二番通り。異常なし。特に怪しい人物は見当たらないですね』
『こちら工業地帯、観光客でごった返してます。危なそうな奴は特に確認できず』
魔術を施し、遠くにいる相手とも双方向で話ができるという触れ込みで、騎士団に大量に採用された道具を駆使し、国中に配置させた部下達に確認を取る。
化学製品とそう変わりない性能のそれに、コンドウは感心しつつ職務に集中する。
「いいか、今年で20回目になる祭だが、これまでに何度も騒ぎを起こす奴らが現れた。ただの酔っぱらいやチンピラならまだいいが、お祭り気分で浮かれた所に付け入る犯罪者も何人もいた! 油断するなよ、そういう輩を見つけ次第周囲の仲間に連絡し、複数で取り押さえろ!」
『了解』
『あいあいさー』
『合点承知でーす』
「……お前ら、ほんとにわかってんのか? まぁ、とにかく頼むぞ?」
気の抜けた返答を返す、部下にして元生徒達に呆れたため息をつき、コンドウは首を横に振って気分を入れ替える。
皆、毎年やっている事なのだから、今更注意しなくても大丈夫だろう。そう考え、異なる世界で現実にもまれ、頼もしく育った彼らを信頼するつもりで、街の方に足先を向ける。
「今年も何事もなく終わりますように……頼むぞ、どっかにいるかどうかもわからねぇ神様よ」
実在するかどうかも不明な、もしかしたら自分達をこの世界に呼び寄せたかもしれない張本人に向けて、意味のない祈りを口にする。
しかし口ではそう言いつつも、年に一度の催しに対する意欲は高く、コンドウの口には笑みが浮かぶ。
こんなめでたい日にわざわざ騒動を引き起こすような馬鹿な輩はいるまい。少しぐらい楽観的になってもいいだろうと、騎士団長は軽い足取りで街に向けて歩き出すのだった。
男も女も、老人も若者も、多種多様な人種が一堂に会し、楽しみ稼ぐ祝いの場。
誰しもが満面の笑顔で街を巡り、一年を無事に過ごせた事を神に感謝し、今日という日を全力で楽しんでいた。
―――のだが、中には全く積極的でない者もいた。
「……ねー師匠、行こうよ。こんなに晴れ晴れとした、お祭り日和だよ? 行かなきゃ絶対に損するでしょ」
「興味がないわ。行きたかったら行っておいで」
冒険者組合の玄関広間、その一角の椅子に腰かけ、気だるげに煙管を燻らせる黒衣の魔女だけは、騒がしい外に鬱陶しそうに顔を歪めていた。
彼女の衣服の裾を引っ張り、無言で促す黒猫の少女だが、魔女は全く動く気概を見せない。
唇を尖らせ、じとりと抗議の視線を向けていたシオンだったが、やがて渋々手を放し、師を睨んだ。
「師匠…こんな楽しそうな日に外に出ないとか、本気で言ってる? 祭だよ? 出店だよ?」
「煩いのは嫌いなのよ……お小遣いはあげるから、あんただけで行ってきなさい。一人が嫌なら、どっかで誰か誘いなさい」
「……師匠、私友達いないよ」
「知り合いでもいいでしょ……ヒミコでもイトウでも」
「そんなに仲がいいわけじゃないんだけど…」
どんなに誘っても、師は帽子で顔を隠し、椅子の背もたれに体を預けて寛いでいるだけ。ぐいぐいと身体を揺らすシオンに、見向きもしなかった。
「知り合いを誘えって言ったって……」
「お? どったのシオンちゃん、まだお祭に行かないの?」
どうしても師と共に行きたい、というか師以外と一緒に行動するのは気が引ける、と諦めきれないシオン。
そこへ、何やら上機嫌なイトウの声が響き、つられて振り向く。
そして―――見るからに金がかかっていそうな、上品な私服姿をした彼に、シオンは思わず険しい顔になる。
「……何、その格好」
「ん? あ、いや、ね? これから連れと出掛けるもんだからさ、身嗜みはしっかりしとかないとと思ってさ? 人付き合いってそういう気の遣い合いジャン? 他意はないよ、うん」
じとっとした目で問われ、上ずった声で聞いてもいない事を答えるイトウ。
胸元には薔薇の花が差され、微かに香水の匂いが漂ってくる。相当気合いを入れて装いを選んだ事がまるわかりで、シオンは何故かつい後退ってしまう。
イトウはかなり浮かれているようで、シオンが引いている事にも気づかず、倦怠ている魔女の前に移動し恭しく辞儀をしてみせる。
「失礼、先生。自分はこれから大事なようがありますんで、申し訳ないが本日はお仕事は休みになります。御用の際は本日出勤の従業員にどうぞ」
「はいはい……いいからさっさと行っちまいなさいな」
「では、これにて―――ひゃっほう! ギルマス最高! 異世界最高!」
道化のような気取った動作で首を垂れたかと思えば、兎のように軽々しく飛び跳ねていくイトウ。
そうそうお目にかかれないような浮かれ振りに、唖然としたまま固まっていたシオンが、恐る恐る訳を知っている様子の師に尋ねてみる。
「……何であんなご機嫌?」
「誘われたんだって、女に。一緒に回りませんか、って」
「うそぉ…」
信じられず、イトウが去っていった方をもう一度見やるシオン。
異性との出会いと縁遠いと噂の冒険者組合。その頭となれば忙しさはより上を行き、就き続ける毎に根気がみるみる遠ざかっていく印象を受ける仕事のはずなのに、と。
異性に誘われ、この世の春とばかりに燥いでいた彼の姿に、シオンの表情が引き攣っていく。
「……騙されたりとかしてない?」
「さぁ? そのへんはあの男の行動次第だし、どうでもいいわ……あんたも気にしない事よ」
「……師匠はやっぱり鬼だ」
深いため息とともに肩を落とし、シオンはやれやれと首を横に振る。
そのまま、力ない足取りでギルドの出入り口に向けて歩き出す。
「わかった……師匠が本気で行く気がないんなら、私だけ行ってる。その気になったら、追って来て」
「気にせず行ってきなさい。私はここに居るから……」
帽子を顔に被ったまま、ひらひらと手を振る師に、またため息がこぼれるシオン。
大きく息を吸った黒猫の少女は、ふっ!と強く吐き出して気分を切り替え、打って変わってしっかり地面を踏みしめて歩く。
「お昼に何か適当なもの買って来るから、待っててねー」
「……だから気にするなってのに」
師の呟きが届いたかどうかは定かではないが、シオンは組合所を出ると、小走りで喧騒が響いてくる方へ急ぐ。
軽やかな足音が聞こえなくなってから、魔女はのそりと体を起こし、帽子を深く被り直した。
「―――さて、あれらがはたして今日動くのか……面倒だが、あの小娘が変に首を突っ込んで騒ぎを大きくしてもかなわん。少し探りを入れおくとしようか」
そう呟いた瞬間―――師の足元に広がる影が、突如ぐにゃりと形を変える。
まるで無数の虫が蠢いているかのように、薄暗い組合内で広がる黒が広がり、分かれ、組合の外に向かってすばやく移動する。
正面玄関を這った影は、やがて無数の破片となって飛び散ったかと思うと、歩き回る人々や物陰、野良犬や野良猫の足元に潜み、消えていく。
「こちらとしては、さっさと尻尾wp出してくれた方がありがたいのだがな―――」
得体の知れない何かを街中に撒き散らせた師は、やがて瞼と顔を伏せ、椅子に座ったままぴくりとも動かなくなる。
呼吸の音さえ聞こえなくなった魔女に気付く者は組合内には一人もおらず、魔女は彫像のように身動ぎ一つせず、その時が来るまで沈黙し続けるのだった。




