20:漂流者達の憂鬱
真上に達した陽の光に照らされる、凶悪に歪んだ貌で虚ろな目を地に向ける巨熊。
その周囲で、数人の鎧を身に纏った男達が集まり、レンズがついた道具を構える。
周囲の樹々には特殊な臭いを発する帯が巻かれ、人や森の生物が何も近付かないように処置が施されていた。
「ご愁傷様、って言っとこうか」
魔術を用いて作られたその道具の突起を押すと、一部が光を放つ。
直後、道具の真下に開いた細い隙間から一枚の紙がはみ出し、持ち主の手元に落ちてくる。
「…胸糞悪ぃな、矢鴨みてぇだ」
「異世界でこんな事件扱うなんて思いたくなかったよな。……まぁ、サイズがこんな違うけどよ」
見る見るうちに、手元の紙の表面に景色が映し出されるのを確認し、騎士にして〝漂流者〟である男・土方孝士郎とその同僚・沖田智司が思わず顔をしかめる。
無惨に殺された野生動物の事件、それは彼らが元の世界にいた時にも報道される事が度々あった。
見ているだけで気が滅入るような内容で、茶の間に流れる度に顔をしかめた記憶がある。
ただし、その場合被害に遭うのは素手でも問題なさそうな小動物ばかりであり、こうも巨大な動物を殺そうとするも差はいなかったが。
「何で俺らが、って思うけど……そういう決まりだってんだもんな」
「この森、国の管理下だからな。勝手に入れないし、勝手に狩りも採集もできないし、謎の変死体なんぞありゃ放置はできねぇって話だ……まじで面倒臭ぇと思うけど」
「鳥獣保護法とかそんな感じだっけ? 密猟者とかハンターとか、そんな感じだろ?」
「そんな感じだったと思うぞ、法律細かすぎてよく覚えてねぇけど」
だらだらとだべりながら、忙しく動き回る騎士達に目をやって巨熊の前にしゃがみ込む。
恐ろしい形相と対面し、哀れな最期を迎えた犠牲者の前で黙祷を捧げる。獣とはいえ、望まぬ死を迎えた者への最低限の礼儀を果たす。
そして改めて、巨熊の身体に刻まれた傷跡を見やる。
「この世界の武器って、まだ剣とか弩とかだろ? 何だよ、この傷跡…」
「魔術かなんかだろ。どっかの魔術師様が、試し打ちとか言って適当な獲物でも探して、此奴と遭遇しちまったのさ」
「そんで、死骸をほったらかしにして帰った、と……やっぱ胸糞悪いわ」
「ファンタジー世界ってさ、もっとこう……違う感じじゃないの?」
「今更だろ、そんなもん」
故郷では小さな小動物が被害に遭っていたが、今目の前にいるのは猛獣である。
この森の生態系で頂点に君臨するような怪物が、ただ人間の憂さ晴らしのために命を奪われ、骸を晒された。
物語の登場人物のような格好をして、血生臭い現実と対面させられる自分達を顧みて、二人でがっくりと肩を落とし、陰鬱な気分になっていた。
「あー、第一発見者の魔法使いさんは?」
「組合に報告と証言に行ってるってさ。面倒臭がりながらも真面目だよな、あの人」
「俺らの事、しっかり見つけてくれたもんな」
脳裏に思い浮かべる、仮面を被った大男の顔、あるいは気だるげな表情が特徴的であった魔女。
愚痴をこぼしながらも、わざわざ騎士団と組合に向かい事情を知らせてくれる彼、あるいは彼女の性分に、ヒジカタとオキタは呆れた声で話し合う。
恩人の頼みでこの場に集まり、現場検証を担った二人。
駆り出される事自体は面倒臭いが、一社会人としての矜持があり、二人とも真剣な眼差しを目の前の亡骸に向ける。
「……あのさ、智司。俺、こういう事しそうな奴に心当たりあんだけど」
「奇遇だな、俺もだわ」
「やっぱあいつだったりすんのかなぁ……」
「いや、あいつは魔術士とかの柄じゃねぇだろ。使いてぇとかしょっちゅう言ってたけど……まぁ、使えたらするだろうな、あいつ。前々からやべぇ奴って噂だったし」
遥か昔、数十年前の記憶を思い出し、二人で顔をしかめる。
彼らには一人、嫌われ者の同級生がいた。いつも一人で過ごし、誰とも話す事なく陰鬱そうな目を向けていた男子生徒だ。
ヒジカタ達も言葉を交わす事は一度もなかったが、彼が向ける視線はいつも刺々しく、他者に対して自分勝手な苛立ちを抱いているように見えた。
そんな態度や、彼の住む家の近所で度々事件があったという噂で、誰も積極的に関わりを持とうとはしていなかった。
そんな彼は、こちらの世界で屡々こう口にしていた。
―――何なんだよ、このくそみてぇな世界は!
こっちは主人公だぞ! プレイヤーだぞ!
ヒロインもいねぇしイベントも起きねぇし、クソシナリオ過ぎんだろ!
―――ログアウトもできねぇとかふざけんじゃねぇよ!
消えちまえ、こんな世界‼
まるで、己が今存在する世界を架空の物のように吠える少年に、彼と関わった街の住民はおろか、同郷のコウシロウ達でさえも遠巻きにするようになった。
元の世界で潜んでいた本性が滲み出るようになった彼の姿を思い出し、二人の騎士は深いため息をついて肩を落とす。
「野良犬だの野良猫だの殺して埋めたとか、自作の弓矢で公園の鳩撃ってたとか、そんな話しか聞かなかったよな」
「ぶっちゃけ、あのまま地球にいても何かやらかしてたと思うよ、俺は」
「こっちでもやらかすのとか、まじで勘弁してほしいよなぁ」
「経験値とかレベルアップとか言ってそうだよな…」
そんな彼も、この世界に漂流してきた。
そして……ついに現実を受け入れられなくなり、随分と昔にコンドウ達の元から姿を消したのだ。
嫌っていたといっても、数少ない同郷の物だからという理由で、ヒジカタ達漂流者全員で探し回ったものの、今日に至るまで痕跡すら見当たらずに終わっている。
忙しさの合間を縫ったというのに、手掛かりさえ残さずに終わった迷惑な知り合いに、コウシロウ達は今でも苛立ちを抱いていた。
「近藤先生、あいつの事は特に気にしてた……って言うか監視してたから、あの頃は滅茶苦茶憔悴してたよな」
「最近は持ち直したけどな。ほんっと、居てもいなくても迷惑な奴だった。……今頃どこで何してんのかと思ってたけど、まさかなぁ」
「こんな予想、外れてりゃいいけどな……」
しみじみと語り、また二人で肩を落とす。
重いため息ばかりこぼれる二人の精神状態は、もう散々なものになっていた。
「…土方さん、沖田さん。組合の方がいらっしゃいました」
「うぃーす、お疲れさん。毎度毎度ご苦労様です、お二人さん」
そこに、獣除けの帯を捲ってやって来る、ヒジカタ達と同じく鎧を纏った女性騎士・斎藤桃香と、組合の制服を纏った男性・イトウ。
彼は気だるげに腰を曲げ、横たわる巨熊の前にしゃがみ込むと、無言で手を合わせて瞼を閉じた。
「お前か、伊藤。組合も大変だな、こんな事件に駆り出されるなんて」
「まったくだ。はぁ……次から次へと、もうじき祭で楽しめるってのに勘弁してくれよ」
ぐきぐきと首を鳴らし、虚空を見やるイトウ。
久しぶりに集まった異なる世界出身の元同級生達だったが、それを喜ぶ状況ではなく、全員重い雰囲気を漂わせる。
気だるげにこぼれたイトウの呟きに、トウカが訝しげに首を傾げた。
「…冒険者組合は年中無休なのでは?」
「組合自体はな。冒険者は違うんだわ……明後日だけは何処の誰もが仕事を忘れて楽しめるって、み~んな組合に来なくなっちまうんで、殆ど休みになるのと同じなんだよ」
毎日依頼が舞い込み、忙しさがある冒険者組合としては、そんな仕事が激減する日は貴重である。
そんな日の前に事件が起こるなどという事は、イトウ達組合職員にとっては非常に迷惑な事態であった。
「…まぁ、やれるだけの事はやるけどよ。ったく……どこの誰だよ、愉しいお祭りの前日にやらかしやがるような馬鹿は」
「さぁな、今調べてるところだが、得物が普通じゃねぇって事しかわかってねぇよ」
「この傷か、どれどれ……」
「あんまり触んなよ。一応こいつも、事件の重要証拠の一つなんだから」
傷を覗き込み、目を細めるイトウに注意するオキタ。
それに適当に返事を返しながら、イトウは痛々しい傷跡に顔をしかめて黙り込む。
「…お前らもあいつだと思うか?」
「似たような奴もいるだろうしな……つーか、この国って割と物騒な話題で溢れてるし。違う奴の可能性の方が高いだろ」
「まぁ、な。そういや、その手の事件も最近多いな」
「まったくの別件……だといいんですけど」
自分の膝の上で頬杖をつき、背を丸めるイトウ。その後ろでヒジカタとオキタ、トウカも腕を組み、考え込む。
知り合いが事件の犯人という事態は考えるだけで気が滅入るが、他の誰かであったとしてもそれで気が軽くなるわけではない。
不気味な悪意を持った何者かが、凶器を持って何処かに潜んでいるという事実に、全員が暗い顔で虚空を見つめていた。
「あ~あ、ほんっとに面倒臭ぇ事ばっかり起きやがって……異世界召喚なんてくそくらえだ、畜生め」
心底嫌そうなイトウの呟きに、元同級生達は頷きでは無くため息で応えたのだった。




