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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
19/42

18:組合の朝

 山々の間から陽の光が覗き始めてそう経たない頃。

 冒険者組合〝翼獅子の瞳〟はしんと、昼間の喧騒が嘘のような静けさに包まれていた。


 冒険者達は元々定時という概念が薄く、働き始める日時は非常に区々である。

 予め訪れる日を決めている几帳面な者もいれば、気分次第で休む横着者もいる。朝目が覚めた直後に組合にやってくる者もいれば、昼間を過ぎてようやく起きてくる者もいる。


 決まった時間を決めているような真面目な者は、そもそも自由主義な冒険者になる事が少なく、組合に所属する者は大抵朝早くから組合に顔を出す事はない。


 いるのは組合の職員達ぐらいなもので、やや眠そうな顔で組合内の掃除や依頼書の整理、あるいは書類の仕分けや帳簿の計算を行っていた。


組合長(ギルドマスター)〜、朝の掃除当番終わりましたぁ〜」

「ん、あぁ。りょーかいりょーかい…んじゃ、受付準備始めといて。……まだ誰も来ないと思うけど」

「は〜い」


 ギルドの支部長を務めるイトウもまた、勝手に閉じようとする眼を擦りながら自分の職務に励もうとしていた。

 のんびりした口調が目立つ山羊の角と耳が生えた女性に指示を与えつつ、十年以上続く億劫な仕事にお空想にため息をこぼす。


「…異世界に来てまで、俺ぁな〜んでお役所仕事なんてしてるんだろうなぁ。しかも公務員なのにたいして給料よくねぇし……」


 自分が世界を渡ってからずっと抱き続けている感想を呟き、深いため息をこぼす。

 始めはコネでの就職で平から。初めての仕事に四苦八苦し、先輩や同僚に小突かれながらなんとか経験を積み、現在では部下に仕事を割り振り纏める役割を担っている。


 胸を張るに足る、立派な社会人である事は確かなのだが、満足しているかどうかはまた別の問題であった。


「仕事があって給料をもらえて、生活ができる事自体はありがたいと思うが……異世界に来てまでやる事じゃねぇよなぁ」


 最初は感動があった。

 イトウも地球出身の日本人であり、小説や漫画は好んで読んでいた。

 物語の中に登場する架空の人種や仕事と実際に出会い、関わりを持てているなど、世界をわたるまでは想像することしかできなかった経験だった。


 だが、それも最近ではとっくに薄れてしまった。眼に映る景色も、獣の耳や尾を持った男女も、ありえない現象を起こす魔術も、見慣れた日常の風景にしか思えなくなっていた。


 初めはまるで夢でも見ている気持ちでこの世界を見ていたが、今やただの何の変哲も無い現実でしかないのだ。


「異世界に来たからって魔法が使えるわけでもねぇし、だからって冒険できるような能力(チート)もねぇし、可愛い女の子との出会いもねぇし、気付いたらこんなおっさんだし……異世界召喚って何もいい事ねぇな」


 今ならよくわかる。物語の中の主人公がいかに恵まれた、都合のいい世界に生きていたのか。

 多少危ない目に遭うのは物語の都合上仕方がない事だが、それでもまず死ぬ事はない。主人公が死んだら話はすべて終わりで、ヒロインとの出会いや努力が報われる事など、いい事がなければ読者が楽しめないからだ。


 ちなみに、それとは真逆の悲劇ばかりが起こる物語も多くあるが、イトウの好みとは異なっていたため読む事はなかった。


「無理して無駄に死ぬのは嫌だし、俺ぁきっと、この先もモブとして一生を終えるんだろうな……あぁやだやだ、考えるだけで気が滅入る…」

「あの……伊藤君……じゃなくて組合長」


 死んだ目で虚空を見つめるイトウの元に、おずおずと躊躇いがちに声がかけられる。

 イトウは面倒臭そうに振り向き、真新しい制服を纏った若い娘―――ヒミコが箒を手に居心地悪そうに立っているのを見る。


「表の掃除、終わりましたから……次は何したらいいですか?」

「ん、えっとねぇ…昨日教えた書類整理やっといて。君の机に山積みになってるから、上から順番に片付けて行っちゃって」

「は、はい」


 時間を確認し、組合内の職員達を見渡し、同郷の新人職員に仕事を割り振ると、少女は緊張した面持ちで歩いていく。

 方に力が入りすぎている元同級生を見やり、イトウは苦虫を噛み潰したような顔で肩を落とす。


「……なぁ、妃さんや。本当なら同い年なんだから無理に敬語使わなくていいのよ? 君に遜られるとなんか変な気分になるのよ」

「…公私混同は良くないと思って。それに、あなたにあんまり馴れ馴れしくしていたら、他の職員の人達に変な誤解をされたりしましたし」

「……あー、あれね」


 与えられた席に着き、言われた通り書類の整理を始めるヒミコの言葉に、イトウは気まずそうに目を逸らして頭を掻く。


「まさか、愛人だと思われるなんてなぁ……そんなんじゃねぇってのに」


 世界を渡る前までの関係性を続けようと、年齢を気にせずに遠慮なく話すようにと言っていたのだが、彼らの関係性を知らない他の職員達にはまた別の関係に見えたらしい。

 ひそひそと小声で噂話をするのはまだいい方だが、中には直接そういう関係なのかと尋ねてくる者もいた。


 誤解を解くのにかなりの時間を要した上、お陰で私的な時間以外で話す事も、昔を懐かしむ事もそうそうできなくなっていた。


「側から見たら、おっさんといたいけな少女がふしだらな関係を築いてるようにしか見えねぇしな……ファンタジーの次は昼ドラかよ。まじで鬱になってくるわ、あぁやだやだ」


 主人公になるどころか、山も他にもない平和な暮らしさえままならない。

 思うようにいかない理不尽な世界に、イトウは重いため息を何度もこぼす。こんな陰鬱な気分に何度なったか、もう数え切れないくらいであった。


「…それであの、伊藤君」

「…ああ、あれだろ」


 そこへ、書類仕事をしながらちらちらと視線を他所へやっていたヒミコが、我慢し切れなかった様子でイトウを呼ぶ。

 イトウもまた心底気になった様子で、組合の酒場の一角に腰を下ろしている二人へ視線を送った。


「……」

「……ぬぅ」


 誰もいない酒場の隅の席に座る、眼帯を巻いた魔女とその弟子。


 来るや否や、魔女と弟子は組合内の酒場の席に座り、片方はいつも通りの無愛想な無表情で煙管の煙を薫せ、もう片方は目の光を失った陰鬱な表情で項垂れ出した。

 会話も一切なく、触れるなとんばかりの重苦しい沈黙が、かれこれ数十分も二人の周囲に漂っていた。


「…間違いなく何かあったんだろうな」

「一体何が……」

「知らねぇよ。あの状況で聞きに行くって相当勇気いるぞ。知りたかったらお前が行けよ、仕事待たせてやるから」


 表情こそ変わらないが、不機嫌である事がまるわかりな魔女達。

 気にはなるが、藪をつついて蛇が出てくるような事態は避けたいと、イトウは見なかった事にして組合の奥に引っ込んでいく。


 ヒミコは彼を呼び止めようと手を伸ばすも、すぐにやめて苛立たし気に鼻を鳴らす。

 仕方なく、イトウと同じく近づき辛く思ったが、意を決して二人がいる席の方へ近づいていく。


「…あの、どうしちゃったんですか?」

「……この子の一人立ちが、遠のきそうでね。落ち込んでんのよ」

「一人立ち、ですか?」


 ヒミコが尋ねると、アザミは隣で項垂れているシオンを見下ろし、煙管の煙を勢いよく吐き出して言う。

 意味が分からず首を傾げるヒミコに、魔女はため息をつき、じろりと横目を向ける。


「公認魔術師試験っていうのがあってね、それを通らないと魔術を勝手に使えないのよ。その試験を受けるためにこの国の学園に来たんだけど、色々あってね……」

「はぁ、なるほど…?」

「こないだの一件で、実技試験がやり直しになっちゃってねぇ……被害にあった受験者と中庭の修繕にかなり時間を取られるそうよ」


 この世界に、そしてこの国に来て時間が浅いヒミコは、何やら事件があったのだなという事と、黒猫の少女にとって何か重要な用事があったのだなと理解する。

 同時に受験、という言葉から、元の世界でほったらかしになったままの行事の事を思い出し、ヒミコは少しだけ憂鬱な表情になった。


「…魔法使いにも色々大変な事があるんですね」

「まぁね……その上、3日後に建国祭が控えてるから」

「建国祭?」


 またもや聞きなれない単語を教えられ、目を丸くする。

 アザミは目線で問いかけてくるヒミコに、面倒くさそうにため息をつき、口を開く。


「悪政を敷いていた愚王とその臣下を弑して、人種間の差別を取り払った今の国を造り上げた……って記念の日の事よ、国中挙げてお祝いするの」

「へぇ……ああ、それで」

「そう、祭りの間は試験は行えないの。学園も参加するから、一度に二つも行事は行えないのよ」


 お正月やクリスマスみたいなものか、とヒミコは自分なりの解釈をする。

 一年の始まりを祝う日のように、その国にとって大切な出来事を忘れないように毎年同じ日にみんなで祝う、というものなのだろう。


 悪政だの差別だの、酷く物騒な単語が聞こえてきたが、それは敢えて無視する。


 そぢてヒミコはこの時、それまで遠慮して言わずにいた思いを一つ、意を決して口にした。


「……ていうかあの、ここは今、私しかいないから、その喋り方はやめて欲しいんですけど……」

「……見た目に合わせているだけだ」


 恐る恐る頼んでみると、魔女―――師は途端にあの異様な響きを持つ声になり、苛立った風に告げる。

 やがて師はヒミコから視線を外すと、また煙管を咥えて黙り込んだ。


「じゃあ、しばらく足止めになるって事ですか?」

「そうだ。迷惑極まりないが、祭の間は大人しく待つ事にした……その間も仕事はせねばならんがな」

「……大変ですね」


 何があったのかはよくはわからないが、こうして不機嫌そうに席を占領し、煙を燻らせている様を見るに、相当厄介な面倒事に巻き込まれたのだろう。

 本来の目的を果たす事ができず、自由に動けない状況に陥らされている師に、ヒミコも思わず同情の眼差しを送る。


 無言で煙を吸っていた師は、不意にじろりと、組合の制服を身に纏っているヒミコを見やった。


「……お前は此処に務める事になったのか」

「あ、はい。先生の紹介で、雇ってもらえる事になりました。…その、本当にありが」

「感謝は無用だ」


 結局言えずじまいになっていた感謝の言葉を口にしようとしたヒミコだったが、それを師はぴしゃりと拒絶する。

 礼をしていたヒミコは、師の言葉の冷たさにはっと顔を上げ、頭上から冷めた目を向けてくる魔女の姿をした彼を凝視する。


「いや、そういうわけには……」

「用事が終わり次第、己と此奴はこの国を去る。それまで旅費を稼ぐのに通うが、それだけだ。この先会う事もないだろう」

「……アザミさん」

「達者で、とだけ言っておく。後は自分でどうにか生きるがいい……行くわよ、シオン」


 そう告げると、がたっと椅子を鳴らして立ち上がり、歩き出す師。

 途中で項垂れたままのシオンの後頭部を叩き、強制的に正気に戻してから、そのまま依頼書が貼られた掲示板の方に向かう。


 その様子を見ながら、イトウは思わずやれやれと肩を竦めていた。


「……話すのも嫌なくらい人間が嫌いなら、弟子なんて取らねぇで山奥にでも引っ込んでりゃいいのに。面倒臭ぇ人だよな、あの人ぁ」


 立ち去っていく魔女と弟子の背中を見送りながら、そんな愚痴をこぼすのだった。

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