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【試読版】創世の賢者【一応完結】  作者: 春風駘蕩
第0章(お試し版)黒猫少女と仮面の師匠
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09:基礎の基礎

 陽が真上に昇った、何処からか旨そうな臭いが漂ってくる頃。

 学園の尖塔から鐘の音が響き、午前と午後の授業の合間の、生徒や教員達が昼食を取る時間を示した時。



 学園内の小さな中庭。大きな木が中心に生えた、芝生に覆われた八角形の空間。

 青々と茂り、頭上の視界を一杯に覆う木の葉の間からは、陽光が柔らかく降り注ぎ、下にいる者に温もりを与えている。


 そんな爽やかな空間の隅で、魔女は風に髪を揺らしながら一人佇んでいた。

 辺りに目をやって目に映る景色。教室から出てきた数人の魔術師の卵達が、術の練習や研究に没頭したりして、思い思いに休み時間を過ごす様を見やりつつ、魔女は先程の失態を思い出しため息とともに肩を落とす。


「……失敗したな。奴等には妙な印象を与えたか」


 歪な声で呟き、面倒くさそうに呟く師。

 講義の終わりに、生徒の一人からもたらされた質問に対してついこぼしてしまった苛立ち。常人であれば、怒り狂った姿に見えるそれを見せてしまったことを、師はひどく後悔していた。


 目立つ事を是としていない師にしてみれば、迂闊な失態としか言えなかった。


「どうにも、()()()を聞かされると苛立って敵わん……何が悲しくて、あんな痛々しい愚者の妄想を聞かなければならんのだ。腹の立つ事をしおって……」


 自身の記憶の奥深くに押し込めていた、とある人物の顔を思い出し、師が口汚く吐き捨てる。

 精神的にまだ幼く見えたあの生徒が口にした、あの話について思い出すと、師はどうにも苛立って仕方がなくなるようで、険しい顔で宙を睨み続ける。


 魔女の機嫌が悪い事を察してか、魔女の近くで寛いでいた生徒達は皆、被害を恐れてそそくさと離れていった。


「師匠〜、筆記試験終わったよ〜」


 一人黄昏る師の元に、表情を明るくさせたシオンが戻って来る。

 やや駆け足で、何事かと振り向いてくる人目も気にせず、平坦な表情のまま目だけを輝かせて魔女の側に立つ。


 苛立つ魔女に臆する様子も見せない黒猫の少女に、学園の生徒達はぎょっと目を瞠り、彼女を凝視していた。


「そう、調子は?」

「バッチグー」

「……どこでそんな言葉を覚えてきたか知らないけど、上々ならいいわ」


 軽い足取りに張った胸、ふんふんと荒い鼻息から、向かった試験の自己評価がいかほどなのかが自ずと見えてくる。

 行きにとんでもなく不安に苛まれ、がたがたと震えて真面に喋る事もできないでいたくせに、終わった後で自信満々な態度を見せつけていた。現金な弟子に、師は呆れて声も出せなくなる。


 ふと、師はシオンの手にある紙袋に気付き、思わずじとりと咎めるような視線を向ける。


「……いつの間に昼飯なんて買ってきたの」

「さっきそこに移動販売の押し車が来てたから、そこで。…師匠も食べる?」

「いらない…」


 ごそごそと紙袋を漁り、丸く香ばしい香りを漂わせるパンを差し出すシオンに、アザミは肩を竦めて首を横に振る。

 流石に、師が鬱陶しがっている事に気付いたシオンは、黙って先に昼食を口にし始める。


 試験後の受験者達や、授業の合間の休憩中の生徒達が友人同士で談笑する姿を眺め、魔女の弟子はその隣で、もくもくとパンを頬張り咀嚼する。

 無心でパンを頬張っていたシオンはふと、自分達が今いる中庭の一部に集まる少年少女達に気づく。


 十歳までの幼い子供達が、先端に何も付いていない小さな杖を一身に振るい、一生懸命になっている。

 シオンはそれを見て、懐かしそうに目を細める。


「初等部の実習か…アレ、初めてやると難しいんだよな」

「術師の基本だもの。あれができない限り、どんなに高級な触媒を手に入れようと、一生魔術なんて使えないわ」

「世知辛い……最初の関門が厳しいんだから、あむ」


 掛け声を合わせ、一列に並び、ぶんぶんと力任せに杖を振る子供達を眺める魔女と弟子。

 そのうち、一人の男児がぼっ、と大きな火の玉を発生させた。すると隣の女児や男児も、似たような規模の火の玉を発生させ、皆で一斉に歓声を上げて燥ぎ出す。


「いいなぁ、あれ。私あんなでっかい炎出せないもんなぁ…」


 ぼそりとシオンが呟き、子供達を恨ましそうに見つめる。

 自身の指を一本突き出し、指先に強く集中し、ぽっと小さな火を灯してみせてから、シオンはがっくりと項垂れる。


「そもそもの魔力が少ないからなー、人並みって師匠に言われたし。…ああいうでっかいの一発でも撃ったら即、すっからかんになっちゃうもんな」

「できなくていいわよ、危なっかしい。あんたがあんなもん使い始めたら、どんな被害が他所に出るかわかったもんじゃない」

「……ひどいよ師匠。ほんとの事だけど」


 購入したパンを全て食べきり、ごくりと呑み込んだシオンが師をじろりと睨む。物心ついた頃からずっと年共にいるのに、まったく信用がない事につい弟子の口から抗議の声が漏れる。

 はぁ、とため息をついてから、シオンは再び幼い魔術師の卵達を羨ましそうに見やった。


「一度でいいからああいうの撃ちたい。どうにかして総量を増やす方法ってないかな」

「今更その基礎を聞くか、馬鹿……もう数十分もすれば実技を試す時間だぞ」

「そうだったばばばばばばば」

「……」いい加減にしろ、馬鹿弟子


 恐怖と緊張でまたブルブルと震えだすシオンの呟きに、魔女は呆れた声でぼやく。

 ふっ、と鼻を鳴らすと、師は手近にあった枝を拾い、シオンの足元の土を削って絵を描き始めた。


「そもそも、魔力を得る為に必要なのは日々の()()よ―――」



 ―――魔術により多様なエネルギーに変換される魔力、これは元々は植物が生み出すものである。


 植物が光合成を行い、二酸化炭素から酸素を生成する過程において、根から吸収した栄養に含まれる魔力素が魔力として葉や茎、花の蜜や果実に蓄えられる。

 それを小動物や草食動物が摂取する事で、より多くの魔力が体内に蓄積。さらにそれを肉食動物が捕食する事により、最終的に大量の魔力が体内に満ちていく事になる。


 同時に生物の体内に元々備わっている器官、魔臓(マギ・オーガン)と呼ばれる臓器も発達していく事になる。

 これはごく最近確認された特殊な臓器で、心臓の近くに存在し、そこから全身に魔力を通す管が張り巡らされているという。


 自然環境における食物連鎖の図は、そのまま自然界に存在する生物の保有魔力量の順位として見る事ができる。

 故に強い生物―――この世界においては龍や竜などが最も多くの魔力を保持し、植物や微生物は微かな魔力しか有していない事になる。


 人はこの食物連鎖から半ば外れた存在であり、様々な種類の生物を捕食し魔力を得る事ができる為、生物の中でも特段に高い魔力量を誇っているとされる。


 しかし、全ての人が食物を口にできるわけではない。

 生活環境や能力の違いにより、食料を確保できる確率も異なる。生まれた時から多くの栄養を摂取していれば、魔力を収める体内の器官の容量も大きくなり、逆に十分な栄養を摂取できなければ、器官は発達せず未熟なまま。

 裕福な者が特に魔力量に優れ、逆に貧しい者から十分な魔力を有する者は生まれにくくなるのだ。



「―――そういうわけで、魔力を増やすには毎日きちんと栄養が含まれた食事を取る事……だけど上限は人それぞれ、そういう事よ」

「……私結構食べるんだけど」

「容器の方が小さいからそれ以上は無理ね」


 魔女が容赦なく切り捨てると、シオンはがくっと項垂れ呻き声を漏らす。ほのかな憧れを否定され、試験中だというのにやる気が急降下してしまう。

 唇を尖らせ、不満をあらわにした少女は、中庭にいる生徒達を眺めてぼそりと問いの声を上げる。


「…じゃあ、金持ちが強くなれて、貧乏人は弱いままって事? なんて世知辛い世の中……」

「だからこうして試験をやってんのよ。そういう金にものを言わせて、物事を自分に有利に運ぼうとする馬鹿に力を与えないように」

「…つまりはいけ好かない馬鹿」


 はぁ、と遣る瀬無さでため息をこぼすシオン。自身の才能を磨く為に入学した学園だというのに、血筋によって優劣が決められてしまう生徒達が不憫に思われたようだ。


 師はそんな弟子に、お前は何様かと言わんばかりの厳しい視線を向けていたが、やがて諦めたように目を逸らす。

 考えていた感想は、シオンとさして変わらなかったからだ。


「そういう輩が出てくるのは確かな話ね。まぁ、あの子は……ここは相当に審査を厳しくしてるみたいだし、そうそう関わる事もないだろうから別に構わないけど」

「どけ! どけ、餓鬼共! 邪魔だ! さっさとどけ、小汚い餓鬼共が、教師の邪魔をするな!」


 魔女がそう纏めようとした時、中庭に通じる出入り口から突如怒号が聞こえてくる。

 途端に魔女は嫌そうに顔をしかめ、シオンは何事かと思わず立ち上がり、ざわざわと騒がしくなってきた方を覗き見る。


「うわっ、成金教師のレルヴィンが来やがった」

「レルヴィン先生! 学園のはえあるきょうしがぼくたちにそんなことを言っていいんですか⁉ りっぱなきそくいはんですよ!」

「じゃまなのはあんたのほうだぞー!」

「うるさい! …これはこれは、お初にお目にかかりますぞ魔女殿!」


 魔術の個人練習に励む生徒や、のんびり休憩していた生徒達を押しのけ、薄い頭の中年の男がずかずかと魔女の方へやってくる。

 見覚えのある職員の制服を身につけ、生徒達に大声を浴びせかけて追い出しながら、男は好意的に見える笑みを取り繕っている。


「…いるにはいるのね、残念な事に」

「…何だ、こいつ」


 魔女の呟きに、弟子も胡乱げな目を教員らしき男に向けて囁く。憩いの場と時間を邪魔し、無遠慮に割って入ってくるような人物に、シオンは初対面ながら強い嫌悪感を抱いた。


 学園の生徒達もほぼ同じ気持ちらしく、追い出された者達が男に冷たい視線を向け、中には小さく悪態を吐く者もいる。

 男女問わず、かなりの人間に嫌われている人物のようだ。


「講義は実に素晴らしいものでした! あんな素晴らしいお話を聞かせて頂けるなど、滅多にない幸運です。見た目に似合って声も美しく、我々皆聞きほれておりましたよ!」

「……ほんとに話聞いてたのかな、こいつ」

「邪魔だ、猫の雌め! んんっ、お噂はかねがね聞いておりますよ、名高き優れた魔術師である眼帯の魔女殿……一度お話をしておきたいと思っていたのです」


 魔女も隣にいる黒猫の少女に、男は見下した目を向けてから、魔女に揉み手と共に擦り寄る。

 ちらりと横目を向ければ、男がやってきた方から続々と同じ格好の教員達が進み出てくるのが見える。全員、似たような遜った顔で、魔女の元に近づいてきていた。


「戦闘技術の高さも勿論の事、魔女殿に教えを乞うた者は皆、高い役職に就いて多大な活躍をなさっていると聞きますな! 私ももっと若ければ、あなたに懇願し是非教えを解いてもらいたいと常々思っておりまして、このたび我が学園にお越し頂いた事に大変な感謝を述べたいと思―――」

「……またこういう奴らか、まったくもう」


 聞いてもいない賛辞とおべっかを垂れる男に、魔女は冷めた目で何一つ返答せず黙り込む。


 時折現れるこの手の輩、高い能力を持った者や名が知られた者に擦り寄り、恩恵にあやかろうと考える者達は、魔女の前に度々現れた。

 その度に魔女は、いつもと同じ無表情をさらに冷たく凍て付かせ、無言のまま去って行くのを待つようになっていた。


 ぺらぺらと煩い男に、周りからの鬱陶しい視線に、シオンの中に苛立ちが募り、すぐに我慢の限界が訪れる。


「いい加減にしてもらえると―――」

「どうでしょう? 額はお望みの位でよろしいですので、我が学級に特別に講師として来て下されませんか? あなたのような方が野良として放置されるのは実にもったいない。貴方のお力を発揮できる場所はきっとこちらにあるはずで―――」

「おい、ずるいぞ! 魔女殿、どうぞ私の教室にもお越しください。ゆっくりお話を聞かせて頂けると―――」

「戦術級魔術にご興味はありませんか? 魔女殿の御意見をぜひ伺わせていただきたく―――」

「ちょっ、あの……うおっ⁉」


 シオンが一喝しようと口を開くも、男達は一切耳を貸さず。


 最初の一人が勧誘を始めると、集まってきた中年教員達が次々に押し寄せてきて、魔女を取り囲む。

 おかげでシオンは人の波に押され、全身を押し潰されながら、師の側から追いやられて倒れ込む。すぐさま戻ろうとするも、男達が作る壁に阻まれ近づく事すらできなくなる。


「この…! 師匠にそれ以上近づくな! 私のだぞ、こら! ……くさっ、臭いぞこの!」


 加齢臭と戦いながら、師から男達を引きはがそうと奮闘するシオン。

 懸命に男達の服を引っ張り、吠えるが男達は少女の抗議など一向に気にする事なく、高名な魔女を己の陣営に引き込もうと喚くばかり。


 すると、不意に魔女が立ち上がり、べらべらとうるさく喋っていた男達を押しのけて歩き出した。


「……シオン、あんたさっさと午後の実技試験の準備して来なさい。だらだらやってる暇はないでしょう?」

「師匠は?」

「適当に時間を潰してるわ。打ち合わせた通りの場所で待ってなさい……邪魔よ、あんた達」

「は⁉︎ お、おおお待ちを! まだ話が終わって……!」


 弟子に一言伝えてから、足早に去ろうとする魔女の周りで教員達がどよめく。なんとか立ち止まってもらおうと話しかけるも、魔女はその一切を無視して背を向ける。

 興味の欠片も抱いていなさそうな女に、しつこく群がり話しかける男達の姿は、死肉を漁る獣か生塵に集る蝿を思わせる。


 遠くなっていく師の背中を見つめ、残されたシオンは思わず師に同情の眼差しを送った。


「力があっても不便、か……覚えておこう」


 力があるゆえに苦労が絶えない師を見送ってから、弟子はぱんっと自分の頬を叩いて表情を引き締める。

 そんな師に恥をかかせないと、己の前に聳え立つ関門に向けて、シオンも気合を入れ直し、力強い足取りで歩き出していった。

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