第6話「あなたのこと、頭がおかしい変な人だと思ってた」
俺は100円ショップ「タイゾー」の店内に立っていた。
またここに戻ってきたようだ。
ふと気がついて、狼に噛みつかれた右腕を見てみる。
傷は……無かった。
痛みも無い。
そうか……なんとなくシステムが理解できた。
異世界に転移するとき、体のすべての細胞がいったん分解され、また再構成されるような感覚がある。
おそらくそのときに、損傷した組織が修復されるということなのだろう。
何の取り柄も無い俺が、なぜ大天使に選ばれたのか疑問だったが、もしかしたら、この治癒力が俺の特殊な能力なのかもしれない。
気をとりなおして次にやるべきことを考えることにした。
ポケットをまさぐってみると、以前と同じく1600円の現金が入っていた。
これも毎回リセットされるようだ。
俺は買うべきものを探して店内を見回した。
まずはシャワシャワと音を立てるレジ袋を持ち歩くのは危険だとわかったので、バッグを探した。
「シンプルリュック」という名のリュックサックは、わずか300円。
あいかわらず驚異的な安さだ。
試しに背中にしょってみたが、重いものを入れなければ十分に使用に耐えそうだ。
次に調理器具コーナーに行って武器になりそうなものを探した。
モエカを信じていないわけではないが、自分の身は自分で守れるようになっておきたい。
金属製の出刃包丁も目に入ったが、慣れないと自分が怪我しそうなので、キャップのついた「セラミック・フルーツナイフ(100円)」を選んだ。
レジで会計を済ませると、さっそくリュックサックにフルーツナイフをしまい、背中にしょった。
両手が自由になるのはイイ!
良い買い物をしてしまった。
俺はグリンフェルトに戻るため、自動ドアをくぐり抜けた。
***
「ミノル!
気がついた!?」
モエカの声をきっかけにして、朦朧としていた意識が次第に鮮明になってくる。
まぶたを開けると、横たわった俺を心配そうに見つめている彼女の顔が見えた。
俺が微笑むと、彼女も安堵の表情を浮かべた。
なんだかホッとする。
ここは日本じゃない。
わけのわからない野蛮な世界だ。
だが彼女と一緒にいるだけで、故郷に戻ってきたような安らぎを感じる。
俺は彼女のことを心から……信頼しはじめているんだな。
そう感じた。
背後から狼に襲われたとき、彼女は躊躇することもなく、俺を助けようとしてくれた。
まだ会って間もないこの俺を。
今まで生きてきて、これほど信頼できる相手って、いただろうか?
「悪い。
ちょっとタイゾーに買い物に行ってきた」
身を起こして周囲を見渡してみる。
おびただしい自分の血と、狼の死体が見えた。
あの襲撃から、まださほど時間は経っていないようだ。
「タイゾー?
買い物??
その背中の袋……いつのまに???」
モエカは眼を丸くして、俺の顔と「シンプルリュック」を見比べた。
彼女にとっては、突然俺の背中にリュックサックが出現したように見えたのかもしれない。
「言ったろ?
俺は別の世界から来たって。
タイゾーってのは、100円……その、なんというか雑貨屋みたいな場所だ」
「100円ショップ」と言いかけたが、「100円」の意味を説明するのも面倒なので、俺は無難な表現で伝えた。
彼女はすべてを理解することを諦めたような様子で、「もうお手上げよ」のポーズをした。
「ミノル……。
私、あなたのこと頭がおかしい変な人だと思ってたけど……」
やっぱりな。
そうだと思ってた。
「ごめんなさい。
謝るわ。
何もないところから袋を出したり、怪我をしてもすぐに治っちゃったり……。
少なくとも……普通の人間ではなさそうね」
「ああ。
どうやらそのようだ」
俺は改めて、狼に噛みつかれた右腕を確認してみた。
ごっそりと削ぎ落とされたはずの組織が修復され、傷の痕も目立たないほどに薄くなっていた。
そればかりか疲労感さえ消えている。
到底、普通とは言えない状況だ。
俺は勢いよく立ち上がると、両腕を軽くストレッチして、首をコキコキと鳴らし、元気さをアピールした。
「さっきは命拾いしたよ。
助けてくれてありがとな」
彼女は頬を赤らめた。
割と顔に出やすいタイプのようだ。
命の恩人に対して、なにかできることはないかと思い、俺はリュックサックを下ろしてジッパーを開けた。
中からチョコバーを2本取り出し、1本を彼女に差し出した。
例によって、まずは自分のぶんを食べてみて、安全であることを伝える。
「食ってみろよ、美味いぜ」
彼女は封を開けるのにちょっと苦労した後、チョコバーをまじまじと見つめ、少し警戒しながらその先端をかじる。
「!!!」
彼女の眼が大きく見開かれた。
「な、なにほれ(なにこれ)っ!」
彼女の眼は焦点を失い、まるで白昼夢の世界へ自由落下していくように全身の筋肉が弛緩している。
「ほのかな甘さと、冴え渡る苦味が、舌の上で広がっていく……。
穀物の香ばしい香りと、ざっくりとした食感……。
この感じは……まるで……まるで……」
「……」
俺はしばらく待ってみたが、生まれて初めて食べたチョコバーの美味さを表現する的確な形容詞が、どうしても彼女には見つけられないようだった。
「な、美味いだろ?
俺の国の名産品だ」
「すごい……おいしい……」
彼女は感極まった様子で、半泣きになっていた。
なんだろう、この懐かしい感じ。
そういえば子供のころ、拾ってきた野良猫にミルクを飲ませてやったことがあったっけ。
美味そうにペロペロとなめてたなぁ……。
もしかして俺……餌付けしている?
俺は慌ててその失礼な思考を打ち消した。




