最終話「準備完了!」
俺は早起きして、作業場で最後の点検をしていた。
タイヤの空気圧、ブレーキの効き、魔法エンジンの始動確認。
「それ」にかけられた大きな布の下で、すべてが順調に動いていることを確かめる。
「ミノル」
振り返ると、モエカが作業場の入り口に立っていた。
今日は旅支度を整えて、腰には例の剣を差している。
「早いな。
集合はまだ先だぞ」
「うん。
でも、ちょっと話したくて」
モエカは作業場に入ってくると、完成したばかりの車体にそっと手を触れた。
「これ、みんなで作ったんだよね」
「ああ。
骨格はマロン、エンジンはミリアン、内装は100円グッズ。
俺ひとりじゃ絶対に作れなかった」
「……ねえ、王都に着いたらさ」
「ん?」
「ふたりで街を歩いてみたいな」
「……デートか?」
俺がニヤリとすると、モエカは顔を真っ赤にした。
「ち、違うわよ!
王都の武器屋を見て回りたいだけ!
……違わないかも」
「どっちだよ」
「うるさい!」
モエカは俺の肩をバシッと叩いた。
痛いが、悪くない痛さだ。
「……楽しみにしてるよ」
俺が素直に答えると、モエカは一瞬きょとんとした顔をしてから、照れくさそうに笑った。
「うん」
出発の日には、フローラム執政官も広場に来てくれた。
グレイドが警護につき、マジックギルドの魔法使いたち、道具屋のスロビーとミーちゃん、ガイラスとエレクトラ、そして大勢の住民が集まっている。
「ご覧ください。
これが、メイカーギルドが生み出した100式自動走行車です!」
集まった聴衆の前で、俺は試作品を覆っていたベールをひっぺがした。
「おおおっ!」
歓声が上がった。
当然だ。
「100式自動走行車」は、俺が設計した、最高にクールなキャンピングカーだ。
火炎の魔法水を燃料にして駆動する魔法エンジンを搭載し、時速60kmで悪路を走行できる。
航続距離は100km程度だが、魔法使いが搭乗していれば、走行中の燃料補給も可能だ。
キッチン、トイレ、シャワーのほか6人分のシートと寝台を装備しているので長旅でも安心。
ルームライト、ルームミラー、送風機、クッション、ゴミ箱、ドリンクホルダーなどは100円グッズでそろえているので、快適性も抜群だ。
「ミノルさん、すごいです!」
ミリアンは祖父にしばしの別れを告げると、まっさきに100式に乗り込み、助手席のシートに腰を下ろした。
「ミノル、運転、頼んだぞ!」
マロンも後部ドアのステップを上って搭乗した。
ふかふかのシートの弾力を試すように、お尻でジャンプを楽しんでいる。
「ミノル、ラーメンとカレーは持った?」
モエカは大きな袋を両手で抱えながら登場した。
中には様々な食材が入っているようだ。
「荷台に乗せたよ」
「よかった。
チョコバーとポテトチップとうめえ棒は?」
「飽きるほどある」
「オッケー。
準備完了!」
モエカは車体後部の荷台に袋をどかっと乗せると、マロンの隣のシートに座った。
最近忙しくて、なかなか集まる機会がなかったが、やっぱりこのメンバーは落ち着く。
この新車が、まるで長年住んでいる自宅であるかのように感じた。
「それじゃあ、ちょっと王都まで行ってきます!」
俺はフローラム執政官に軽く会釈すると、運転席に座り、エンジンをかけた。
ドルゥン、ドルゥン
心地よいエンジン音とともに、車体は振動を始めた。
「おい!
俺を置いていく気か?」
どこからかケンイチが飛んできて、ダッシュボードの上に着地した。
「なんだ……まだ生きてたのか」
「生きてたのかじゃねえよ!
だいたい話が違うじゃねえか!
メタルギルドを倒したら、元の体に戻れるんじゃなかったのか!」
「さあな。
だが、この世界の危機はまだ去っていないってことだろう。
まだ旅は終わってないんだよ」
「……ちっ。
しょうがねえな。
付き合ってやるよ」
ケンイチは不満そうにしながらも、ダッシュボードの上で足を組んだ。
こいつも結局、仲間でいたいのだ。
俺はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
100式は静かに動き出し、手を振る人々の間を抜けて、エスラーダの門へと向かった。
門を越え、町の外に出ると、風景が一気に開けた。
緑の平原の向こうに、王都ファウエルへと続く一本道が真っ直ぐに伸びている。
そのとき――
風に紛れて、かすかに声が聞こえた気がした。
「よくやった」
え?
俺は思わず窓の外に目をやった。
しかし、そこには風に揺れる草原があるだけだ。
「ミノル、どうしたの?」
モエカが後部座席から声をかけてきた。
「いや……なんでもない」
気のせいだったかもしれない。
だが、俺にはわかった。
あれはザクウェルの声だ。
あの日、俺をこの世界に送り出した大天使の声。
忘れられてなんかいなかった。
ちゃんと見ていてくれたのだ。
俺もケンイチも、境遇はまだ何も変わっていない。
だが、このあとどんな障害が待ち受けていようとも、こいつらと一緒なら突破できるだろう。
そしてそのあと、きっとみんなで笑い合える。
この人生……最高じゃないか。
俺はルームミラーで仲間たちの顔を確認すると、アクセルをいっぱいに踏み込んだ。
***** おしまい *****




